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迅雷のセルヴァー  作者: 木成和也
6/31

第伍話

3


 九月十二日金曜日。

 この日は白銀学園の創立記念日で今日から待望の三連休。

 そんなことで焦る必要もなくゆっくりと寝ていた成基はベッドの上横の台に置いていた携帯のバイブレーションで目が覚めた。

「ん、なんだ?」

 寝ぼけ眼のまま手探りで携帯を探す。

 やっとの思いで探し当て、手に取って開くと千花からのメールだった。

「何だよこんな時間に……ってもう十一時半か……」


『お昼うちで食べない? その後ちょっと勉強とかしたりしてさ』


 昼飯の誘いだった。

 両親がいなくなってから度々千花から昼食の誘いが来るようになった。幼い頃からよく遊んでいた仲で、何度も家にお邪魔したこともあるし、親同士の仲も良かったために千花の母親も成基にとてもよくしてくれる。それで独りで暮らすようになった成基に気を配ってくれているのだ。

 成基もそれにありがたく甘えさせてもらっている。

 だから勿論答えは、


『OK。行くよ』


 送信ボタンを押して携帯を閉じて再び台の上に戻す。いつの間にか眠気はなくなっていた。

 支度を済ませて十二時に家を出た。

 千花の家は歩いて三分の場所にある。歩けば思いの外掛かってしまうがもう目と鼻の先だ。

 僅かな道のりを歩くと白くて綺麗な一軒家にたどり着いた。これが千花の家だ。ずっとここに住んでいてもう十五年、もしかしたら二十年位経つかも知れないというのにきれいなままだ。一度外装は塗り替えてあるが、それでもなかなかここまでもつのは珍しい。

 チャイムを鳴らすとすぐに千花の声がインターフォン越しに聞こえてきた。

『どうぞ、入って』

 その声を聞くとまるで自分の家かのように自然に扉を開けて靴を脱ぎ、上がっていった。

 千花の家には本当に幼い頃からよく来ていたためにもう一つの自分の家のようなものだ。千花の母からも「自分の家だと思っていいからね」と言われている。成基はそれに甘えさせてもらっている。そのせいで間取りまで頭に入ってしまっている。

 リビングへと廊下を隔てるドアを開けると机の上には寿司が豪勢に並べられていた。

「おじゃまします……って、こんな豪勢にしなくてもいいですよ」

「いいのよ別にそんなこと気にしなくて。どんどん食べちゃって」

「そうだよ、食べようよ。そんな遠慮しないで」

 椅子に座って成基を待っていた千花と千花の母がそう言うが、これは明らかに成基を呼ぶためだけに寿司屋まで行って買ってきたと判る。もし成基が何らかの事情で無理だったらどうしていたのだろう。

 でもここまでしてもらったのだから食べないわけにはいくまい。

「ありがとうございます。じゃあいただきます」

「いただきます」

 成基と千花は両手を合わせて言うと箸を持って食べ始めた。

 その様子を見た千花の母はくすくすと小さく笑った。それが成基には気になり、手を止めて顔を上げる。

「あ、ごめんね。何でもないの。ただちょっと遠慮しない方が成基くんらしいと思ってね」

「そうなのかな?」

「私もそう思うよ」

 千花にもそう言われ腑に落ちない表情を浮かべながらこれ以上自分のことを言われるのが照れ臭くて俯き、成基は再び箸を動かした。

「ごめんね。邪魔して。さ、食べようかしら」

 千花の母も「いただきます」と小さく言ってから寿司に手を伸ばした。

「おいしい~やっぱりお寿司はいいね~」

 千花の母がそう言って食べ始めたが、成基の思考にはどうしても昨夜のことが浮かんできてしまう。

 昨夜は到底現実と信じられないことが起こった。一週間前に転校してきた二人が学校では成績優秀で無口の美少年美少女の珍しいところを目撃したと思えば実は光のセルヴァーとかいう非現実な戦士で、空中を飛んで戦っていた。かと思えば今度は成基がセルヴァーにならされたら一人もいない弓使いで。全く理解出来ていないままだ。混乱した状態のまま今夜説明を受けなければならない。

「…………くん、……………成基くん?」

 物思いにふけっていると正面に座る千花に声をかけられ成基は慌てて我に返った。

「どうしたの? お箸止まってるよ?」

 自分でも無意識の内に手が止まっていたらしく、千花に指摘されて少し視線を泳がせてあたふたする。

「あ、あぁ、別に何でもない」

 成基は話を誤魔化すために一番近くにあったイカを口に含んだ。しかしそれのワサビがきつく、考え込んでいた彼は噎せてしまい考えを打ち切らざるを得なかった。

「だ、大丈夫?」

 急いでお茶を飲もうとするが、慌てていたのが災いし、コップを掴み損ねてお茶をひっくり返してしまう。

「あーあー、もぅ落ち着いて」

 千花が布巾と、コップに水を汲んで持ってきて成基のこぼしたお茶を拭く。

 今度こそちゃんとコップを受け取った噎せ続ける茶髪の少年は一気にコップの中の水をからにしてしまう。

「ごめん、ありがと」

「どういたしまして」

「お寿司はたくさんあるからゆっくり食べていいよ~」

 千花の母も成基を気遣うように声をかける。

 もう余計な思考を振り払って今度は好きなサーモンに手を伸ばした。

 食後、満腹になった幼馴染みの二人は勉強をするために千花の部屋へと向かった。

 部屋のドアを開けた途端に久しぶりに入る千花の部屋は女の子らしい甘い香水の匂いが成基の嗅覚を刺激した。

 部屋の中の壁紙も女の子らしいピンクや黄色といった色で、いくら幼馴染みの部屋と言えどさすがに少し抵抗を感じてしまった。

「久し振りだなこの部屋。何かずいぶん変わったな」

 懐かしいようで記憶に残っているものとは全く違う部屋を三百六十度見回すと感慨に浸りながら感想を洩らした。

「それはそうだよ…………私だって女子だもん」

 最後の言葉はギリギリ成基が聞き取ることが出来なかった。

「何だって?」

「ううん、何でもない」

 顔を紅くしながらそっぽを向く千花を少し怪訝の視線を向けたがすぐにそれを収め部屋の中央にある脚の小さな円卓に持ってきておいた勉強道具を置いた。

「本当にこの部屋に入るのも久し振りだな」

「そうだよね。確か前って中学校に入る前だよね。中学校に入ってからはずっとリビングかご飯食べるだけだったからね」

「そうだよな」

「ごめんね。何か散らかってて」

 そうは言うもののこの部屋には散らかっているものなどない。小説や参考書の類は本棚にきっちりと並べられていて、衣類はタンスに収納されて、部屋の中には何一つ出ていない。強いて挙げるとすれば机の上に少し教科書とノート、シャープペンが出ているぐらいで、別にそれは勉強していた後を思わせる程度で何も感じない。寧ろ好印象だ。

「これのどこが散らかってるんだよ」

「い、いや、だってぇ、久し振りに入ってもらうのに悪印象与えたくないし」

「別にそんなこと気にしなくていいだろ。そんなこと気にしないって」

「うん……」

 返事をする千花の声に元気がない。それどころかなぜか落ち込んでいるようにも窺える。

「そんなことより千花は高校ってどうするつもり? やっぱりこのまま高等部か?」

「うん。私の頭脳(あたま)だったら他も行けないこともないかもしれないけどやっぱり高等部に行けば受験はしなくていいし、それが一番安全だから」

 半袖短パンのというラフな格好の二人は円卓に向かい合って座った。その際に少し前にかかった髪を右手で耳にかける。

「ま、勉強しようよ。そのつもりだから」

「解った。どうせまた俺が教えることになるんだろうけど」

「うん。お願いね」

 もう教えてもらう気満々の千花に苦笑を浮かべつつも自分の勉強道具を開いた。出したその教科は数学。今習っている二次関数の宿題だ。

 成基愛用青いシャープペンを握って問題に取りかかる。

 ペンを回しては書き、回しては書きを十問ぐらい解いたとき、遂に千花にが勉強を訊いてきた。

「ねぇ、ここはどう解くの?」

「これか。これは解の公式を使うんだよ。ほら、ここに載ってる」

 そう言いながら千花の開いている教科書の右上部分を指さす。

「……こんなの分からないよぉ」

 若干むくれて千花が言う。

「そんなこと言ってるからいつまでたっても覚えられないんだよ」

「うぅ。そんなこと言わずに教えてよー」

 駄々をこね始めようとする千花に成基は呆れながら身を乗り出して問題に指をさして教える。

 呆れはしているものの本気で成基は嫌な訳じゃない。前からこんな雰囲気の中でやっていて実際楽しんでいる。

「成基くんは何でも知ってるね」

「そんなことはないさ。ただ勉強したからで、俺だって知らないことは知らない」

 成基が謙遜した言い方をすると千花は肖りたそうに少しむくれながら嘆いた。

「いいなぁ成基くんは。勉強しただけ身に付くんだから」

「それだけしてるんだよ。そうでないとこれだけ点が取れないし」

 成基の定期テストの合計は平均四百七十点越えだ。一教科あたり九十四点以上というすごい数字だ。それに比べて千花は三百点弱とごく平均的なのだが本人はそれで満足していないらしくこうして成基に教えてもらうのだ。

 だからこそ千花には訊きたいことがあった。

「成基くんいつ自分の勉強してるの? 家事もしないといけないのに時間ないよね?」

「今やってるだろ。家でも時間ぐらい無理矢理でも作るさ。夜とか」

 無理矢理でも作るというが、学校から帰れば風呂に入ってそこから夕食の支度をして食べればもう八時。そこからは時間があり、普通だと二時間ぐらい勉強して眠りに落ちるが、成基はそこから四時間、つまり日が変わるまで勉強してそれから寝る。朝は時間ギリギリまで寝ておいて朝七時半に家を出る。そんな生活を送っていたが、つい二ヶ月前までは部活動もあったために帰るのも行くのも一時間ずつ家で過ごす時間が少なかった。

 一年の最初の頃こそその生活リズムは厳しく、学校で寝そうになったこともあったが日を重ねるごとに適応していった。

「何でそんなにやる気が起こるの?」

「千花だってやってるだろ? ほら、ノートとか出てるし」

 成基が机の上のノートを指差すが千花は首を振って否定する。

「ううん。あれは出してるだけ。ちょっとはしたけどしようとしたらすぐにやる気が失せるの」

「何か意外だな。千花ならちゃんとしてると思ってたけど」

「そんなことないよ」

「俺は……俺がしっかりしないといけないから。頼る親がいないから勉強しておかないと生活が大変なんだ」

 成基は唇を噛み締めて体を少し震わせて俯く。

 彼が大変な生活の中でもそれを止めずに続けられたのはそれだ。家はもう一人きりで自分がちゃんと勉強しないと将来の生活難に陥りかねない。

 勿論挫折しかけたこともあった。何のために勉強しているのか判らなくもなった。でもそれを乗り越えられたのは強い意思と生活がかかっていたからだ。

 乗り越えた後は一気に成基は成績を伸ばして学年でトップを争うようになった。

 そして今となってはその勉強の時間が大切な生活の一部になっている。

「ごめん……嫌なこと、思い出させちゃったかな?」

「いや、そんなことはない。自分の中でけりをつけた……つもりだから。もう三年も経ったら嫌でも受け入れないわけにはいかないよ」

 成基も自分で驚くほどはっきりと言えた。

「続けようか。勉強」

「うん……」

 どうしたのだろうか。千花の声が急に元気なくなった。

「どうした?」

「ごめん、何でもない。ちょっと考え事してただけ」

 そう言って笑って見せる千花の表情は無理に作り笑いしているように感じる。

「昨日の夜、何かあった?」

「!? 何が?」

「いや、昨日結構雨で帰り遅かったでしょ?それで」

 一瞬成基の心臓の鼓動が速まった。そんな馬鹿正直に昨日あったことを話せるわけもないし、話したところで信じてもらえるわけでもない。

 なぜ千花がいきなりこんなことを言い出したのかはわからない。まるで昨日の夜のことをみていたかのような口ぶりだ。

「別に、何もない……けど?」

「そう、そうだよね。変な聞いてごめんね。何か雰囲気壊しちゃったけど、勉強続けよ」

 先程よりはまだ自然だったがもう一度浮かべた笑顔も明らかに作り笑いだと判断出来るものに変わりはなかった。



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