迅雷のセルヴァー

第二十四話

　全員が最終決戦に入ったのを確認すると成基は目の前にいる幼馴染みの方を向いた。しかし、一番巻き込みたくなかった人物がいきなり敵となって現れ、未だに彼の頭の中は整理がつかず、どうしたらいいのか分からない。

　でもそんな中、成基にとっては少しありがたいことに先に千花の方が口を開いた。

「これだったんだね。成基くんが隠してたことって」

「…………」

　だが、千花の言葉に何も返すことが出来ない。

「私ね、北条さん達が転校してきたら成基くんが急に私と距離を取ってて寂しかったの」

　確かに成基はセルヴァーになってから千花と距離をとってきた。それが千花を巻き込まないためといえど事実は変わらない。だが、こうして面と向かって言われるとさすがに胸が痛む。

「それなのに北条さんとはいつも私に隠れてこそこそ何かをしてて。私だけ仲間はずれにされて、避けられて」

「…………」

「私もあそこに入りたかった。でも、誰も近づこうとしない北条さん達と話してるところを見ると入れなくて」

　そんなことは気づかなかった、いや、気にもしなかった。セルヴァーのことで忙しくて千花のことを気にする余裕がなかった。でも、出会った時や、話しかけた時は普通に話していた。

　だけど、それは偽造(つく)っただけのものだったというのか？　そんなもの分かるはずがない。言ってもらわなければ。

「だから私はあの人の言うことに乗ったの。私は独りが嫌。だから……」

「だめだ！」

　さすがになにがなんでもそれだけは赦せない。根本から成基に非があったとしても、何をしでかすか知れない闇のセルヴァーに千花を入れたままなんて出来ない。　

「今すぐやめるんだ！　千花は独りじゃない！　確かに最近千花とあんまり話したりしてないけど、それでも俺は絶対に千花を見離したりしない！」

　だから……絶対に止める！

「それに、福山さんやクラスのみんながいるだろ。千花が本当に独りになることは絶対にない」

　一瞬、千花の目に歓喜と驚愕が浮かんだ。それはすぐに消えたがどうやら想いは伝わったようだ。

「成基君……」

「だから、もう止めてくれこんなことは」

　次第に驚愕が安堵へと変わり、成基に近づこうとしたその時、

「うっ！」

　急に千花が頭を押さえてその場に座り込んだ。まるで何かにうなされるようにひどく苦しむ。

　どうしたのか分からない。そして突然のことに何も出来ずに成基はその場で呆然とした。

「千花……？」

「うう……。……成基君……早く、逃げて…………」

　この時彼は翔治の言っていた言葉を思い出した。

『彼女は自分の意志だと言っても何をされているか分からん』

　ようやく現状を理解することが出来た。やはり、千花は何かされているのだ。恐らくは洗脳か何かの類い。

「千花ッ！　千花ッ！」

　必死に呼び掛けるが、その声は届かない。必死に足掻き、自我を取り戻そうとするその千花の姿はとても苦しそうで見る方も辛くなる。だがそれでも呼び掛け続けるしかない。

「きゃああああァァァァァァ！！！！」

　しかしその努力も空しく千花は限界を迎え、大きく悲鳴を上げた。

　上空ではついに最終決戦が始まっていた。それを祝うかのように真っ暗な空には円く大きな満月がセルヴァー達を照らし、その月はこの戦いの血を示しているかのように紅に染まっている。

　決戦の地には最適だと美紗は思いながら少しそれが不気味にも感じた。

　現状、五対三と、数的有利な状況に立ってはいても、正直言って残っている闇の三人は強い。その相手を倒すのは困難だと言うのが本音だ。

　――それでも、やるしかない。

　自分の目の前ですでに開始されている戦闘を見て、美紗は軽く目を閉じ、自分に言い聞かせて戦列に加わった。

「翔治！」

「くそっ、圧倒的にこっちが有利なはずなのにそれを簡単に流される」

　翔治は悔しそうに言い捨てる。現状、優位に立っているのは数的有利をものともせず戦っている闇のセルヴァーだ。今のところ人数上闇のセルヴァーは攻撃転じていないが、このままだと先に疲れてしまう。

　そう思った矢先、

「きゃっ！」

「芽生ちゃん!?」

　悲鳴とほぼ同時に轟音が夜の住宅街に響き渡った。これまで守りについていた侑摩が反撃に出たのだ。

　――まずい。これだとさすがに住民も異変に気付く。

　そう考えた美紗はすぐに、地面に叩きつけられた芽生の元へ向かう。

　美紗と同じく動き出そうとしていた修平は、それを見て芽生のことを任せ、自分は目の前の敵に専念することを決めた。

「芽生！」

　砂煙が舞い上がり、視界を遮る中、美紗は落とされた仲間の元へ駆けつけた。その時の芽生はぐったりと力を抜いたように倒れ、瞼を固く閉じてピクリともしない。

「芽生！　芽生！」

　上空から落とされ、衝撃は少し吸収されているはずなものの、どのような症状が出ているか分からない。外傷はそこまで酷くなさそうだが骨が数本折れていることだってあり得る。まだそんなのは緩いほうだ。致命傷を負っている可能性もある。打ち所が悪ければ既に……。

「ごぼっ、ごぼっ」

　たんの絡んだ咳がどんどん悪い方向へと進んでいく思考を停止させた。

「芽生！　しっかりして！」

　無事であることに一安心した美紗が身を乗り出して芽生を揺すり、彼女に呼び掛ける。

「う…………」

　まるで美紗に気圧されるかのように意識が戻り、芽生がゆっくりと重たい瞳を開けた。そして夜の暗さに目をならし、周囲を見回して何が起こったのか思い出してから真上にあった長い黒髪に整った綺麗な顔に焦点を合わせる。

「美……紗………」

「大丈夫？」

　これで少なくとも命は大丈夫だと安心した美紗は少し顔を離した。

「うん。大丈……うっ」

　まずは体を起こそうとした芽生が激痛で顔を歪めた。

「芽生!?」

　それを見てすかさず美紗が手を貸す。

「何本かいったかも……」

　何とか起き上がった赤髪の少女は右の腕を押さえながら呟いた。よく見るとそこは大きく一帯が赤紫色の痣(あざ)になっている。

「それなら下がった方が……」

「いや大丈夫よ。それよりもあっちが心配だわ」

　ちらっと横目で見た方向では成基と千花が戦っている。というよりは千花を止めようとする成基が一方的に押されている。

　心配ではあるがあれは幼馴染み同士の問題だ。あまり口を挟めるものではない。

　美紗はそのことを尊重して祈るように手を握りしめた。

「成基……」