嫌い
次の日の放課後である。
おそらく、今日も昨日と同じくらいきつい練習が待っているだろう。でも、その足取りは自然と軽く、早くいきたいと体がうずいていた。午前中の授業も、昼休みも午後の授業もすべての時間が生きてきた中で最も長く感じた。そして、帰りのHRが終わって待ちに待った時間がやって来た。すぐに机の中の荷物をバックの中に入れて教室を出てテニスコートに向かおうとした時、私の行き先を塞ぐものが目の前に現れた。
「蛍子ちゃん。これから部活?」
入学式のカラオケ以来、言葉を交わした少女一二三さんだ。
「う、うん」
邪魔だな。早くどいてくれないかな。私は早く部活に行って鷹音先輩の元に行きたい。そして、昨日のように私にテニスを教えてほしい。別にテニスが好きになったわけじゃない。私はあの矢々島鷹音といっしょにいたいのだ。彼女といると私はどこかいつもとおかしいというかあの事件のことを忘れさせてくれる存在だ。心地よいのだ。彼女の隣にいるのが。好きなのだ。彼女と会話するのがいっしょにいるのが。
この私を一日で裏切った生意気な年下の一二三さんとここで話しているのが憂鬱な時間だ。
「私も部活に入ったんだ」
そんなこと知ってる。この学校は部活強制参加だからどこかの部には必ず籍を置かないといけないはず。彼女も例外ではない。
「そう」
いつも愛想のない苛立ちを彷彿させるような口ぶりで対応する。いつもは無意識だが今日は意識してやっている。それでも一二三さんは怯まずにそのおしゃべりな口を動かす。
「何部?」
まるで小学生のような無邪気な表情を浮かべてくすみのない瞳で私を見つめる。
「・・・・・・テニス部」
「私もいっしょだ!」
まるで最初から分かっていたように仕組んでいたような口ぶりだ。私は一二三さんが何を言いたいのかこの時点で分かってしまった。昨日、彼女はテニス部に来ていなかった。
「実は昨日ね」
かくかくしかじかなことが起きて部活に行けなかったらしい。
以上の文面でも分かるように私は彼女の話をほとんど聞いていない。でも、それはただ部活に行けなかったいい訳であって彼女の目的のおまけに過ぎない。本当の目的はここ。
「初日休んじゃったからちょっと部活に行きにくいんだよね。だから、お願い!いっしょに行ってついでに私が行けなかった理由もいっしょに代弁してほしい」
両手を合わせて頭を下げて頼んでくる。
代弁と言っても私は一二三さんの話をほとんど聞いていない。でも、ここで断る理由もない。断るとそんな私を必死に説得するためにさらにここで時間を喰うことになる。でも、なんで私なのか。
「いつもの子たちは?」
「ああ、他の子たちは部活になんて面倒だからってみんな名前だけなんだ」
えへへへと笑いながらそう告げる。
「なんであなたは部活に参加するの?他の子たちと一緒に名前だけにすれば」
「いやいや、私は一度やると決めたことは最後までやると決めたのよ!」
へらへらしていた一二三さんが急に決意を表した。やると決めたのならなぜ初日に来なかったのか訊くのも面倒だ。
「とにかく行くよ」
「うん!」
その私に笑顔で着いてくる姿はまるで小さな子猫のようだった。
一二三さんは確かにいい子だ。クラスでもまとめ役に徹するし、何よりも男女問わず誰にでも同じように優しく明るく接することが出来て、常に光を発する宝石のような存在だ。でも、あの日、カラオケに行った日に私は彼女に見捨てられて今までに経験したことのない孤独感を味わう原因となったのが彼女だということを私は忘れない。
だから、私は一二三さんのことが嫌いだ。