個人練習場
それから10分ほどして目的地に到着した。
駐輪場がありその手前で自転車を停車させると私は慎重に自転車から降りる。先輩は自転車を止めるために駐輪場の中に入って行く。その間にその目的地の様子を窺う。それの外見はどう考えても現役の女子高生が通うような場所とは程遠いバッティングセンターだった。大きな緑色のネットが張ってあり、その下が駐車スペースになっている。その遥か頭上にはホームランと書かれた看板がある。打席の場所から距離にして50メートルはあるだろう。高さも10メートルくらいある。あんなところまでボールを飛ばす人は本当にいるのだろうかと疑いたくなる。
「さぁ、行くよ」
自転車を止め終わった先輩はその中に入って行く。私も慌てて中に入ると中は小学生くらいの少年たちでいっぱいだった。金属バットを持って順番を待っていた。飛んでくる球が速くて私には絶対に打てないような球を小学生の諸君はカンカンと打って飛ばしていく。
「蛍ちゃ~ん」
「は、はい」
思わず見入ってしまった。小走りで小学生を避けながら進む。
そのバッティングセンターと隣接する隣の施設に先輩は入って行く。そして、ネットに囲まれたある場所で足を止める。そこはテニスコート一面の大きさとはいかないが同じように線が引かれてネットも引かれている。向こう側反面くらいの大きさになっていて的のようなものがふたつほど設置されていた。
「到着~」
「ここは?」
「私の個人練習場。ちょっと持ってて」
そういって先輩はブレーザーを脱いで私に渡してカッターシャツの袖をまくって首元のリボンを外す。そして、中にある箱の中にお金を入れると何かが動き出した。先輩の手にはテニスラケットが握られていた。
「久々だな~」
すると向こう側の面の真ん中からボールがポンと出てきて先輩のいる面でワンバウンドするとそれを先輩は撃ち返して向こう側にある的に見事命中させる。その後も同じようなタイミングで同じような球が飛んできてそれを先輩は右へ左へと打ち返す。
50球程度で球は出てこなくなった。
「これはねオートテニスって言って常に同じ球を機械が打ち出してくれるんだよ。蛍ちゃんの場合はたぶんまだホームがしっかり固まってないのがうまくいかない原因だよ。ホームがしっかりして入れば、設置された的にも当てられるようにもなるよ。それに何よりもひとりで練習する場所だから誰にも迷惑かけないでしょ。場所も結構奥まった場所にあるから外部の目も気にしなくてもいい」
「矢々島先輩」
この人は私のことをなんでこんなに分かっているのだろう。まだ、こうやって話すようになって数十分しかたっていない。私にはない大きな器は一体どうやったらできるのか気になる。
「じゃあ、やってみよう。フォームは今日教わったでしょ?」
「はい」
実際にボールを打ってみたときは全くできてないと指摘された。でも、それは飛んでくるボールの角度、位置、回転、タイミングがそれぞれ人の手で行われていてバラバラだった。
「大丈夫。蛍ちゃんならできるよ」
私を優しく包み込むような笑顔は肩に入る力を自然と緩くしてくれた。
「よし」
先輩から借りたラケットをギュッと強く握りしめて飛んでくるボールを打ち返す。