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蛍と鷹  作者: 駿河留守
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蛍の光

蛍が一番輝くのは夜だ。榎宮蛍子と一二三夜見。蛍と夜。蛍と鷹と比べて相性の良さそうな組み合わせだ。私と一二三さん・・・・・いや、夜見ちゃんは友達になった。彼女は私を孤独にしてしまった入学式直後の誘いをずっと後悔していたらしい。テニス部に本格的に所属するためにその友達とも疎遠になってしまっていたらしい。私はその事実にも気づかなかった。すべては私のためだったのだ。だから今度は私がお返しをする番だったのだが・・・・・・。

今、私は夜見ちゃんと駅にいる。今日は日曜日で駅を利用する人の数は平日の通勤時間ほどではない。それでも私の中に残っている過去の記憶がこれ以上進むことを拒否して手足が小刻みに震える。


「大丈夫だよ。蛍子ちゃん」


その震える手を夜見ちゃんは握りしめる。

苦手を克服するというのは人生の中で一度は誰もがぶつかる壁だ。この試練を私はこの2年間逃げてきた。でも、いずれ困ることもある。いつかは今のシェアハウスから出て実家に帰り、大学に進学して仕事に就職したりする際に必ず使うであろう電車。その電車に私は乗ることができない。体が拒否反応を起こしてしまう。


「なんでこんなところに来る必要があるの?」


率直な疑問。そして、早くこの場から立ち去りたい気分である。


「藤見さんからのお願いだよ」


溜息が出る。夜見ちゃんのお願いならば最悪無視して行こうと思っていたのだが藤見さんのお願いとなると断る気になれない。


「実のところうちもあまり蛍子ちゃんにこんなことをするのは嫌なんだけどね。でも」

「いつかはぶつかる問題だし、それがいつになるかなんて分かったもんじゃないし」


分かっている。いずれは超えないといけない日が来るって。

私と夜見ちゃんはこれから隣町にまで遊びに行く。今までは数週間前の鷹音先輩と遊びに言ったように自転車で目的地まで行っていた。でも、それではダメだって藤見さんは思ったんだろう。

ちなみに鷹音先輩は学校を強制退学させられて、今は留置所にいる。殺人を犯した罪、その他にも放火を指示した罪、私や小鳥という人に行ってきたわいせつ行為、ストーカー行為などなどに問われる裁判を控えている。刺された駅員さんは重傷を負ったものの命に別状はなかった。

もう、二度と鷹音先輩とは顔を合わせたくない。過去のトラウマを引き出されて私を恐怖のどん底に落とされたからだ。でも、少しお礼を言いたいという気持ちも残っている。実際にこうして私が新たに友達を作り少しずつ過去のトラウマが消えつつあるのは鷹音先輩が荒く掘り返してくれたおかげかもしれない。おかげで以前のような人間不信ではなく、それなりに人と見つめることを覚えた。そして、人としっかりと見つめていくとこの人は嫌な感じの人、感じはいいけど裏がありそうな人、根っからのいい人などとそれなりに人が分かるようになってきてからは夜見ちゃん以外にも友達が出来てきた。

人間不信が改善された証だ。

それを藤見さんは知って今の私ならば乗り越えられるって思ったんだ。


「行くよ」


夜見ちゃんに言われて震えて拒否する体を無理やり動かして進む。すでに切符は購入済みで後は改札を通り電車に乗るだけだ。改札はひとりずつしか通れないので夜見ちゃんが先に改札を通る。

私にはまるで地獄へ行くゲートにしか見えない。毒々しい赤い土に岩、それが規則正しく感覚を開けて立っている。その先に夜見ちゃんがいる。大きく息を捨てつばを飲み込んで重い足を一歩踏み込んで改札を通る。


「大丈夫?顔色悪いよ?」

「正直大丈夫じゃない」


というかもう帰りたい。その後、ずっしりと重たく辛い階段を昇り切ってホームにやってくる。すでに反対車線の電車が扉を開けて乗客を乗せている。その電車の中の扉の近くで耳にイヤホンをつけてスマホをいじる制服姿の学生の姿が見えた瞬間、私は吐き気に襲われた。


「大丈夫!蛍子ちゃんは大丈夫だから!」


荒くなる息、胃をひっくり返るのではないかと思うくらいの吐き気。そんなただいま絶不調の私を覆うように夜見ちゃんに包まれて吐き気をこらえて呼吸を整えていく。そんなことをしている間に電車の扉はしまって走り去っていった。それを見届けると気分が少し良くなってきたが、それでも良好とはいえない。


「なんで私こんなことしてるのよ」

「でもね」

「分かってる。逃げてばかりじゃダメだよね」


今まで逃げていていいことなんて何もなかった。逃げて逃げて逃げ続けてもこの恐怖はいつまででも追いかけてくる。恐怖は克服しないといけない。


「大丈夫だよ。今日はうちがいるから」

「う、うん」


そして、電車がやってくる。勢いよくホームに入ってくる。ブレーキ音と共にどんどんスピードが落ちていき、まるで機械のような正確さで私の目の前に停車する。その時が刻一刻と迫ってくる。迫るとともに私の鼓動が早くなり呼吸も早くなり全身が震えて変な汗が噴き出て吐き気にも再び襲われる。

そして、電車の扉が開いた途端私の視界が歪む。普通の歪み方じゃない。空間が破壊されているんじゃないかと思うくらいの歪み方だった。


「む、無理」


涙声になって後退りしてしまう。

そんな私の正面に夜見ちゃんが回り込む。手はしっかり繋がれたままだ。すると夜見ちゃんの周りだけ歪んでいた視界が正常に戻されて私は自然と引きずり込まれるように電車の中に乗り込んでいく。私たちが電車に乗るとそれを見計らうように扉が閉まる。

慣性の法則で電車の進行方向とは逆に体が一瞬だけ流される。この感覚は2年ぶりだった。私は過去の恐怖が頭の中で再生されて恐怖に襲われて夜見ちゃんの腕にしがみつくように目を閉じて体を小さく縮こませている。



電車の中、突然複数の男の人が集まって来た。そして、すべての人が同じ動作で私の体に触れて服の中に手を入れようとする。近くにいた女の人がはさみを男の人に渡して私の服を刻もうとする。怖くて声も出せない。これではまるで2年前と同じだ。

もう、いやだ。助けて・・・・・誰か助けて。


「心配ないよ」


夜見ちゃんの声が聞こえた。私と男の人たちの間に割るように立っていた。その姿に男の人たちは動揺している。


「うちが蛍子ちゃんを守る!だから、もう大丈夫。安心して。あなたにはうちだけじゃない」


すると私の周りを藤見さん、芳美さん、ひよこさん、豊香さん、三根さん、山下さんが囲むように守ってくれていた。それを見た男の人たちは粒子のように消えてなくなっていく。


「蛍子ちゃんはひとりじゃないでしょ。だから、もう無理じゃない。ほら、だって乗れてるじゃん」


 

ゆっくり目を開けるとカタンコトンと揺れる電車の中にいた。見渡せば人はまばらでポツリポツリと席に客が座っている程度だった。そんな中、私と夜見ちゃんは密着するように立っていた。そこには私を襲ってくる男の人たちもそれに手を貸す女の人もいなかった。


「あ、あれ?」


なんともない。状況が読み込めず夜見ちゃんの顔を見ると恥ずかしそうに顔を真っ赤にしている。普通に考えてこれだけ空いているのに密着して扉の近くで固まっていたらそれは普通に考えておかしい。


「わ、わわ!ご、ごめん」


慌てて夜見ちゃんから離れる。

少し顔を赤くしているけど、何やら嬉しそうな顔をしている。


「もう、大丈夫だね」

「な、何が?」


そこで私は気付いた。私はひとりで電車に乗っている。鼓動も落ち着いていて呼吸も荒くなく安定しているし、吐き気もないし、震えも汗も吐き気もない。いつも通りの私だ。あの2年前の恐怖が起こった全く同じ電車に乗っているのに私は正常でいる。


「な、なんでだろう?」


私自身が一番驚いている。

すると夜見ちゃんが笑顔で私の手を引いて近くの椅子に座る。


「喜海嶋さんが言っていたんだけど、蛍子ちゃんのトラウマのせいで出来上がった性格が崩れ始めてるって」


トラウマのせいで出来た性格。人を避けて、嫌われるようなことをして、人間不信になり、さらに自分の魅力を極力消して狙われる可能性を下げるという事件後にできた私の性格。それが崩れかけているってどういうこと?


「まずはおしゃれするようになったって」

「そ、それは・・・・・・」


鷹音先輩に少しでもいいように思われるためにやり始めたことだ。今思い返してみればなんで普通にいい格好をしたんだろう。


「次に人間不信の改善」


それは夜見ちゃんや芳美さんたちのおかげ。感謝の気持ちでいっぱいです。


「これだけ蛍子ちゃんがいい方向に進んでいるんだからこの勢いは使った方がいいって。きっと、もう過去のトラウマはなくなっているかもしれな。後はうちらが押し出す勇気をあげればいいって思ったんだよ。だから、今日は無理させて」

「電車にのせた」


車窓から外の様子を眺める。2年前までは毎日のように見ていた景色が懐かしく感じる。自転車とは比べ物にならないほど早く町を掛けていく。電車に揺られるのがこんなに楽だなんて思わなかった。


「うちは苦しい顔をする蛍子ちゃんを見たくない。それはあのシェアハウスのみんなさんも同じだよ。だから、こうして少しでも怖いものを少なくするように協力したの。そのやっぱり過去の事もあるし嫌な思いさせっちゃったよね。向こうに着いたら何か」


夜見ちゃんは無理に私を電車にのせたことをわびようとするのを私は夜見ちゃんの口を塞いで止める。


「そんなの必要ないよ」


こんなに安心するのは久々だ。何か重く縛り付けていた何かがきれいに外れて軽くなった感じがした。こんな思いは初めてだ。心地よく気分がいい。


「お礼をするのは私の方だよ」


本当にうれしい。みんな私のためにここまでやってくれる。何のとりえもない私のために。それだけがすごくうれしい。だから、今度は私が何かする番だ。

人生にはたくさんの障害がある。それを乗り越えて人は成長していく。

蛍と鷹が恋に私は落ちたおかげで私は大きく成長することが出来た。蛍の小さな明かりも大きく周りを照らすほど大きくなっているのかもしれない。だから、今度は私がこの明かりを使って他の人を照らす。助ける。いつになるか分からないけど、この夜見ちゃんみたいに自分を捨てるつもりで私は誰かを助けよう。それまではこの子に明かりを照らす夜を作ってもらうことにしよう。私が一層輝けるように。

蛍と鷹のお話はこれにて閉幕。

最後まで読んでくれてありがとうございます。

今後の作品もよろしくお願いします。

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