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蛍と鷹  作者: 駿河留守
20/21

友達

私はずっと真っ暗な空間にいた。2年前に起きた電車内での集団痴漢。その日を境に私は暗い部屋に閉じこもったように誰とも交流せずにあんな目に合わないように地味な子をめざしていた。人との関わりもあえて嫌われるような対応をしたりしたせいで誰も近寄ることはなかった。暗くて寂しくて悲しい2年間だった。唯一明るかったシェアハウスも鷹音先輩に壊されてしまった。もう、私に居場所なんてどこにもない。


「そんなことないよ」


真っ暗な部屋でトントンと肩を叩いてくれる人物がいた。振り返った瞬間、私の真っ暗だった部屋や視界が眩い光に包まれた。



目が覚めると頬に暖かな何かがぽたぽたと垂れていることに気付く。目が明るさに慣れると私の最初の視界に入って来たのは一二三さんだった。


「なんで?」

「蛍子ちゃん!」


私の名前を叫んでくる。耳がジーンとする。

私はベンチに座る一二三さんの膝の上で眠っていたようだ。いや、寝ていたというよりも気絶していたんだ。状況が呑み込めず周りを見渡すと暗くなった町には赤いサイレンの明かりで照らされていて騒然となっていた。

そうだ。私は確か鷹音先輩に襲われて・・・・・・。

ここまでの過程を一気に思い出し体中が震えて鳥肌が立つ。そんな私にお構いなしに一二三さんは抱き着いてくる。その瞳からは涙が流れている。鬱陶しいなと思っていたけど、何となくすごく暖かくて心地よかった。


「蛍子、大丈夫?」


人ごみをかき分けて芳美さんが私の元にやってくる。

私は今の状況が呑み込めていない。それを芳美さんは分かっていたらしく、私の隣座る。


「まったく、あの変態を私が捕まえたって言うのになんで任意同行されるのよ」

「アハハ・・・・・」


若干、いらだちながら文句を吐き捨てる。

さっそく私はあの後鷹音先輩がどうなったのか気になる。一二三さんが泣きながら私に抱きついたままで話しにくいけど剥がせそうにないのでそのまま質問する。


「あの、鷹音先輩は?」


最初はやはりこれだ。いくら、あれだけのことをされて4月からずっと私の面倒を見てくれた先輩なのだから。


「あいつ?今頃病院じゃない。ちょっとやりすぎたわ」

「よ、芳美さん」


芳美さんは女性でありながらとんでもない力を持っている。以前、シェアハウス内でなぜか腕相撲大会をすることになって、引っ越し業者で働いていて腕力には自信のあるあの藤見さんを秒殺した芳美さんの底知れぬパワーにはみんな驚かされた。ちなみに私はひよこさんを破って2回戦で豊香さんに負けた。三根さんに勝って上がって来たらしい。山下さんも芳美さんに負けているので結局シェアハウスに住んでいる男性陣は誰一人腕相撲大会で勝てなかったということになる。ちなみに藤見さんはシードだった。

そんな芳美さんが鷹音先輩を病院送りにしたのか。いつもはセーブしてるみたいだけど今日はそんなセーブしているようには見えなかった。警察に一時的に捕まるのも分かる気がする。

さて、本題に戻そう。


「鷹音先輩はどうなるんですか?」

「さぁ?でも、普通に学校はいけないでしょうね。なんせ放火未遂の指示やら殺人やらいろいろやっているみたいだし」

「そ、そうだ!あのシェアハウスは!」

「そこの一二三さんのおかげで燃えずに残ってるわよ」

「え?」


私は思わず抱きついたまま泣き崩れて動かない一二三さんの姿を見つめる。


「今日のことを知って蛍子の身を案じていろいろ手をまわしてくれたのよ。あの鷹音って人がやばいってことをかなり前から知っていたらしくてね、いつかあんたの身も危険になることを察知してかなり働いてくれたわ」


一二三さんが?なんで4月にあったばかりの彼女が私にそこまでするの?


「放火は藤見と山下が事故処理をしてくれたわ。山下も一応警察なわけだし」


その一応をあえて強調するところが芳美さんだな~と帰ってきた感じがあって安心する。


「放火魔の処理をしなかった私と豊香とひよこ、三根それと一二三さんで蛍子の捜索をすることにしたのよ。鷹音が一二三さんの情報通りの人物ならあんたにあの恐怖をまた味わさせるわけにいかないからね」

「芳美さん・・・・・・」


みんな私のことを心配してせっかくの日曜日を・・・・・・。

罪悪感に襲われる。


「一応、シェアハウスの連中には蛍子が無事だって伝えてある。後はそこにくっついてる一二三さんの話をちゃんと聞いてあげなさい。彼女がどうしてここまでやってくれたのか。いつもみたく聞き流すんじゃなくてしっかり聞くのよ」


そういって立ち上がると10分くらいで戻ると告げて人ごみに消えて行った。

それから数秒後、幼虫からさなぎなったみたいに動かなくなっていた一二三さんが動き出した。目元は涙のせいでむくんで赤く腫れていた。


「蛍子ちゃん大丈夫?怪我はしてない?」

「大丈夫だから少し離れてくれない?」


そういうと私の隣にちょこんと座る。それから話を切り出すのかと思いきや何も話さず行き交う野次馬をただボーっと眺めているだけだった。結局、私から切り出さないといけないの?めんどくさい。

そう思いながらまずはお礼だ。


「あの、なんかいろいろ私のためにやってくれたみたいでありがとう」


ぺこりと頭を下げてお礼をする。


「ごめんね蛍子ちゃん」


なんで謝るのよ。


「うちがもっと強引にでも動いていれば蛍子ちゃんに怖い思いもさせずに済んだのに・・・・・」


そういうとまた瞳から涙を流し始めた。これだと話が進まない。

確かに私の身を案じて動いてくれたのには感謝しているけど、やっぱり一度見捨てられた相手と話すのは気分が悪い。芳美さんには悪いけど席を外ししまおうかと思った時だった。


「また、あの時といっしょだよ。うちは役に立たない。また、蛍子ちゃんが襲われている姿を見ることしかできない怖がりうちのまま」


あの時?襲われていた私?見ていることしかできなかった?


「一二三さんそれってどういうこと?」


非常に気になった。若干、一二三さんが落ち着くのに時間がかかることにいら立ちながらも待った。そして、一二三さんは語りだす。衝撃の過去。


「うちもね、乗ってたんだよ。2年前のあの電車の中に」

「え?」


記憶がよみがえることよりも驚きが大きかった。まさか、私の通う高校にあの現場を見ていた人物が二人もいたなんて驚きだ。となるとまた一二三さんも鷹音先輩と同じ考えを。

そう思った瞬間、私は思わずベンチから立ち上がってその場か逃げ出しそうになる。でも、さっきの発言からして少し立場が違うようだ。


「うちはあの時、助けに入ろうとした。でも、自分のあんな目に合うんじゃないかって思って怖くて見ていることしかできなかった。次々と男の人の犯されていく蛍子ちゃんの姿を見ていることしかできなかった自分が許せなくて・・・・・・」

「一二三さん」


そうなんだ。あの電車の中には私を襲った男の人や手を貸した女の人、鷹音先輩みたいな狂った人の他にも一二三さんみたいな人もいたんだ。


「ずっと、根に持ってた。罪悪感と戦い続けるのが嫌で忘れようとしたこともあったけど、その度に蛍子ちゃんが夢に出てきて、『なんで助けてくれなかったの?』って奈落に引きずり込まれる夢を毎回のように見るんだ。助けないといけなかったんだってずっと思ってた」


あの状況で助けに入るのも難しいものだったんだって私は初めて知った。自分も襲われるかもしれない。どんな目に合うか分からない。そういうリスクがある。だから、誰も私を助けに入ってくれなかったんだ。そう考えるとケンカ慣れしていた藤見さんと無敵の芳美さんだったからこそ私を助けに入ることが出来たんだ。


「教室で初めて蛍子ちゃんを見つけた時、すぐに分かったよ。あの時の子だって。うちは君を守らないといけない。そういう使命感がうちの中で宿った」

「でも、あなたは私を見捨てた」


皮肉にも私はそれを根に持っている。そう予想していたようで一二三さんはすぐに謝った。謝っても許してくれないことを分かったうえで。


「で、どうにかして近づくために中学の時に辞めたテニスをもう一回やることに決めたんだ」

「辞めた?」

「うん。ちょっと、いじめとか苦い思い出があってね・・・・・・」


言葉を濁す。


「どうしてそこまでするの?」

「罪滅ぼしだよ。あの時助けられなかったことの。そのためならうちはどんな目に合ってもいい。それが地獄への入り口だったとしても躊躇しない。あの時の罪が」


私はギュッと優しく一二三さんに抱きつく。あの事件以来初めてかもしれない。私から人に向かって抱きつきに行くのは。


「もう、罪とか言わないで」

「で、でも!!うちは・・・・・・うちは・・・・・・」


再び涙をこぼす一二三さん。


「私のことをそんな風に思っていてくれているだけでうれしい。うれしくてうれしくてこっちまで泣きそうだよ」


最後の方では声がかすれて涙があふれ出る。今まで流してきた恐怖や後悔によるものじゃなく、心から嬉しくかった。私のためにすべてを捨てる覚悟で助けてくれた一二三さんの行動に感謝と喜びの涙は暖かくてとても心地よいものだった。


「ありがとう。・・・・・・本当にありがとう」


こんな私のために。


「ごめんね。・・・・・・本当にごめん」


人が行き交う町の中私と一二三さんは同じ涙を流した。夜の町中りが私たちを温かく包み込んでくれる。私がこの2年間感じることがなかった人のぬくもりというものだ。それを同じ年の女の子から私は受け取っている。以前のような人を嫌う皮肉れ者だった私はこの夜の明かりの中に消えて行った。役目を終えたかのように。その瞬間、私の中で縛ってたチェーンのようなものが引きちぎれた。

私は今までいえなかったことを一二三さんに告げる。


「一二三さん」


落ち着いてから名前を呼ぶ。


「何?」


一二三さんは目元の涙をふき取ってから微笑みながら答える。


「私と友達になってください」


その私の頼みに一二三さんはコクリと頷いた。

私に友達が出来た。

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