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蛍と鷹  作者: 駿河留守
19/21

壊れる

カラオケのお会計はすべて鷹音先輩が持ってくれることになった。放心状態でもう何をしていいのか分からない私にはお金の管理なんて何もできなかったからだ。私に外れた禁断の恋を経験させてくれて、人間不信だった私と友好に付き合ってくれて、私が起こした関係が破たんするようなことも許してくれた鷹音先輩は普通じゃなかった。私を自分の物にするためならば、対象者の周りのもをすべて壊す、狩り尽くす。

今まで私が見てきたのは一体なんだったのか。楽しい部活終わりの練習や今日のデートは私をこうしてつるためにやって来たことだったのだろうか。すべてはつられてしまったことだったのだろうか。鷹音先輩が今まで私に優しくしてきたのはこの状況を作るためだったのだろうか。考えれば考えるだけ嫌なことばかりが浮かんでくる。

私はずっと閉じ込められていたんだと思う。身体は自由だった。でも、精神は鷹音先輩に拘束されて閉じ込められていた。振り返ってみれば私は四六時中鷹音先輩のことばかりを考えていた。私の唯一の親友として、恋と言う好意を抱くことになってしまったことで私はずっと鷹音先輩のことばかり考えていた。挙句の果てには下着を盗んで手淫をしたりして興奮していた。鷹音先輩はそれすらもうれしかったのだろう。自分だけを異常な目で見ていてくれるといううれしさに壊れてしまっていただろう。私の精神は鷹音先輩に支配されていた。次は身体だ。

そう考えた途端体中が震える。思い出したくない、記憶の奥底に埋めていた恐怖の記憶が鮮明に蘇ってくる。これから私は何をされるのか。想像できないし、したくもない。鷹音先輩の元でペットのようにかわいがられるのだろうか。それともそれでは飽き足らず、シェアハウスを燃やし、小鳥という人の友人を犯したという知り合いのチンピラにいいようにされて苦しむ歪む私の顔を見てさらに先輩は楽しむのだろうか。

私の想像力が怖くなる。

鷹音先輩は今、財布からお金を出してお釣りをおもらおうとしている最中だ。

今なら逃げられる。

気付けば私は出口に向けて走っていた。自動ドアは私の逃げる速度に合わせて開いてくれるわけでもなく激突する。その物音に鷹音先輩が振り返る。その目は獲物に狙いを定めた鷹のようだった。

私はその顔を見て顔を引きづってそのままカラオケ店から逃げ出す。とにかく遠く。鷹音先輩はもちろん、もう私に関わろうとしてくる人間が誰も近付いてこないような遠くに。

全力で走った。途中で人にぶつかったり、倒したりしたけどそんなものをお構いなしに逃げ続けた。鷹音先輩は自転車を持っている。普通に逃げたら追いつかれてしまう。後ろを振り返って鷹音先輩が追いかけてきていないかを確認する。すっかり暗くなり街灯が照らす道には帰宅を急ぐ人々だけがいて見慣れた自転車で追いかける鷹音先輩の姿は見当たらなかった。そんなよそ見をして走っていたせいで足を絡ませて盛大にこける。アスファルトの上でこけたせいで両ひじから血が流れ出る。

通行人たちが心配そうに見ているのが目線で分かった。途端に私の瞳から大粒の涙が溢れ出る。羞恥と痛みと裏切られたことと自分の無気力感と恐怖と家族を失ったことの悲しみが一気に込み上げてきた。恥ずかしいことに私は嗚咽を漏らし大声で泣いた。

私だけなんでこんな目に合わないといけないのか。もう分からない。神様は私にだけは何もするなと言っているのか。嫌なことばかりが頭の中でサイクルされて涙は収まるどころか激しくなっていく。


「き、君大丈夫かい?」


路上でこけて泣き崩れる私を心配して声を掛けてくれた優しい男の人がいた。手を差し伸べて立ち上がるのを手伝おうとしてくれていた。でも、その時の私の精神状態は普通じゃなかった。その男の人の差し伸べる手が私を襲おうとしていた2年前の電車の中の人に見えた。色気と欲求で満ちた目で息を荒くして嫌悪と恐怖が一気に襲いかかり、その差し伸べる手を思わず叩いてしまった。なぜ、拒否されたのか男の人は分かっていない様子だった。私も冷静に見てみれば普通の人なのになんでそんなことをしてしまったのか意味が分からない。その場にいることが出来ないで涙でぬれる瞳を腕で吹きながら立ち上がって走り出す。両ひじだけではなく膝にも痛みがあるけど私は走り続ける。

町中に人たちが敵に見えて区別が出来なかった。

そして、私は気付けば駅前にいた。ここはシェアハウスからは距離のある隣町だ。最初は鷹音先輩も電車を使うつもりだったみたいだけど私のトラウマを考えて自転車による長距離移動でここまでやって来た。それが裏目に出て私の逃げる先であったシェアハウスがかなり遠い。そもそもシェアハウスはもう燃えてなくなってしまっている。ならば、逃げる先としてはもう実家くらいしか残されていない。でも、歩いていくには距離もあるし道も分からない。電車を使うのが早い。

意を決して駅の改札に向かう。

日曜日の日が沈んだ時間帯は明日の学校、仕事に向けて帰路を急ぐ人たちが行き交う。私はその人たちがまるで残像のように見えるくらい早く感じる。一方私の足取りはまるで重い足かせで拘束されているかのように重い。恐怖で呼吸、鼓動が早くなる。もう、ここ最近体壊れるんじゃないかと思うくらい体温が上がり、呼吸や鼓動が早くなる。でも、今起こっているのは今まではタイプがまったく違う。今までは好きな人目の前にした時の緊張によるものがほとんどだったけど、今は過去のトラウマによる恐怖によるものだ。

怖い。行きたくない。でも、逃げないといけない。いろんな葛藤が私の中でめぐり続ける。

その時、私の腕をガシッと掴まれて私の意識は一気に現実に戻されて行き交う人たちも残像のようには見えず普通通りの視界に戻った。そして、掴まれた腕を見るために振り返ると。


「捕~ま~え~た♪ほ~た~るちゃ~ん~♪」


それは鷹音先輩だった。その形相は悪魔に見えた。


「やだ!離して!」


掴まれた腕を必死に振りほどこうとする。


「どうして?なんで?蛍ちゃんには私だけでしょ?」

「お願い離して!」


掴まれた腕を振り回して無理矢理鷹音先輩から離れて改札の柵に激突する。


「無駄よ。蛍ちゃんには私しかいない。私だけが蛍ちゃんを見ることが出来る、愛することが出来る。だから、蛍ちゃんも」

「もうお願い止めて!」


聞きたくなかった。両手で耳をふさぐ。これ以上聞くと頭が壊れてしまいそうだ。洗脳されてもう私が私ではなくなってしまう気がする。

両肩を掴んでどんどん私に迫ってくる。進撃してくる。鷹音先輩はいつもの整った顔立ちでもなく、笑っているのか興奮しているのか分からない形相をしていて顔が崩れている。私を掴むために力を入れていて興奮のせいか息も荒く、唾液がこぼれ、汗もすごくメイクが落ちている。目も宝石のような輝きだった藍色ではなく、黒く欲望に染まった黒い目をいっぱいに見開いている。

もう、私の知る鷹音先輩何てそこにはいなかった。これが鷹音先輩の本性なんだ。


「もう離して!放っておいて!」

「なんで?蛍ちゃんは私しかもう友達も家族もいないんだよ。私がこんなに愛しているのになんで蛍子ちゃんは拒否するの?小鳥ちゃんの時みたいに!」


肩を掴む力が一層強くなって痛む。でも、その痛みも感覚がない。怖い。今まで私が付き合ってきた人がこんな人だったことに怖い。


「ちょっとお客様が嫌がってますよ!」


私たちの様子を異常だと思った駅員の人が蛍ちゃんを止めにかかるように腕を掴んで引っ張った。そのおかげで私は鷹音先輩の拘束から一時的に解放された。


「邪魔しないでくれる?」


駅員に邪魔されたことに一気に鷹音先輩から溢れ出る私への間違った愛のオーラが一気に鷹のような狩人の目に変わり殺気を感じた途端、バックの中からありえない物が出てきた。銀色の輝く果物ナイフだ。そのナイフを鷹音先輩は躊躇もなく駅員の腹部に向かって突き刺した。


「ちょっとそこで寝てて」

「え?」


駅員は自分に何が起きたのか分かっておらずしばらく刺された腹部を見つめていた。そのナイフを鷹音先輩が引き抜いた瞬間、血が噴き出て返り血が鷹音先輩の顔にべっとりと付く。


「い、いやあぁぁぁぁぁっぁぁ!」


私の悲鳴に駅内が騒然となった。誰もが血だらけになって倒れる駅員を見て青ざめて悲鳴を上げて逃げるように距離を置く。その駅の雰囲気が一気に恐怖へと変貌した。もう、異常だ。確定事項だ。だって、私たちの間に入っただけでそのナイフで人を刺すことに全く抵抗しなかった。普通じゃない。

頬に返り血がついた鷹音先輩は恐怖で腰が抜けてしまってその場に尻餅をついたまま動けない私の腕を再び掴みかかって引っ張る。


「どうしたの?なんで震えてるの?」


不思議そうに私を見つめる鷹音先輩。


「だ、だって、先輩人を・・・・・」


遠くからサイレンの音が聞こえる。駅員の誰かが救急車と警察を呼んだのだろう。それまでの辛抱だ。そうすればこの恐怖からも逃げられる。


「ああ、別にいいじゃん」

「別にって」

「こんな私を受け入れてよ」

「む、無理ですよ!」


首を振って即答で拒絶。


「まぁ、蛍ちゃんが私のパンツを盗んだのと比べるとレベルが違うか」


レベルとそういう問題じゃない!


「でも、あの時は私にとっては苦じゃなかったし」

「え?」


するとすでに血で赤く染まっている頬がさらに赤く染まる。


「興奮したよ~。誰かに見られているかもしれない。見つかったら時の恐怖。そして、誰も見えないところで犯している私の羞恥な姿。興奮して汁が出そうだったよ。なるべく、蛍ちゃんのことを考えないようにしていたよ。君のことを考えると・・・・・・」


グイッと私の手を引いて鷹音先輩は私の頬にキスをした。


「普通でいられないんだよ」


もしかして、鷹音先輩がこんな風になっちゃったのは私のせい?私が鷹音先輩に好意を抱いてしまって、好きになってしまって近づかれることを拒否しなかったせいで鷹音先輩をこんな悪魔に私がしてしまったの?

そう思った瞬間、激しい罪悪感に襲われるがそれもつかの間でだった。


「実はね、私知ってるんだ。見てたんだ」

「な、何をですか?」

「君が電車の中で集団で襲われてる姿」


その瞬間、私の脳内で記憶が鮮明に蘇る。すし詰めのように敷き詰められるようにたくさんの人が乗る電車の中心で私は男の人に囲まれて体中をべたべたと触られて服を脱がされて下着を切り落とされて、その様を写真に収める女子高生たちの中に顔を真っ赤に赤面する鷹音先輩の姿が見えた。


「な、なんで」

「あの時に私のすべてが変わった!かわいい子があんな風に恐怖に染まって引きずる顔。きっとあれが人の正体!本性!それをみた瞬間私の中で電撃が走ったよ!興奮したよ!ぞくぞくした!もう一度あの顔を見たかった!小鳥ちゃんも同じような表情になったけどまだ足りなかった。最後の段階で学校からいなくなって姿をくらませたのは残念だった。でも、君を!蛍ちゃんを入学式の祝辞の時見つけた時興奮を抑えるのがやっとだったよ」


あの日、あの時鷹音先輩と私は目が合った。でも、それは私の中だけの話だと思っていた。それは違っていた。鷹音先輩も見ていたんだ。電車の中で恐怖に引きづられて泣きわめく私を見つけた。


「小鳥ちゃんの時とは違って友好的になってから私の好きな人形にする!また、あの時みたいな顔になってよ!そうすれば、私の大好きな蛍ちゃんがさらに大大大好きな蛍ちゃんになるの。もうすぐ、知り合いのチンピラたちが君を犯すからその時はしっかりと」

「止めて!」


私の声が駅構内響き渡る。

知らない。こんな人を私は知らない。私が今まで部活で一緒に練習して学校帰りに寄り道してきたのは周りにも好印象で学校の生徒会長で美人のテニス部員の矢々島鷹音という人物だった。

こんな変質者を私は知らない。


「誰か・・・・・・助けて」


抵抗もできずその場でただ震えることしかできない。埋めていた過去の記憶がどんどん浮き彫りになり、さらにこれからその過去と同じことを再現されようとされている。その事実に頭がショートしそうだ。恐怖で真っ白になりそうだ。


「誰か助けてよ」


震えた声でつぶやく。でも、それは誰にも届かない。


「ダメよ。蛍ちゃんは・・・・・・」


恐怖で青ざめる私の姿が鷹の瞳に映る。その鷹は小さな蛍をついにとらえた。

ゆっくりと私の両頬を包み込もうとする。


「私の物」

「いやー!」


意識が飛びそうになった、その時だった。

目の前にいた鷹音先輩が急に後方に飛ばされてそのまま真後ろにおいてあったごみ箱に直撃する。ゴミが構内に散乱して背中を強打したのだろうか。鷹音先輩はせき込みながらそれでもナイフを片手に立ち上がる。


「何するのよ!」


狂ったように唾液をまき散らして吠える。


「あなたこそうちの蛍子に何しようとしてたのよ」

「は?なんで?何であんた生きてるのよ!」


私を助けてくれた人物に向かって威嚇するように吠える。飛びそうな意識の中、私の前に立っていたのは少し青みかかった腰あたりまである髪に細身だけどスタイルのいい見慣れた後姿。


「よ、芳美さん?」


私が名を呼ぶといつもポーカーフェイスで無表情であることが多い喜海嶋芳美さんが安心したように微笑みながら私の方を振り返った。


「大丈夫よ。もう、大丈夫だから」


少し涙目を浮かべながらそう呟いた。

そして、すぐにナイフを構え狂った鷹音先輩の方を振り返る。


「もう、終わらせてあげるわ」

「邪魔するな!」


ナイフを構えた鷹音先輩が芳美さんに向かって突っ込んでいく。それを芳美さんはいとも簡単に交わす。涼しい顔をしてそしてその目は鷹音先輩を可愛そうな子を見るように見つめる。


「もう、蛍子を傷つけない。蛍子だけじゃない。もう、誰もあんたのその歪んだ願望で誰も傷つけない!」


そう叫ぶと同時に芳美さんの蹴りがナイフを突き刺す構えをする鷹音先輩の腹部を思い切り蹴り飛ばす。その勢いはすさまじく数メートル蹴り飛ばされて駅の柱に激突する。吐血した鷹音先輩は何の抵抗もなくそのまま床に落下して動かなくなった。私の近くには蹴られた衝撃で落とした血で染まったナイフがあった。

駅にいる人たちが殺人犯を撃退した芳美さんに向かって大きな拍手を送る。

終わった。今までの緊迫感と恐怖に支配されて体が安心によって力が急に抜けてそのまま眠るように私は気絶した。

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