敵意
今日は部活終わりに鷹音先輩とふたりだけの練習にはいかずに日曜日に鷹音先輩とデートの約束をした。その理由としては少しでもお詫びをしたいという私の願いを聞き入れてくれたからだ。今週の日曜日は部活がない。顧問の事情で休みということになっていたのだ。誘われた時、お詫びというよりも私の褒美のような感じがした。胸の鼓動が早まり頬は火照り練習中のどんな時も鷹音先輩とのデートのことで頭がいっぱいだった。どこに行くのか。何をするのか。今から考えるだけでわくわくが止まらない。何を着ていこうか。シェアハウスの女性陣でおしゃれに詳しい芳美さんに相談するとしよう。このままだと今日は寝れない気がしてきた。何もしていなくても笑みが止まらない。そんな私の様子を不思議そうに一二三さんが見つめていることに私は気付かなかった。
「蛍子ちゃん!お疲れ!」
「あ、うん。お疲れ様」
更衣室で困惑する私に部活終わりだというのに有り余った元気で入ってくる一二三さん。
「あれ?今日は矢々島先輩といっしょじゃないの?」
「う、うん。今度約束があるから」
さて、久々の友人と休日を過ごすことになる。本当に何を着ていこうかな。
そんな私を余所に一二三さんは更衣室の扉を少しだけ開けて何かを確認すると扉を閉めて私のそばにやってくる。
「蛍子ちゃん」
「何?」
「やっぱり矢々島先輩って変だよ」
またその話・・・・・・。
「もう、やめない。それって所詮噂だよね」
「そうだけど、実際に学校を辞めた子がいるんだよ」
「本当に鷹音先輩のせいなの?どこにその根拠があるの?」
少しいらっとくる。ここまでしつこいのは嫌いだ。そもそも、私は入学式の日に誘っておいて私をほったらかしにした。その無責任さは特に嫌いだ。
「でも、部長や他の先輩たちも矢々島先輩に好かれない方がいいって言ってるし」
「私は言われてない」
そもそも、テニス部ではこうやって強引に話しかけてくる一二三さんと鷹音先輩以外とはまったく口を聞かない。話すことと言ったら、「すみません、ボール取ってくれませんか」くらいの会話しかしない。よって、部長の名前も定かではないし、同級生の部員の名前も一二三さんくらいしか分からない。
「蛍子ちゃんはもっといろんな人に矢々島先輩みたいに心を開くべきだよ。そうすれば」
「何が言いたいの?そんなに私と鷹音先輩を離れさせたいの?もしかして、あなたやきもち焼いてるの?」
「やきもちって」
本当に何なの?この子?一度私を誘っておいて無視したと思ったら同じクラスに同じ部活の子がいないからって急に私に絡むようになって都合よく人との関係を変える。顔の表情もきっと表と裏では大きく違う。当たり障りがいい人に限って内側ではすごく皮肉れ者だったりしたりする。
そんな本性も分からない人と私は関わりたくない。そんなことよりも気に入らないことは都合よく人間関係を変える一二三さんは自分の視点で話しているということだ。私のことも考えず。
「私は一二三さんと違ってこうやって気軽に話せる人が多くない。一二三さんみたいにたくさん友達や人間関係がある人は一人くらい無視して、関係を破綻させてもなんとも思わないと思うけど私は違う。私の人間関係は小さくて狭い。だから、私はあなたみたいに人の関係を簡単に切り離す最低なことは絶対にしない」
「き、切り離すなんて」
「実際にそうじゃない」
入学式の日。もう、考えるのも嫌だ。
「一二三さんみたいに人間関係を都合よく使い捨てに私は絶対にしない。いくら変な噂が流れてても私は鷹音先輩が好きだからいっしょにいる。あなたみたいな尻軽といっしょにしないで」
「ちょっと蛍子ちゃん」
バンと勢いよくロッカーを威嚇するかのように閉める。そして、鋭く睨みつけて怯ませる。本当にしつこく私に付きまとって来る人にだけに向ける敵意の態度。人間不信に陥っていた私に身についた能力。本来ならば使いたくなかった。でも、こうするしかないのだ。せっかく鷹音先輩と私の関係が保たれたのだ。守るためならどんなことでもする。
「二度と私に話しかけないで」
そのまま捨て台詞を吐いて部室を後にする。




