盗む
月は変わり6月から7月となった。
一二三さんの忠告があった日から1週間がたとうとしていた。あれから特に鷹音先輩が私に対してストーカー行為のようなものは全くなくいつものように部活終わりの練習をしたりするくらいでいつも通りだ。変わったことと言えば鷹音先輩とようやく携帯番号を交換したくらいだ。家に帰っても先輩とラインでどうでもいいことを話したりしている。その時間も私にとってはかけがえのないものだ。
さて、7月にもなると梅雨は明けて恋しかった青い空にも嫌なほど会えるようになったこの季節から学校の体育ではプールの授業も始まった。男子にとっては暑苦しい季節にはもってこいの涼の取れる授業であるが、女子にとっては水着姿を見せなければならないということが恥ずかしい。それをものともしない人物がひとりいた。
「いや~、プール楽しかったな!」
一二三さんである。
体育の授業が終わり女子更衣室で水着から制服に着替えている。私も隠れるようにこそこそと着替えを済ませて更衣室から出る。クラスの年下の女の子たちと仲良くする気がこの入学して3ヶ月で完全にあきらめてしまいいっしょにいること自体が苦痛にすらなってきている。私には鷹音先輩がいる。それ以外に必要な物なんて何もない。
一番乗りで教室に戻って水筒のお茶を一口飲んでスマホを取り出してラインを起動して新しいトークが来ていないか確認する。いつもこの作業ばかりだ。特に更新がなければ、次の授業の物を机に準備してトイレ等を済ませる。そんな機械のような日々を送っている。
自分の意思で自ら送っている生活のはずなのにため息がこぼれる。本当にこのままでいいのか。自分自身に問いかける。中学の時と人間関係は良好になっているのは確かではある。でも、同じように自分で孤独な状況を同じように作ってしまっているという現状は何も変わっていない。
「・・・・・・どうすればいいのかな?」
そう呟いてしまう。
教室に戻るとほとんどのクラスメイトが戻ってきていた。特に気にすることもなく席に着くと筆記用具がないことに気付いて机の中を覗くが見当たらない。
「あ」
そういえば、体育の時に必要かもと持って行っていらないことが後で分かって更衣室においてきてしまったことを思い出した。まだ、取りに行く時間はある。席を立って女子更衣室に小走りで向かう。
更衣室に到着してすでに他のクラスの女子が着替えた後らしく衣服がロッカーの中に散乱していた。幸いなことに人はすでにいなかった。ホッとして中に入って自分の衣服をいていたロッカーを除くと後に来た人たちの衣服に押し込まれるようにその奥の方に筆箱を発見した。
なるべく手を伸ばして誰だか知らない制服や下着に触れないように気を付けていたけど掴むことが出来た筆箱にスカートの一部が引っかかって全部筆箱といっしょにロッカーから落ちた。
「ああ」
あまりあさった形跡は残したくなかった。女子更衣室に誰かが侵入して女子生徒が抜いた衣服を誰が動かしと分かれば、学校内の誰かが痴漢に似た行為をしていたということになりかねないからだ。過去の記憶が一瞬だけ蘇ってすぐに首を振って掻き消す。
「早く戻して教室に戻ろ」
制服は畳まれておらず押し込まれるようにロッカーに入っていた。男子が見えないところでの女子生徒とはいつもこんな感じだ。世間の目が見えるところではいい風に見せて、見えないところではこんな風にどんな性格なのか丸分かりなのだ。ため息をつきながら制服を持つとぱたりと何かが落ちた。生徒手帳だ。
「不用心だな~」
制服をロッカーに押し込んで生徒手帳を広げて私の鼓動が一気に高まる。
生徒手帳には私の良く知る人物の顔と名前が書き込まれていた。矢々島鷹音と書かれていた。
「た、鷹音先輩」
その瞬間、プールから上がったばかりだというのに全身から緊張の汗が噴き出る。つまり、私が触れたのはあの鷹音先輩の制服だったのだ。まだ、下着が落ちている。ごくりとつばを飲み込む。下着を拾い上げる。まだ、ほのかに体温を感じることが出来てこれが数分前まで鷹音先輩の肌が直接触れていたもの。水色に振りのついたかわいらしいパンツ。それをじっと見つめていると頬に熱がたまっていくのが分かり、呼吸もどんどん荒いものになっていき過呼吸に近い状態になり、鼓動も脳内に直接響くくらい強くなっていく。
手に持つその先輩のパンツを私は自然と顔にゆっくりと近付けていた。何をしようとしていたのか。自分でもよく分かっていなかった。頭が混乱していてその瞬間の記憶が飛んでいた。自分の意識が現実に戻ったのは更衣室の外で物音がしたときだった。
途端にまるでリスのように私の意識は敏感になった。顔に近づけていたパンツを咄嗟に顔から話して身を縮こまらせて息をひそめる。足音はただ目の前を素通りしただけだった。
早く戻らないと。慌てて手に握る下着を先輩の衣服のあるロッカーに入れようとした時だった。足音が再び近付いている。その瞬間、鷹音先輩の下着を持っているという緊張感とは別の緊張感に襲われて青ざめる。私の耳が急によくなったかのようにこちらに向かって来る人たちの会話が鮮明に聞こえた。
「キャップ忘れっちゃったよ」
「なんで気付かなかったのよ」
薄暗い更衣室の中で私は大いに焦った。今向かっている人は確実にこの部屋にやってくる。どこか隠れるところはないかと慌ててあたりを見渡す。そこにあるのは挟まれるように設置されている木製のロッカーのみ。その中には制服や下着が無造作に置かれているいたり、きっちり畳まれているものもある。どこにも人一人隠れれそうな場所はない。だが、私の目に入ったのは一カ所だけある小さな窓だ。高くて覗くことはできない。すりガラスで外からも見ることはできず、中からも外の様子を見ることはできない。
「あそこからなら」
私は置いてあった机を窓の下に置いてその上に乗って窓のカギを外した。素早く開けるとその先は校舎の裏側でじめりとしていて人の姿はない。窓から地面まではかなりの高さがあるが私は躊躇することなく窓に体を乗り上げて外に出る。
足が窓の桟に引っかかってバランスを崩して出るというよりも落下という形になってしまったが、脱出することに成功した。開いた窓からは、
「キャップ発見」
「早く行くわよ」
と立ち去る声も確認できてようやく胸に手を当ててホッとする。それで胸に当てた手が何か握っていることに気付いて見てみるとレースの青色のパンツがしっかりと握られていた。
「し、しまった!」
つい勢いで置くのを忘れて持って出てしまった。地面にいっしょに落下したスマホで時間を確認するともう授業が始まってしまう。遅れていくのは嫌だがそれ以上にこれを戻しておかないとおっと嫌なことが起きる。
慌てて校舎の玄関に回り込んで校舎に入った瞬間、授業の開始を告げるチャイムが鳴った。そんなものを気にしている場合でもなく更衣室に向かう途中で私に不幸が訪れる。
「榎宮?」
次の授業の先生と出くわしてしまった。
「どこに行くんだ?もう、授業が始まるぞ」
「い、いや・・・・・・その」
見られるとまずい下着は咄嗟にスカートのポケットにしまう。
「真面目なお前がこんなところにいたら不味いだろ。教室に行くぞ」
先生に背中を押されるように教室に連れ込まれる。
そんな場合じゃないんだよ。私は鷹音先輩の下着をパンツをワザとではないが盗んでしまった。授業どころじゃない。




