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蛍と鷹  作者: 駿河留守
10/21

私が鷹音先輩に抱いてしまった感情は部活の先輩、学校の先輩、年上のお姉さん、友達とも違うものだと気付き始めたのはこの頃だった。前からこの人の前に出ると隣にいると、この人のことを考えるだけで胸が締め付けられるように痛く苦しいのだ。でも、一二三さんとは違い決していっしょにいるのが苦というわけではなくむしろ逆でいつもいっしょにいたいと思っている。

テニス部に入って1ヶ月以上が経って制服もブレザーの冬服からワイシャツの夏服に変わり季節は梅雨で雲行きがどんよりとした日が続く6月下旬となった。1年生もそれぞれの立場というものが確立してきて私は鷹音先輩の補助というかいっしょに練習することがほとんどだ。1年生はボール拾いとかいろいろ雑用も多いのだが鷹音先輩はその合間を縫って私といっしょに練習をしてくれる。

一二三さんは中学の頃もテニス部だったらしく私より断然上手ですぐに上級生の中に混ざって練習をしている。私よりも1日遅く部活に参加したくせに先輩にも同級生にも慕われて今では教室と同じで輪の中心に彼女はいる。私はいつも外野だ。

でも、私には鷹音先輩がいる。あの日以降も部活帰りに先輩の自転車の荷台に乗って部活外の練習によく行っている。そして、今日も先輩の自転車の後ろに乗ってビニール傘を私が持っていつものオートテニスができる施設に向かう。雨はしとしとと降っているせいでコートが使えない状態になっている。これで3日連続だ。


「太陽を拝みたいね~」

「そうですね」


灰色の空をビニール傘越しに先輩は見上げる。確かにこの時期は青空が恋しくなる。私としてはこうして二人っきりになる時間が増えて素直にうれしい。

薄く笑みを浮かべながら目的地に到着すると今日は人が少ない。雨のせいかバッティングセンターの打席にも野球少年の姿も少なく閑散としていた。


「人少ないですね」

「雨だしね~」


閑散とするバッティングセンターを素通りしてオートテニスのある場所に向かう。もう、1カ月以上も来ていれば慣れたものだ。「お願いします」とバックを預かってもらいネットの中に入って、中にあるボックスの中にコインを入れると機械が動き出す。出てくるテニスボールを私は右へ左へ。たまに回転を入れてみたりとここまでの上達ぶりが手に取るようにわかる。


「だいぶ上手になったね」

「はい!ありがとうございます!」


ここまでスポーツを真剣にやったのも人生初なのでやればここまで上達するものなんだとここ最近は鷹音先輩といっしょにこうして練習をできるという喜びともうひとつテニスがどんどんうまくなっていくという面白さにはまっている。

1ゲームが終わると交代して鷹音先輩の番だ。私とは違い経験も豊富で的確に的に当てていく姿はかっこよくて二人っきりでいるときに起こる胸を刺すような鼓動がどんどん早くなる。私もいつかこんな風になりたいとここで強く思う。

先輩も終わるといつもはここであと何回かやるのだが今日は違った。


「ねぇ。蛍ちゃん」

「はい?」


テニスコートに入ろうとする私を呼び止める。


「たまには少し遊んでみない?」


片目をつぶって私を誘う。その先には今日はほとんど人がいないバッティングセンター側だった。バッティングセンターの他にも小さなゲームセンターもあり遊べるスペースは多く点在する。

そういえば、今までは部活の延長みたいにここで練習するためにここにふたりで来ていたが遊ぶことを目的するのは初めてだ。それはまるでデートみたいだった。

そう意識した瞬間意識が飛んでしまうほど頭に血が上り緊張が私を襲う。


「いいよね?」


私の顔を覗くように上目使いで聞いてくる。


「は、はい!・・・・・大丈夫です」


テニスコートから出てラケットをケースの中に仕舞う際にもなぜか手が震える。

なんかおかしいよ。私どうしちゃったの?いつも何も変わらないじゃない。部活帰りにここに寄るのはいつものこと。先輩とふたりっきりになるのもいつも通り。そう、いつも通りじゃない。なんで緊張してるのよ。おかしいでしょ。


「どうしたの?蛍ちゃん?」

「な、なんでもないです!」


声が裏返る。明らかに動揺している私に鷹音先輩は少し疑問を浮かべながらも置いてあったバックを持ってバッティングセンターの方に向かう。私も小走りでその後を追う。

そう、これはいつも通り。いつも通りの鷹音先輩だ。隣で歩く先輩の姿を見る。汗と雨でうっすら湿ったワイシャツから水色の下着が透けて見えて心臓が爆発しそうになるくらい鼓動が一気に早く大きく脈打つようになった。


「じゃあ、ちょっと打ってみようかな。持ってて」

「は、ははっはい」

「どうしたの?急に?顔を真っ赤にしちゃって」

「いね・・・・・・いえ、何でもないです」


おかしい。明らかにおかしい。動揺している。今までに経験したことのないような同様に私は襲われている。何気ない会話でも声が裏返ったり、今みたいに噛んだり絶対におかしい。

その謎の慌てぶりを見せる私の姿を見て鷹音先輩は笑顔で、


「蛍ちゃんって本当にかわいいね」


そう微笑みながらネットの中の打席に向かう。その瞬間、私の中で分かってしまった。この胸を刺すような痛みと鷹音先輩を前にした時にだけ発生する鼓動の速さの正体。


「よ~し!振りかぶって行こう!」


金属バットを立てて構える。その姿を私はじっと見つめる。ボールが飛んでくると先輩は大きく足をあげてバットを振りかぶると見事に白球は金属バットに当たって打ち返す。


「当たった!」

「すごいです!鷹音先輩!」

「テニスラケットとは勝手が違うけど用量同じだよ!」


そう言いながらもボールを打ち返す。さすがにパワーがないせいかあまり遠くには飛んで行かないし、撃ち損じて転がったりしている。それでも初めてにしては見惚れてしまうほどうまい。よく観察すれば私にもできるかもしれない。テニスもホーム次第で打ち返す弾も断然違う。野球も同じ用量かもしれないと飛んでくるボールを鷹音先輩は足をあげて打ち返す。その足をあげた瞬間、勢いもあるせいか大きくスカートがめくり上がって水色の下着が私の瞳にしっかりと見えてしまった。その瞬間、頬が熱くなる。

いや、なんでドキドキしてるの?下着だよ。私はいつもシェアハウスの豊香さんの下着姿も芳美さんの下着姿もほぼ毎日のように見ている。生お着替えとかも普通に見たことがある。女の子同士だから別に緊張することもないはずなのに鷹音先輩だとなんか違う。変だ。おかしい。謎だ。


「どうしちゃったの?私?」


バットがボールを打つ金属音が響き渡る中私はフェンスに寄りかかるように縮こまってドクドクと痛む胸の鼓動を必死に抑える。鷹音先輩に心配させては迷惑だと先輩の勇姿を見つめる。痛む胸の鼓動を押さえながら。

その後も先輩と遊んだ。私はバッティングセンスはなく空振りばかりだった。先輩はその様をただ笑っていた。その後もシューティングゲームとかプリクラとも撮った。時間を忘れて遊んでいたら知らない間にすっかりあたりは暗くなり雨が上がっていた。

そして、いつものごとく鷹音先輩の自転車に乗ってシェアハウスに帰る。その間も私の謎の緊張感は抜けることはない。

遊び疲れてしまった帰りは私たちは無言だった。

気付けばシェアハウスの正面に到着していた。


「着いたよ」


ボーっとしていた私に声を掛けて慌てて自転車の荷台から降りる。私の様子が変なことに鷹音先輩は気付いているらしく自転車から降りて私の顔を覗き込む。その今日はほんの数センチだ。私の鼓動が一気に早まって慌てて顔をあげる。


「ちょっと疲れたよね。ごめんね。なんか付き合わせちゃって」

「い、いえ、そんなことないです。楽しかったですよ」


これは隠しようもない本心だ。


「そっか。なら、部活終わり以外の日にも今日いっしょに遊ぼうよ。そっちの方が楽しいよ」


鷹音先輩は笑顔で私の頭を優しくなでる。


「じゃあ、今日は本当に付き合ってくれてありがとう。これはそのお礼かな?」


鷹音先輩は一歩私の元に大きく前進してきて、ゆっくりと藍色の瞳を閉じてその整った顔が私に近づいてくる。そして、火照って赤く染まっている私の頬にチュッとキスをした。頬に伝わる鷹音先輩の唇の温度で私の頬がさらに赤くなり火照る。

しばらく何が起きたのか理解できず固まっていた。そして、先輩も同じように頬を赤く染めて恥ずかしそうに笑顔で微笑む。


「じゃあ、また明日ね」


そういうと自転車にまたがって走り去っていった。私はキスされた頬に触れながらその姿が見えなくなってずっとシェアハウスの玄関の前に立っていた。

そこへ学校帰りの豊香さんが帰って来た。


「あれ?蛍子?何てるのん?」


名前を呼ばれてキスをされた頬に触れながらゆっくりと豊香さんの方を見て何が起きたのか頭の中で高速再生される。その瞬間、とてつもない恥ずかしさが私を襲い慌ててシェアハウスの中に逃げるように駆け込む。


「ちょっと!蛍子!」


突然、逃げ出した私を呼び止める豊香さん。玄関を勢いよく開けると風呂上りだろうか肩にバスタオルを掛けてほんのり髪が濡れた山下さんの姿があった。


「榎宮さんお帰り」


私はただいまも忘れて山下さんの真横を素通りして二階に駆け上がる。途中で足を滑らして二段くらい落ちてもすぐに立ち上がって階段を上がる。


「榎宮さん?」

「ちょっと蛍子!どうしたの?」

「おお、八坂さん。榎宮さんどうかしたの?」

「あたしが聞きたいわよ。蛍子!」


私はふたりを振り切って自室の飛び込んで部屋にカギを掛けて制服のままベッドの中に潜り込む。掛布団を掴んで自分の体を包み込むように丸くなる。じっとしていられず唸りながらベッドの上でじたばたする。再生される記憶。先輩が私のほっぺにキスをした。頬を赤くしながら少し恥ずかしがりながら笑顔を向けたいつもと違う先輩の姿。鼓動がドキドキが止まらない。でも、それは病気でもなんでもなく心地よいものだ。そして、私はようやく気付いた。今までの鷹音先輩を前にした時に起こるこの胸の痛みと鼓動が早くなる原因。

これが恋だってここでようやく分かった。

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