第九章
「これでどうだ!」
「どれどれ?」
とある日曜日。
高梨家のキッチンで、利恵の差し出したカップを受け取った雛子は、その黒い液体を口に含み、
「……違う」
と、首を左右に振った。
「え〜? おっかしいなあ……ヒナちゃんに教わった通りに淹れたつもりなんだけど……」
「淹れ方よりも、ローストとブレンドの具合だと思う。 見ててあげるから、もう一度煎ってみて」
「豆の分量はこれでいいんだよね?」
「うん。 ニ割くらい目減りするから、その分を計算してね」
利恵は袋から豆を取り出すと、慎重に分量を測り、それを手網に乗せた。
「ロースター使ってもいいんだけど、家庭用電源だと熱量不足になっちゃうんだよね。 とりあえずはテストローストだから、それで具合を覚えて」
「了解しました」
「いわゆる 『直火焼き』 だから焦がさないようにね。 火に近付け過ぎないように」
「はい、師匠」
コンロの火を調節し、利恵が真剣な眼差しで豆の具合を見つめつつ、炎から十cmくらいの距離を保ちながら網を振り続けると、徐々に生豆の表面からチャフが飛び始め、次第に白っぽくなる。
「そのまま十二分二十秒、休まず振り続けて。 ここで充分な水分抜きをしておかないと、渋みの残った生臭い味になっちゃうから」
「はい!」
雛子は利恵の手元とストップウォッチを交互に見ながら、これまた真剣な表情で教えている。
次第に豆がきつね色に変色し始めると、キッチンには香ばしい香りが漂い出す。
「色の変化に気を付けて。 そろそろ一ハゼだから、少し火と距離を取って。 パチパチ音がして黄土色に変色するから、一気にハゼないようにして」
「黄土色? え〜っと……よく判んない……」
「膨らみ始めるからよく見てて。 あ、そうそう、一〜ニ分したら音が鳴り止むけど、そのあと大きく膨らんでニハゼに入るから、結構大きな音がするよ」
「さっきの音か……」
最初に雛子が実演して見せた時、予想もしなかった音がして、間近で見ていた利恵は少々ビックリしたのだった。
「涼ちゃんの好みは 『フルシティ』 と 『フレンチ』 の間だから結構深煎りなんだけど、 『イタリアン』 まで行っちゃうと駄目だからね」
「し、師匠! わたしには師匠のお言葉が理解出来ません!」
「ローストの具合は浅煎りから順に、 『ライト』 『シナモン』 『ミディアム』 『ハイ』 『シティ』 『フルシティ』 『フレンチ』 『イタリアン』 って言うの。 深く煎るほど苦味の強い味になるんだよ。 ……さ、そろそろ火との距離を離し気味にして。 豆の変化が早いから気を付けてね」
「お、押忍!」
雛子の言った通り、こげ茶色になった豆は、あっという間に膨れ上がった。
「ヒ、ヒナちゃん、かなり黒くなっちゃったよ! これって焦げてるんじゃない!?」
「まだ! もうちょっと黒くなるまで! 火との距離空けて!」
「は、はい!」
「……よし、OK!」
雛子の合図で、利恵はパ! っと火から網を退けた。
その出来上がりを見た雛子が笑顔で頷いているところを見ると、どうやら上手く行ったようである。
「じゃ、今の要領でこっちのも。 酸味を出すには浅煎りの方がいいんだけど、それだと苦味が出ないからね。 その分はブレンドでカバーします」
「コ、コーヒー淹れるのも楽じゃないのね……」
まあ、物事は拘りが強ければ強いほど、大変になって行く物である。
その後、何とか雛子から及第点を貰ったコーヒーを淹れ、ニ人は居間へと移動した。
そこには利恵の母である祥子と、父の洋二がいるのだが、何故か洋二は面白くなさそうな顔をしてソファに座っている。
「ん〜……いい香りね、あなた」
祥子は目を閉じて、漂うコーヒーの香りを楽しんでいるのだが、
「そうだな」
祥子に同意を求められ、それを認めながらも何が気に入らないのか、やはり洋二は素っ気無い返事を返している。
「あの……コーヒーお嫌いでしたか?」
それに気付いた雛子は、コーヒーを乗せたトレーをもったまま洋二に問い掛けた。
一応、コーヒーや紅茶を淹れるのも特技の内に入る事なのだが、嫌いだという人にまで勧めるほど雛子は無神経ではない。
「お父さん! ヒナちゃんに気を遣わせてどうするのよ!」
「え? あ、ああ、済まない! そういう訳じゃないんだ……」
利恵に叱られて、洋二はようやく普段の顔を取り戻した。
「ちょっと、ぼんやりしてしまってね。 いや、申し訳無い」
「まったくもう……」
利恵は軽く洋二を睨みつつ、テーブルにカップを置いた。
洋二がそれを手に取り、口を付けるのを見て、祥子もクスクスと笑いながら一口飲んだ。
利恵と雛子も洋二達の対面に座り、それぞれカップに口を付ける。
「美味しい……」
祥子はお世辞でなく言った。
それ程コーヒー好きという訳ではないが、これは格別の味だと判る。
今まで行ったどの喫茶店でも、こんなにホっとする味には出会った事が無い。
「これ、本当に利恵が淹れたの?」
祥子は思わず利恵に向かって言ってしまった。
普段キッチンに入る事など無い子が、いきなりこんなに美味しいコーヒーなど淹れられるのかしら? というのが正直な感想なのだ。
「失礼な。 ヒナちゃんに指導されたとは言え、ちゃんとわたしが淹れたんですぅ〜!」
「でも、ちゃんと指示通りに出来るのも凄いんだよ? 利恵ちゃん。 初めての人なんて、失敗して当たり前なんだから」
「ありがと、ヒナちゃん。 ところで……」
利恵は無言のままの洋二に視線をやり、
「お父さんからは賛辞の声が聞こえないんですけど?」
と、感想の催促をした。
それを見て祥子は、相変わらずクスクスと小さく笑っている。
「ああ、旨いよ」
「な〜に? それ。 もっと感情を込めて言ってよ」
「とっても美味しいな〜」
「すっごく不自然なんですけど……何かご不満でも?」
堪え切れず、祥子は完全に笑い出した。
「お母さん、どうしたの?」
「お父さんはね、利恵が自分の為に淹れてくれないから拗ねてるのよ」
「何それ」
「これって涼君の好みの味なんでしょ? だからよ」
「そ、そんな事は無いぞ! わたしはそんなに小さい男じゃない!」
「何だかなあ……。 練習なんだから、目標があった方がやり易いでしょうに。 お父さんには失望したわ」
やれやれといった感じで、利恵は雛子と顔を見合わせて苦笑した。
この調子では、将来利恵が結婚する時などは一波乱ありそうである。
「それにしても、雛子ちゃんは凄いわね。 わたしが雛子ちゃんくらいの歳の時には、何も出来なかったもの」
「そ、それほどでも……」
お嬢様育ちではないが、比較的恵まれた家庭に育った祥子は、家事など洋二と出逢った頃から必死になって覚えたくらいだ。
学生時代にもっとやっておけば良かったと、その時になってえらく後悔した憶えがある。
雛子が家事一切を一人でこなしていると利恵から聞かされた祥子は、驚くと同時に非常に感心したのだった。
「いくら手伝いなさいって言っても、利恵は全然やらないから困ってたのよ。 これからはビシビシ鍛えてやって頂戴ね?」
「え〜? たまには手伝ってるじゃない」
「気まぐれで手伝われてもねえ……」
「あはは」
「ヒナちゃん、今、本気で笑ったでしょ……?」
「それはそうと」
洋二はカップを置くと、利恵をじっと見ながら、
「その〜、何だ。 利恵も佐伯さんもまだ中学一年生なんだから、異性関係については興味もあるだろうが、あまり積極的にならないようにな」
「何よお父さん、いきなり。 わたし達は男の子と仲良くなっちゃいけないって言うの?」
「いや、友達を作る事には反対しないが……まあ、色々と気を付けなきゃいけないという事だよ、うん」
「気を付けるって?」
「あなた、あまりつまらない事を言わないで下さい」
洋二の隣りで、祥子が 『つんつん』 と肘を突付いた。
「つまらない事じゃないぞ? こういった事はきちんと言っておかないと。 親の務めだ」
「きちんと説明出来るならいいですけど、そんな抽象的な言い方で伝わるかしら?」
「伝わるさ。 本気で相手を思う心は、いついかなる時でも相手に伝わるものだ。 な? 利恵、そうだろう?」
「ヒナちゃん、解った?」
「ううん、全然……」
「利恵達には伝わってないみたいですよ?」
「……」
父親のヤキモチというのは、娘にはなかなか伝わらない物のようである。
「利恵、今度は涼君も連れていらっしゃい。 お母さんも会ってみたいわ」
「う〜ん……今の段階では、それはちょっとキツいかも」
と、利恵は腕組みをして考え込んでいる。
利恵が宇佐奈家へ訪ねて行っても涼はいい顔をしないのだ。
それを利恵の自宅へなど、素直に来るとは思えない。
「あら、何か問題でもあるの?」
「問題と言うか……ねえ、ヒナちゃん」
「あはは……そうだね、ちょっと難しいかな?」
「何も無理をして連れて来る事も無いだろう? 佐伯さんが遊びに来てくれれば、それでいいじゃないか」
少しホっとしたように、洋二はカップを口に運んだ。
娘の彼氏になど、会わずに済むならその方がいいのだ。
「あら、あなたは雛子ちゃんみたいなお嬢さんがお好みなのかしら? 利恵、聞いた? お父さんはわたし達よりも雛子ちゃんがいいんですってよ?」
「最近妙に冷たいと思ったら、お父さんはヒナちゃんに心変わりしてたのか」
「な、何を言ってるんだお前達は! わたしはただ……」
「ただ……なあに?」
「いや、その……あ、コーヒーのお替りをもらえるかな?」
「あ、わたし淹れて来ます」
利恵や祥子が何か言う前に、雛子はサっと洋二のカップを受け取り、キッチンへと行ってしまった。
「速い……普段のヒナちゃんからは想像出来ない身のこなしだわ」
上げかけた腰を再び下ろし、感心したように利恵は言った。
「身に染み付いた動作ね。 ご家庭の事情もあるんでしょうけど、元々細かい事に気の付く子なのね、雛子ちゃんは」
「ご両親ともお忙しいそうだな……随分と寂しい思いをして来たんだろう。 利恵、佐伯さんのいい友達になってあげるんだぞ?」
「当たり前じゃない。 ヒナちゃんはわたしの師匠でもあるんだから、大事にするわよ」
「打算の無い友情を得られるのは学生時代だけかもしれん。 一生付き合える友達を作れるように、お前も努力をしないとな」
「そうだね。 うん、頑張る」
明るい性格と付き合いの良さで、利恵には友人が多い。
しかし、果たしてその中の何人と、生涯に渡って友人としての繋がりを持っていられるだろうか?
そんな事は今まで考えた事が無かったし、考える必要も無かったのだ。
まだ利恵は、毎日が楽しく過ぎて行くのが当たり前に感じられる年齢なのだから。
だが、洋二の言う事は理解出来るし、その通りなのだろうとも思う。
そう感じられるほどには、利恵も成長しているのだ。
利恵がそんな事を考えている内に、キッチンから戻った雛子が洋二にカップを手渡す。
「はい、どうぞ」
「ありがとう。 ……いい香りだ」
「さっきは何も言わなかったくせに……渡す相手が違うと香りも違うんでしょうかね、お父様?」
利恵が不満気に言うと、洋二は苦笑しながら、
「旨いと言ったろう?」
「心がこもってなかったもん」
「おいおい、あまり苛めないでくれよ……」
「ふん!」
そう言いながら利恵も、洋二の隣りでそのやり取りを見ている祥子も笑っている。
当たり前の家庭の一コマを見て、家族ってこういう物なんだな……と雛子は思った。
勿論、自分も宇佐奈家で同様の経験は何度もした。
だがそれは、あくまでも疑似体験でしかないのだ……。
「ん? ヒナちゃん、どうかした?」
「え? ううん、どうもしないよ?」
つい考え込むような事をしてしまった雛子は、慌てて笑顔を作った。
「そう? 何か考えてたみたいだったからさ」
「ああ、そっか。 うん、利恵ちゃんとお父さん、仲良しだなって思って」
「ええ〜、そう? そんなでもないと思うけどなぁ?」
「そ、そんなに迷惑そうに言わなくてもいいじゃないか。 ちょっとショックだったぞ、今のは……」
「ほらほら利恵、その辺にしておきなさい。 お父さんが拗ねると、あとで大変よ?」
「ひ、人を子供扱いするな」
利恵と祥子に続いて、今度は雛子も一緒に笑った。
「へえ……いい親父さんとお袋さんだな」
宇佐奈家のダイニングで、涼と雛子は差し向かいになり、夕食を摂っている。
今夜は環が地方講演で留守にする為、環に頼まれて雛子が支度をしたのだ。
今夜も当然の如く、雛子の両親は会社に泊まり込みだそうだ。
「凄く優しいご両親だったよ。 でね、利恵ちゃんのお父さんって、結構カッコいいんだ」
「ふ〜ん。 お袋さんは?」
「美人。 利恵ちゃんが可愛いのも納得出来るよ」
「可愛い? あいつが?」
箸を持つ手を止め、涼は目を丸くしながら言った。
「あれ? 涼ちゃん、そう思わないの?」
「いや、見た目はともかく、あの強引な性格は可愛いとは思えないだろ、普通……」
涼がどんなに頑張ってみても、結局最後には利恵の意見が押し通されてしまうのだ。
涼からすれば、それは決して愉快な事ではない。
「じゃあ、少なくとも見た目は可愛いって思ってるって事だね」
「い、いや、あくまでも一般論としてだからな?」
「はいはい。 おかわりは?」
「あ、ああ、もらう……」
茶碗を差し出しつつ、何となく雛子が明るくなった事を涼は感じていた。
きっと利恵の影響を受け始めているのだろう。
以前までの雛子とは、その言動も若干違って来ているように思える。
「はい」
「サンキュ。 なあ、ヒナ」
「ん?」
「あいつとさ、その……一緒にいて、楽しいか?」
「あいつって?」
「あいつって言ったら、あいつしかいないだろ。 今までの会話の流れで、それくらい解れよ」
「あのさ、涼ちゃん。 ちゃんと名前を言ってもらわないと、誰の話しなのか判んないよ?」
「だから……もういいや、何でもない」
どうやら涼は、意地でも利恵の名前を呼びたくないらしい。
雛子はクスクスと笑うと、
「利恵ちゃんと一緒にいると楽しいよ。 グイグイ引っ張ってくれるから、わたしも行動が楽だしね」
「お前、解ってて訊くなよな……」
「名前を呼ぶくらいいいじゃない。 どうしてそんなに嫌がるのか、わたしには解んないなあ」
「俺のプライドが許さないんだ」
「何それ。 つまんない物は捨てちゃいなさい」
最後の一口を食べてしまうと、雛子は 「ご馳走様でした」 と手を合わせ、箸を置いた。
「いただきます」 と 「ご馳走様」 は、作ってくれた人にもそうだが、食材に対して行う物なのだと、子供の頃、環に教わった。
私達は命を頂いているのだと。
だから、食材に対して感謝の心を忘れてはいけないのだそうだ。
「つ、つまんないとは何だ! 男がプライドを無くしたら終わりだろうが」
「あはは、真君みたいな事言ってる」
「失礼な……俺のどこが真に似てるってんだ?」
「利恵ちゃんの名前を呼べないところなんて琢磨君みたいだし。 涼ちゃんも随分ニ人から影響受けてるみたいだね」
お茶を淹れながら、雛子は楽しそうに言った。
ニ人で夕食を摂るのはこれが初めてではないが、昔はこんなに友達の事で盛り上がれなかった。
大抵は雛子が一日の出来事を話し、涼がそれに相槌を打つ程度だったのだ。
環がいればそれなりに話題も広がったが、涼とニ人きりの時には殆ど雛子が喋っていたようなものである。
それでも、雛子にとって楽しい一時であった事に変わりはないのだが。
「しかし、そんなにいい両親に育てられたってのに、何であいつは、ああなのかな……」
「ああって?」
「俺の都合なんてお構い無しで引っ張り回すし、やたらと喚き散らすし、手は出る足は出る……やりたい放題だろ?」
「涼ちゃんが怒らないって知ってるからね。 甘えてるんだよ、きっと」
「いや、俺はいつも怒ってるぞ? おかげで血圧が上がりそうだ」
「本気じゃないでしょ? わたしやおば様に言うのと同じで。 だからだよ」
「……」
そうだっただろうか……?
涼としては、殆ど手が出る寸前の勢いで怒っていたつもりだったのだが……。
「女の子って、誰にでも甘える訳じゃないんだよ? いくら甘えさせてくれるって言っても、それなりの相手を選ぶんだから」
「そう言われてもな……」
涼としては複雑である。
そりゃあ誰かに好かれる事自体は嫌な事ではないのだが、利恵の場合は少々事情が異なる。
何しろいきなり 『彼女になる!』 と一方的に宣言されただけなのだから、そんな経験など全く無い涼には対応が難しいのだ。
かと言って、利恵が悪い子ではない事が判るだけに、あまりぞんざいに扱うのも気が引ける。
ましてや、最近は雛子とやたらに仲が良いのだ。
自分の対応が原因で雛子の友人が減ってしまう結果になるのは申し訳無いし、不本意である。
「厄介だなあ……」
涼は頭をガシガシと掻いた。
困った時や考えがまとまらない時にやる、昔からの癖である。
「あ、そうだ。 今度遊びに来なさいって」
「あ? 誰が? どこへ?」
「涼ちゃんが、利恵ちゃん家に」
「……やだよ。 代わりに真でも連れて行け」
熱いお茶を冷ましつつ、涼は本気で嫌そうな顔をして言った。
「利恵ちゃんのお母さん、涼ちゃんに会うの楽しみにしてたよ?」
「本人抜きでそういうのを話題にすんなっつーの」
「男の人って、どうしてこうなのかなあ? 利恵ちゃんのお父さんも、涼ちゃんと会うの乗り気じゃないみたいだったし」
「親父さんとは気が合いそうだ……」
とは言いつつ、やはり利恵の家に行く気など無いのだが……。
利恵の事については、ちゃんと考えると雛子に約束した。
しかし、何をどう考えたものだろうか?
まあ、友達付き合いをするには良い相手のようにも思えるのだが。
「いい加減な事は出来ねえしな……」
「何? 涼ちゃん、何か言った?」
「いや、何でもねえ。 ごっそさんでした」
涼も一応、食事の前後にはこうして手を合わせてはいるが、こちらは習慣でやっているだけである。
「で、他には何か変わった事とか無かったのか?」
「そうだなぁ……あ、そう言えばね、今日は二人でコーヒーを淹れたんだけど……」
ニ人でお茶を啜り、何気無い一日の出来事を振り返って話す。
昔から当たり前のようにして来た、当たり前のように存在していたこの日常は、やがて形を変えて行くだろう。
今から何年か後、ここでこうして涼と話しているのは誰だろうか……。
その日、雛子はいつもよりも長く宇佐奈家に居た。