第八章
ドン! ドン! と、快晴の空に花火の音が響き渡る。
六月第一週の土曜日。
今日は、涼達の通う中学校の体育祭である。
「へへへ……楽勝だな、我が一年ニ組は」
真一郎は余裕の表情で得点ボードを見ていた。
三種目が終った時点で、真一郎のクラスが首位に立っているのであった。
しかしながら、底無しの運動能力を持つ涼、真一郎、琢磨の三人のおかげで、各クラス共にそれ程の点差はついておらず、非常に面白い展開になっている。
「何の! まだ体育祭は始まったばかりだ、これから逆転する機会は幾らでもある!」
「琢磨の言う通りだぜ。 このまま独走出来ると思うなよ、真。 四組にゃ俺がいるって事を忘れんな」
「次は俺様がアンカーで出る混合リレーだぜ? お前らに勝ち目はねえよ」
調子と勢いに乗っている真一郎は、涼と琢磨を盛んに挑発している。
どうやらニ人をカッカさせて、自分のペースに引き込もうとしているようだ。
「余裕じゃねえか、真。 俺達もアンカーだって事、忘れてねえか?」
「侮ると手痛い目に遭うぞ?」
「かっかっか! せいぜい吠えてろ、弱者共め」
腰に手を当てて、そっくり返った状態で真一郎が言うと、
『次は、クラス対抗男女混合リレーです。 選手の皆さんは所定の位置に集合して下さい』
競技案内のアナウンスが流れ、各選手はそれぞれスタート位置に集合した。
涼達も選手の控える椅子に腰掛け、自分の番が来るのを待つ。
そんな中、何とも情けない顔をした選手が一人、オドオドしている……。
「琢磨くぅ〜ん、どうしよぉ〜……わたしきっとビリだよぉ……」
「だっ……大丈夫だ佐伯! い、一生懸命頑張って走れば、それでいいんだ!」
どうやら琢磨のクラスの第一走者は雛子のようだ。
とにかく走るのが遅い雛子にとって、体育祭は子供の時から一年で一番憂鬱な日である。
「でもぉ〜……。 わたし遅いのに、どうして選ばれちゃったんだろ……」
「さ……参加する事に意義があるのであって、速い遅いは関係無いっ! そ、それに、わ、我がクラスには陸上部もいる! あああ安心しろ!」
ここまでどもりながら言われると、普通は余計に不安になるものだが、そこはそれ。
琢磨の性格を知っている雛子には、ちゃんと琢磨の励ましは伝わっている。
伝わってはいるのだが……。
「で、でもおぉ〜……」
雛子は既に泣きそうな顔である。
「あああ後の事は俺が何とかする! 心配するな! 問題無い!」
そんな雛子を、琢磨は顔を真っ赤にしながら更に励ました。
琢磨にとって、これは全力疾走と同じくらいのエネルギーを要する事だ。
「わかったぁ……頑張る……」
「おおおおおお応援してるからな! ぜ、全力を尽くせ! それだけを考えろ!」
「うん……」
トボトボとスタートラインへ向かう雛子を見送りながら、琢磨はホっと息を吐き、選手の控え席へ戻った。
各クラスの一番手がスタートラインに並ぶと、ただでさえ小さな雛子は一際小さく見える。
「お? 琢磨んとこは、雛子ちゃんが一番手か」
「大丈夫かな、ヒナの奴……」
『バン!』 と号砲一発、各選手が一斉にスタート……したと思ったら。
「キャッ! ……いた〜い」
雛子は、他の男子選手にぶつかられて転んでしまった。
と言っても、それ程派手に転んだ訳でもないのだが……。
「あっ……! か弱い雛子ちゃんに対して何て事しやがるっ!」
「てめえっ! ふざけんな! ツラ憶えたからな、この野郎!」
「貴様っ! 自分よりも力の弱い者に対して、労わる気持ちが無いのかっ! 叩き斬るぞっ!」
三人に一斉に怒鳴られた男子選手は、足がすくんで上手く走れなくなった。
だがその隙に、雛子はその選手を抜く事が出来た。
他の選手も何事かと振り返ってペースが落ちる中、雛子は顔を下に向けたまま全力疾走である。
( もぉ〜! みんなったらぁ……恥ずかしいよぉ!)
一刻も早く引っ込みたい雛子は、いつもよりも速く走れた。
まさに怪我の功名である。
しかし、コーナーに差し掛かったところで、雛子はまた抜き返される。
さすがに一周二百メートルの距離は、雛子には辛かったようだ。
「あ〜、抜かれたか……ヒナにしちゃ頑張ってたんだけどなぁ」
「応援してあげたいけど、俺と雛子ちゃんは今は敵同士だからな……」
「が……頑張れ、佐伯……」
「あのな……そんな小せえ声で聞こえる訳ねえだろに。 もっと腹から声出さんかい!」
「す、すまん、真。 これが限界だ……」
「剣道の時みたいにいかねえのかよ……不便なやっちゃな」
「琢磨にしちゃ上出来だよ」
そうこうしている内にレースは進み、いよいよアンカーにバトンが回る。
満を持して最初に登場したのは……。
「掃部関君、お願いっ!」
「よっしゃあっ! 任されて!」
トップでバトンを受けた真一郎は、物凄い勢いで駆け出した。
文字通りの爆走である。
「行け! 浦崎!」
それから少し遅れて琢磨にバトンが渡る。
比較的運動部員が多くいる琢磨のクラスは、既に雛子の遅れを挽回していた。
女子とのバトンタッチではスタートの際に遅れてしまう為、琢磨のクラスだけは男子からのバトントスである。
「押忍! 一年一組、出席番号三番! 浦崎琢磨、参るっ!」
「琢磨君! 頑張れ〜っ!」
「さ、佐伯! ……うおぉぉぉぉっ!」
琢磨が走り出した後、ニ人の走者がバトンタッチを終えて駆け出す。
その直後、ようやく涼にバトンが渡った。
「宇佐奈君! ごめん!」
「気にすんな! ……行っくぜえぇ、真! 琢磨!」
『ギュンッ!』 といった感じで涼が走り出すと、あっと言う間に前のニ人を抜き、琢磨に追い付いた。
まさに 『韋駄天』 という形容がピッタリ来る走りっぷりである。
「や〜ん! 宇佐奈君、カッコいい〜っ!」
「宇佐奈くーん! 頑張ってーっ!」
ルックスは申し分無く、少々乱暴だとの噂は流れているが、女子に対してはあくまでも紳士的に接する涼の評価は、ここ最近高まり始めている。
ましてや最下位からスタートし、凄まじい追い上げを見せているアンカーともなれば、嫌でも涼に注目が集まる。
だが……。
「自分のクラスの応援しなよぉ……。 琢磨君、一生懸命走ってるのに……」
涼に黄色い声援が飛ぶと、雛子は途端に不機嫌になった。
「だって、あたし達が声援送ったら、浦崎君倒れちゃうよ?」
琢磨が女性に弱い事は、既に全校生徒が知っている。
それもあってだろう、琢磨に対する声援は、圧倒的に男子生徒からの物が多い。
「そ、それはそうだけどぉ……。 だからって、何も他のクラスの応援しなくてもいいじゃない……」
普段の雛子ならそんな事は言わないのだが、今日は色々と虫の居所が悪いようだ。
そんな応援席でのやり取りに気付く事も無く、コース上では琢磨と涼が激しく競り合っていた。
「くっ……! 涼め、さすがに速い!」
「どけどけ琢磨! 邪魔だーっ!」
「何のっ! 抜かせん!」
琢磨も涼に合わせて加速すると、各クラスの応援席は、まるでゴール前の接戦であるかのような盛り上がりを見せ始めた。
それもその筈。
ニ人がグングン加速していたお蔭で、かなりのリードをしていた真一郎の背後に肉迫していたのだ。
「ゲッ! こいつら、もう追い付いて来やがったのかよ!」
「捉まえたぜ、真!」
「このまま抜き去ってくれる! 覚悟!」
「そうは行くか!」
三人のデッドヒートに、全校生徒が大歓声を上げる。
その盛り上がりはオリンピックさながらである。
「三人ともすご〜い……」
雛子は瞬きするのも忘れて、三人の競り合いに釘付けになった。
だが、それを見つめる先生方の中には、あからさまに引き攣った顔をしている人もいて……。
「宇佐奈は、どうしてあれで体育の評価がそこそこなんですかね?」
「あの野郎……普段の授業では手を抜いてやがるな? 次の授業の時、地獄に叩き込んでやる!」
どうやら涼は、体育教師に目を付けられてしまったようだ……。
そしてゴール!
さて、結果は……一位は真一郎。
ニ位は琢磨、惜しくも涼は三位だった。
「くそお、三位かよ!」
涼は悔しそうに得点ボードを見上げた。
僅差とはいえ、これでまた若干、真一郎のクラスとの点差が開いてしまった。
「アブねえアブねえ……ゴールがあと五メートル先だったら抜かれてたぜ」
「無念! クラスの期待に応えられんとは……!」
琢磨も悔しそうに、胸の前で自分の掌を拳で叩いた。
「けど点は僅差……トリのあれでケリ着けるからな、真!」
「望む所だぜ……かかって来いや!」
「……次は負けんぞ!」
その後、順調に各プログラムが消化されて行くにつれて、何故か男子生徒のテンションが異常に上がって行く。
それは各競技の最中にも表れ始めていて、あちらこちらで小競り合いが発生している。
「ね、ねえ……何だか男子が異様な雰囲気になってない?」
「うん……言われてみれば、みんな殺気立ってるような気がするね」
「ねえ雛子、最後って確か騎馬戦だよね?」
友達に訊かれて、雛子はプログラム表を広げてみた。
「え〜っと……これ何だろ?」
「何? 雛子、何て書いてあるの?」
「ばとるろいやる騎馬戦だって」
「バトルロイヤルゥ!?」
「ばとるろいやるって何?」
格闘技の類に興味の無い雛子には、それが何を意味する言葉なのか解っていないようだ。
「敵味方関係無しに、最後の一人になるまで戦うのよ。 いわゆるサバイバルマッチね……男子限定なのはそのせいか」
「えぇぇーっ!?」
雛子が驚いてグラウンドに目を移すと、既に集合を終えていたどの騎馬も目が据わっている。
どう見てもこれから騎馬戦をするようには見えない……まるで喧嘩の前だ。
「おらあっ! オメエらシッカリ踏ん張れよ! 俺が落ちたら負けなんだからな!」
真一郎は自分の騎馬に喝を入れる。
既にかなりテンションが上がっているらしく、いつものお調子者の雰囲気は微塵も無い。
「やっぱ最大の敵は涼と琢磨だな……真っ先に潰す必要ありか」
真一郎の視線の先で、琢磨も味方の騎馬に声をかけていた。
「みんな! 真と涼さえ堕としてしまえば、あとは雑魚だ! まずは奴らを潰すぞ!」
どうやら琢磨の考えも真一郎と同じのようだ。
普段は温厚で優しい筈の琢磨の目に、殺気を孕んだ光が宿った。
「先んずれば制す! 怪我をしても恨まんでくれよ……涼! 真!」
一方、ニ人から標的にされている涼はというと、
「みんな! 最初からガンガン飛ばして行くぜ!」
やはりやる気満々のようで、指をボキボキと鳴らし、早くも臨戦態勢である。
「おう! お前だけが頼りだからな、頼むぜ宇佐奈!」
「けど、掃部関と浦崎が厄介だぜ? あいつら、宇佐奈とどっこいの強さだからな」
「宇佐奈! やっぱ、まずはあいつら潰そうぜ! どっちからやる?」
「そうだな……琢磨は、ああ見えて体力があるから、長期戦はこっちが不利だ。 となれば短期決戦あるのみっ! 速攻だ!」
「了解! 狙うは浦崎だな……!」
「……行くぜ!」
涼も真一郎と琢磨が曲者だと考えていた。
だが、何をして来るか解らない真一郎よりは、正攻法で来るであろう琢磨の方が攻め易い。
涼のチームは、琢磨を標的に据えた。
そして、 『バンッ!』 と運命のピストルの音が響くと、修羅の群れが一斉に飛び出した!
「行っくぜえぇーっ! 俺様の騎馬に当たるとイテエぞーっ!」
「突貫! 奴らに暴虎馮河の勇である事を思い知らせてくれる!」
「おらあぁぁぁーっ! どけどけどけーっ! 宇佐奈涼様のお通りだあぁぁぁーっ!」
三騎の騎馬が怒涛の勢いで校庭の中央に突進して行く。
あまりの迫力に他の騎馬が道を空けると、その直線上に涼と琢磨の騎馬が向き合う形になった!
「琢磨あぁぁーっ!」
「来たか、涼っ!」
ニ人の乗った騎馬が激しくぶつかり合う。
騎馬は騎馬で蹴りを飛ばし合い、その上では、涼と琢磨が殆ど殴り合いの状態だ。
「往生せいっ! 涼!」
「そりゃこっちの台詞だっ!」
だが、さすがに素手の殴り合いでは、喧嘩経験が豊富な涼が有利だ。
涼の攻撃は確実に琢磨にヒットするが、琢磨は思うように攻撃が出来ない。
「くっ……! みんな、左へ……駄目だ、遅い!」
単身ならば思うままに動けるのだろうが、琢磨の反応速度に騎馬が付いて行けない。
これでは下半身を封じられているのと同じだ。
琢磨の騎馬は涼の騎馬の勢いに押されて、徐々にその体勢を崩されて行く。
「きゃあっ! もう見てられないよぉ……!」
そのあまりの凄まじさに、雛子は両手で顔を覆ってしまった。
「死ねえぇっ! 琢磨!」
「くうぅぅっ!」
涼は琢磨の顔を鷲掴みにすると、そのまま後ろへと押しやる。
涼の腕を押さえつつ、何とか腹筋の力で堪えている琢磨の背後へ、チャンス到来とばかりに真一郎の騎馬が突っ込んで来た。
「いっただきぃ!」
「うわぁっ!」
真一郎は琢磨の襟首を掴むと、一気に後ろへ引き倒した。
えび反った体勢だった琢磨はその不意の攻撃に堪え切れず、実に呆気無く、琢磨の騎馬は崩れ落ちた。
「まずは一騎!」
「くそっ! やられた……!」
敵は涼だけでなく、周囲の全員なのだ。
後方への警戒を怠った自分のミスであると、琢磨は地面を拳で殴り、悔しそうに真一郎を見た。
「さ〜て……次はオメエだ、涼!」
真一郎は 『ビシ!』 っと涼を指差し、不適な笑いを浮かべた。
「この野郎、様子を窺ってやがったな?」
「お前らみたいに正面から行ってたら体力が続かねえっつーの。 頭使わんとな」
「撃砕されるならともかく、こんな負け方をしようとは……無念だ!」
「ホレホレ琢磨、敗者はとっととこの場を去れ」
真一郎が琢磨に向かって、 『シッシッ』 と犬を追い払うような仕草をしていると……。
「バカ! 掃部関、何やってんだ!」
「え?」
「油断大敵だぜ、真!」
「うぐぉっ!?」
真一郎が余所見をした瞬間を逃さず、涼が速攻を仕掛け、その左頬に拳を食い込ませた。
大きな真一郎の身体が後ろに仰け反ったところを見ると、どうやら一切の手加減をしていないらしい……。
「いってぇぇーっ! ……てめえ! マジでやったなっ!?」
「オラオラ! もう一発行くぜ!」
今度は反対側だ。
たまらず真一郎が騎馬に距離をとらせると、その鼻先を 『ブンッ!』 と涼の拳がかすめ、風圧で真一郎の前髪が揺れた……。
「バ、バカ野郎! ちっとは手加減しろい!」
「甘っちょろい事言ってんじゃねえっ!」
「わわわわ! 一時後退っ! 体勢を整えるぞ!」
「逃がすかタコ助! みんな、頼む!」
涼の騎馬は巧みに真一郎の騎馬の退路を断つ。
それに呼応して、他のクラスの騎馬も涼に加勢し始めた。
そもそもこれはバトルロイヤルの形式を取っているので、自分以外は全て敵である。
少しでも不利な状況に追い込まれた者は、他の全員から標的にされて当然なのだ。
「ちくしょう! 右だ! 右に回れ!」
「させねえって言ってんだろうが!」
涼の手が伸びて、背後から真一郎のシャツの裾を掴んだ。
「つっかま〜えた」
「うわあっ! 気持ち悪いっ! 笑うなっ!」
「何だと……? そういう失礼な事を言う奴は……こうだ!」
そのままシャツを捲り上げると、涼は平手で思い切り真一郎の背中を叩いた。
パチーン! と、素晴らしい音が校庭に響く……。
「いってえぇぇぇーっ!」
見る間に真一郎の背中に綺麗な紅葉が浮き出した。
……少々大き目だが。
「ホレッホレッホレッ!」
「いてっいてっいてっ! やめろバカ!」
「……バカ?」
涼の眉がピクッと動く。
「あ、ウソです! ごめんなさい!」
「もう遅い!」
涼は、そのまま真一郎のシャツの裾を頭の上で結んでしまい、真一郎はバンザイの格好のまま動きを封じられてしまった。
こうなってしまっては、いくら真一郎が怪力でもどうしようもない。
「必殺、茶巾寿司。 ……あんまり旨そうじゃねえな」
「こらあ! ほどけーっ!」
「じゃあな、真。 ゆっくり休め」
そう言うと、涼は思い切り真一郎の脇の下をくすぐった。
真一郎は笑いながら倒れて行く……。
「うっしゃあ! 完全勝利!」
「ぐぞお〜……! こんなみっともない負け方をするとは……無念!」
「はっはっは……ん?」
茶巾状態のまま悔しがっている真一郎を見下ろしながら、涼が勝利の余韻に浸っていると、いつの間にか涼の騎馬の周りには他の騎馬が結集していて、その視線が全て涼に集中していた……。
「あとは宇佐奈だけだ……」
「いくら宇佐奈が強くても、全員で一斉にかかれば……!」
「こいつをやっちまえば……」
ジリジリと騎馬群が涼との間を詰めて来る。
さすがにこれだけの数を相手にしては、涼とて勝ち目が無いのは明白である。
「ちょ……ちょっと待て! 男だったらサシで勝負しろ!」
「甘い事言ってんじゃねえっ!」
「総員かかれーっ!」
「おおおおおーっ!」
「わああぁぁーっ! お前ら汚ねえぞーっ!」
食べ物に群がる餓鬼の如く襲い掛かる騎馬群で、完全に涼の姿が見えなくなってしまった。
混戦の中からは色々な音が漏れ聞こえて来る……まさに地獄絵図である。
「ね、ねえ……宇佐奈君、死んじゃうんじゃない?」
「……ふう……」
「きゃあっ! 雛子しっかりしてー!」
雛子は失神してしまい、そのまま保健室へ運ばれて行った……。
そして結果は……。
総合優勝は真一郎のクラス。
ニ位は涼、三位は琢磨のクラスだった。
「イテテ……まさか全軍一斉にかかって来るとは思わなかった」
「まあ、涼は有名人だからな」
「琢磨も人の事言えないって。 それより、雛子ちゃん大丈夫かな?」
「別に怪我した訳じゃねえんだし、大丈夫だろ」
三人は騎馬戦での怪我の治療の為に保健室に来ているのだが、体育祭の後と言うより大喧嘩のあとのような感じで、あちこち包帯や絆創膏だらけだ。
「そっか。 ま、今回は俺様の一人勝ちだな」
「ちょっと待て、真! 個人タイトルは俺の方が多いのだから、勝ったのは俺だろう!」
「おい琢磨、それを言ったらMVPは俺だぜ?」
「ちっちっち、言い訳はダ〜メ! 優勝したのはウチのクラスなんだからな。 さ〜って、どんな願いを叶えてもらうかなあ〜?」
「それを言われちゃ、しょうがねえか……」
「口惜しい……。 だが! この借りは、いずれ必ず返す!」
「ま、また俺の勝ちだろうけどな。 とりあえず……今日は琢磨に飯でも奢ってもらうとすっか」
「……約束だ、仕方ない」
どうやら三人で、敗者は勝った者の言う事をきくという賭けをしていたようだ。
普段こういった事はしない琢磨だが、真一郎や涼が相手となると話しは別のようだ。
琢磨も大分このニ人に感化され始めているのだろう。
「涼にはもっと別の事を考えてるから、楽しみにしててくれ」
「……すっげー嫌な予感がする」
「あ……涼ちゃん、大丈夫?」
目を覚ました雛子が、カーテンを開けて顔を出した。
起きたばかりなのか多少フラフラしているようだが、それ以外に怪我などは無いので、暫くすれば元に戻るだろう。
「お前こそ大丈夫か?」
「うん……。 わあ、真君も琢磨君もボロボロ……痛いでしょ?」
「ぜ〜んぶ涼がやったんだよ」
「まったく血の気の多い奴だ。 乱暴者め」
「違うだろ! 最後の乱戦に巻き込まれただけだろうが! ったく……ヒナ、送ってやるから帰ろうぜ」
「うん」
「んじゃ俺らも行こうぜ、琢磨」
「……あまり高い物は頼むなよ?」
それぞれ校舎を出ると、正門の所でニ人と別れ、涼と雛子は自宅に向かって歩き出した。
頬の絆創膏をしきりに気にする涼を見て、
「涼ちゃん、痛くない?」
と、雛子は心配そうに涼の顔を見た。
「はは、いてえよ。 でも楽しかったからいいや」
「ええ〜? あんなに怖い目に遭ったのに、楽しかったの?」
「ヒナは楽しくなかったのか?」
「え? う〜ん……」
雛子は、ちょっと考えてみた。
大抵、普段の涼は真一郎や琢磨とばかり行動しているので、こんな風に送ってくれる事など滅多に無い。
それに何となく気恥ずかしくて、雛子から一緒に帰ろうと誘う事も無い。
そういう意味でなら……。
「ちょっとだけ……嬉しいかも」
「はあ? 俺は楽しかったかって訊いたんだぞ?」
「似たようなものだからいいの」
「そっかあ?」
雛子の憂鬱だった筈の一日は、いつの間にか楽しかった思い出になったようだ。