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第十六章

〜永遠の追憶〜本編第一部は、

http://www.digbook.jp/product_info.php/products_id/7351?osCsid=ff3d8bd5d83f041e11a60f121f483d8a

第二部は、

http://www.digbook.jp/product_info.php/products_id/7448?osCsid=ff3d8bd5d83f041e11a60f121f483d8a

にて販売致しております。

公開時の物に加筆・修正を施し、一枚だけですが挿絵を入れてあります。

「う〜ん……」

 翌日の学校。

 廊下で涼が一晩苦労して考えた歌詞を読みながら、真一郎は難しい顔をしている。

「一、二曲目は悪くねえと思うけど、三曲目はいまいちだな」

「これでも駄目かよ……」

 一応、一曲に付き二つずつ歌詞を考えて来たのだが、三曲目の歌詞だけは真一郎のお気に召さなかったようだ。

 普段、真一郎に言い返す事が多い涼も、メロディや歌詞については素直にその言葉を受け入れる。

 古い物も新しい物も、ジャンルにさえも拘りの無い真一郎の意見は、かなりの部分で的確なのだ。

「これでも一番考えたやつなんだぜ?」

「何つーのかな……言葉を飾り過ぎてて、逆に面白味がねえんだよ、これ」

「こっちのは?」

「抽象的過ぎて何言ってんだか解んねえ。 オーディエンスに伝わらなきゃ詞の意味がねえ。 受け取る側にもよるだろうけど、これはそれ以前の問題だな」

「注文の多い野郎だな」

 少し寝癖の付いた頭をガシガシと掻きながら、涼は真一郎から歌詞の書かれた紙を受け取った。

「やれやれ、また考え直しか……」

「まあ、まだ時間はあるしさ。 取り敢えず歌詞が出来てるのから練習始めようぜ」

「そうだな。 ……そう言えば琢磨の奴、家で練習するって言ってたけど、上手く行ってんのかな?」

「人の事よりお前だろ? 琢磨の出来を心配するより、三曲目の歌詞を考える方が先だろうが」

「へいへい」

 文字にしてはいないが、少しイメージが固まりかけている物はある。

 だが、どうにもそれが形を成してくれない……。

「何か取っ掛かりがありゃ、まとまりそうなんだけどな……」

「そういうのってさ、探すとなると見つからなかったりするもんなんだよな。 ま、焦らず自然な流れに身を任せてみろよ」

「アバウトな……お前も少しは協力しろよ」

「書き上げた物に対して批評する。 そして、それをより良い方向へと導く。 それが俺様の仕事だ」

「編集者か、お前は」

「さて、琢磨を拾って体育館に行こうぜ。 出来る時にやっとかねえと、合わせる時間が無くなっちまう」

 まだまとまらない考えを抱えたまま、涼は体育館へと向かって歩き出した。



「う〜ん……」

 帰宅後、涼は自分の部屋で机に向かい、かれこれ二時間の間ずっと真っ白な紙と睨めっこを続けている。

 別に、こういった趣味がある訳ではない。

 歌詞が全然浮かんで来ないので悩んでいるのだ。

「どうもピンと来ねえな……」

 ギターを抱えて譜面を追ってみる。

 奏でている内に、もしかしたら何か思い付くかもしれないと考えたのだが……。

「……だーっ! 駄目だ駄目だ!」

 一瞬、何か閃いたような気がしてペンを走らせてみるのだが、それはすぐに書き損じとして丸められてしまった。

 こういった事は一度ハマってしまうと、抜け出すまでに相当な時間を要するものなのだ。

 まあ、呆気無く解決してしまう事が往々にしてあるのも事実だが。

「大体、曲のタイトルが決まっちまってるのも、詰まる原因の一つだよな〜……」

 一曲目は  『SCHERZIA PARTE』 。

 二曲目は  『BAD LUCK』 。

 そして、問題の三曲目は  『EXTRA ORDINARY ( 〜 )』 。

 各曲のタイトルは真一郎によって既に付けられていた。

 勿論、それが変更される事など無い。

「素晴らしい事……楽しい事でもいいのかな? って言ってもなぁ……イメージ湧かねえよ」

 椅子の背凭れに身体を預けて、涼が少し後ろへ体重をかけた時、

「……だ〜れだ?」

「うわあぁっ!?」

 突然目隠しをされて、涼の目の前が真っ暗になった。

 不安定な体勢の上にいきなりの事で、涼は心臓が止まるかと思うくらいに驚いた。

 すぐさま臨戦態勢を整えて振り返ると、

「あ〜、ビックリした……」

 自分の胸に手を当てて、目を丸くしている利恵がそこに立っていた。

「脅かさないでよ」

「それはこっちの台詞だっ! ……って、何でお前がここにいるんだよ!」

「ん? ああ、お母様が勝手に入っていいって言ったから」

「何がお母様だ。 大体この部屋の主である俺の許可を得てないだろうが! とっとと出て行けっ!」

「片道一時間もかけて訪ねて来た恋人に対して、何て冷徹な台詞を吐くんだろう……この人でなしめ」

「誰が恋人だ誰が! 下らねえ事騙ってねえで、早く出て行けっつーの! 俺は今、忙しいんだ!」

 涼が大きく腕を振ってドアの方を指差すと、利恵はムっとした表情で歩き出し、顔を廊下へ突き出すと、

「お母様ー! 涼がわたしに変態プレイを強要するんですぅーっ!」

 階下の環に向かって大声で叫んだ。

「わーっ! ふざけんな馬鹿野郎っ!」

 涼は慌てて利恵の口を塞ぐと、部屋の中へ引きずり込んでドアを閉めた。

「でっけえ声で何て事口走ってんだ、お前はっ! 近所にも聞こえちまうだろうがっ!」

 焦る涼を涼しい顔で見つめながら、利恵は自分の口を塞いでいる涼の手をツンツンと突付いた。

 外せとのアピールだろう。

「……でかい声出さねえって約束するか?」

 コックリと頷く利恵を見て、多少疑いを持ちながらも、涼は手を放した。

「いきなり背後から口を塞ぐなんて……もしかして犯すつもりだったの?」

「誰がそんな真似するかっ!」

「わたしは構わないけど、出来ればもう少し段取り踏んでからにしてくれると嬉しいかも」

「あのな……。 もう、頼むから勘弁してくれ……」

 利恵と向かい合わせに座りながら、涼は頭をガシガシと掻いた。

 困った時にやる、涼の昔からの癖だ。

「じゃあ、ここにいてもいい? 許可してくれたら大人しくしてる」

「……」

「……服切り裂いて叫んじゃおうかなぁ〜?」

「あー、もう! わかったよ、いたけりゃ勝手にしろ! でも、お前なんか構ってる暇ねえからな!」

 倒れた椅子を引き起こすと、涼は利恵を無視する事に決めて、再び机に向き直った。

 いつもなら徹底抗戦の構えを見せるところなのだが、今はそれどころではないのだ。

「……」

 時計の秒針の音だけしかしない部屋の中で、利恵はチョコンと座っている。

 大人しくしている事がここにいる条件なので、それを守っているのだ。

「……」

 しかし、このままじっと座っているだけでは、ここに来た意味が無い。

 座るだけなら家でいいし、だいいち涼と話が出来ないのではつまらない。

「ねえ、何してるの? 宿題?」

 大人しくしているのだから、声をかけるくらいはしてもいいだろう。

 喋るなとは言われていないのだし。

「……」

「明日の予習? あ、今日の復習かな?」

「……」

 しかし、涼は一切リアクションを返して来ない。

 利恵の事を構わないと宣言したのは、どうやら本気のようだ。

 そこまで真剣になって何をしているのか気になった利恵は、ちょこちょこと近付き、涼の肩越しに手元を覗き込んだ。

 机の上には数枚の譜面と、真っ白な紙が並べて置かれている。

「譜面……? ねえ、これって涼が書いたの?」

「……」

「涼って譜面読めるんだね。 ……ねえ、ギターがあるけど、弾いたりするの?」

「……」

「ねえ、返事くらいしてよぉ。 わたし、約束通り大人しくしてるでしょ?」

「……」

「ねえってばぁ、ねえ」

「……」

 あまりにも返事をしてくれないので、利恵は涼の肩を掴んでユサユサと揺さぶってみた。

 だが、涼は徹底して利恵を無視しているらしく、完璧に無反応である。

 そんなシチュエーション下で利恵がいつまでも大人しくなど出来る筈も無く……。

「お前は耳無し法一か、こらぁーっ!」

 そう叫ぶと、涼の耳を掴んで思い切り引っ張った。

「いてててててっ! 邪魔すんじゃねえっ!」

「返事くらいしてくれてもいいじゃんかぁーっ! さっきから何をしてるんだ貴様ーっ!」

「この野郎! 大人しくしてるって約束はどうしたんだっ!」

「何してるのか教えてくれない涼が悪いんだーっ! 何でそんなに意地悪するんだよぉっ!」

「千切れる千切れるっ! わかった、教える! 教えるから放せ!」

 どうにか開放された涼は、真一郎に頼まれて歌詞を考えているのだが、考えあぐねている事を話して聞かせた。

 だが、襲撃される事を恐れて、文化祭については内緒にしておいた。

 もし乱入されて、全校生徒の前で彼女宣言などされてはたまったものではない。

「タイトルは? ……フムフム」

「お前が見たってしょうがねえだろ? かせよ、まだ考えなきゃなんねえんだから」

 再びギターを抱えると、もう一度譜面を追って奏でてみる。

 今までに聴かされた真一郎の曲とは違って、珍しく曲調が静かで柔らかい。

(ふうん……? 改めてちゃんと弾いてみると、意外にいい曲だな……あいつにしちゃ珍しいや)

 弾いている内に、いつしか涼の頭の中は何も考えていない状態になった。

 さっきまでの騒々しさが嘘のように、利恵も大人しく聴き入っている。

「……いい曲だね。 涼が作ったの?」

「いや、真だ」

「ふうん……。 涼、この曲気に入ってるでしょ」

「何で?」

「優しい顔で弾いてるから、きっと好きなんだろうなって」

 優しい顔?

 自分は今、どんな顔でギターを弾いていたのだろう……?

 歌詞が浮かばなくて頭を悩ませているというのに、優しい顔などするものなのだろうか?

「難しく考える事無いじゃん」

「へ?」

「自分の周りにいる人の事とか、自分が感じてる普段の事を書けばいいんだよ。 折角それらしいタイトルになってるんだし、そんな歌詞ならその曲にも合うと思うよ?」

「俺の周りの人間……?」

 何か……涼の頭の中で、ボンヤリとではあるがイメージが湧きかけた。

 今まで感じていた物とは違う何か……。

「そ! 例えばぁ……わたしの事とか。 どう?」

「駄目だ……。 今の一言でイメージが綺麗サッパリ消えた……」

「失礼ね! 何でよ!」

「いくら俺でも、そんな惨い事は言えない」

「泣かす……いずれ必ず泣かす!」

 涼はクスっと笑うと、拳を握る利恵の頭に手を置いて乱暴に動かした。

「ちょ、ちょっとぉ! やめてよ、髪がグシャグシャになっちゃうでしょ!」

「……ありがとな」

「な、何よ急に……」

「大分遅くなっちまったから、そろそろ帰れ。 今日は送ってやるから」

「もしかして、わたし本気で邪魔?」

「そうじゃねえよ。 ……今日はな」

 再び利恵の頭を軽くクシャクシャとやると、文句を言う利恵の先に立って、涼は部屋から出た。

 環に挨拶をして宇佐奈家を出ると、外はもうすっかり暗くなっており、空にはいくつか星が瞬いていた。

 バス停まで歩く途中、立派な桜の木のある公園の脇まで来た所で、

「しかし……お前も変わってるよな」

 今まで無言で先を歩いていた涼が立ち止まり、不意に口を開いた。

「何が?」

 利恵も合わせて立ち止まり、涼の隣りに並んだ。

「普通、こんな事する奴いないだろ? いきなり彼女になる! って宣言したり、俺が無視してても押しかけて来たり……下手すりゃストーカーだぞ」

「あは、そうかもね。 でも、わたしメゲない性質だから」

「俺が本気で怒ったらどうするんだ? つーか、お前を嫌う可能性を考えないのか?」

 進んで他人と関わろうとしない涼にとって、利恵の行動は理解不能である。

 いくら気に入ったからといっても、自分なら決してしないような事を、利恵は当たり前のようにやるのだから。

「涼に対しては考えた事無い」

 利恵はニコニコして、涼の顔を見ながら言った。

「何で?」

「何だかんだ言ってても、わたしを無理矢理追い出そうとしないから」

「……」

 確かに、最近は利恵が涼の家にいる事が不自然に思えなくなっている。

 逆に、時々無意識に探している事もあるくらいだった。

「いくら何でも、相手が本気で嫌がるような事はしないよ。 ……まあ、多少迷惑になっちゃう事はあるかもしれないけど」

「自覚はある訳だ?」

「当たり前でしょ? だから涼と手を繋ぎたくても我慢してるんじゃない。 涼ってさ、基本的にそういうの嫌いでしょ? 何となく判るんだ」

「……」

 確かに、これだけ騒ぐ割には、利恵は必要以上に涼とくっ付こうとはしない。

 適度な距離を保ちつつ、それでも決して離れて行かないのだ。

「なんか……見事にお前の策略にはめられてるような気がして来た……」

「いいじゃない。 いっそ一生はまってよ」

「アホ」

 再び涼は歩き出した。 それに続いて利恵も歩き出す。

 少し微妙な距離……近過ぎず、離れ過ぎてもいない。

 少し手を伸ばせば、すぐに届く距離。

(何でだろうな……何となく、居心地がいいって感じがするのは……)

 そう……それは、いつも雛子が心がけている距離と同じだ……。

「一生か……ま、それも面白いかもな」

「ん? 何か言った?」

「何も言わねえよ」

「嘘だ。 今、絶対に何か言った」

「耳鳴りがしてんじゃねえのか? 耳鼻科行け」

「わたしは健康だ! 耳だって素晴らしくいいんだぞ!」

「そうか。 じゃあ大事に使えよ、一生もんなんだから」

「こら、誤魔化すな! 何て言ったのか教えろ!」

「あ〜、うるせえ……」

 少しスピードを上げた涼に遅れまいと、利恵も歩く速度を上げた。

 さっきよりもほんの少しだけ、二人の距離が近くなったようだった。



 翌日の放課後。 体育館では涼達のバンドの練習が行われていた。

 三曲目まで通して演奏し終わったところで、真一郎が口を開いた。

「なかなかいい感じに書けたじゃん、これならOKだな。 琢磨、どうよ?」

「ああ、俺もこれでいいと思うぞ。 聴いていて楽しい気分になる。 こういう曲を主体でやるのなら、今後も参加して構わん」

 どうにかこうにか書き上がった歌詞。

 曲に乗せてみたところ、どうやら真一郎の満足のいく物に仕上がっているようだ。

 琢磨も何とか基本的な事は出来るようになり、それほど高度なテクニックは使えないものの、途中で演奏が止まってしまうような事は無くなった。

「昨夜一晩かかったからな……これでダメだって言われたら、俺は暴れるぞ」

「けど、聴いてて思ったんだけどよ」

「何だよ?」

 真一郎は、そこでニヤっと笑い、

「これ……俺も知ってる奴の事書いてねえか? な〜んかそんな気がするんだけどなぁ〜……」

 と言った。

「な、何の事だ?」

「ああ、俺もそう感じたぞ。 言葉の端々で普段の情景が連想されたからな。 ただ、所々解らん部分もあったが……」

「琢磨は想像力が豊かなんだな。 だからそういう連想が出来るんだ、うん」

「うぷぷ。  琢磨の目は欺けても、俺様は誤魔化されんぞ〜。 ……で? 誰の事を書いたんだ? ん?」

「さ、さあ! もう一回練習しようぜ! 早いとこ形にしちまわねえとな!」

「そ〜かそ〜か、遂に観念したか! じゃあ、文化祭には是非招待しなくちゃな」

 真一郎は、ここぞとばかりに涼を苛め始めた。

 これ以上無いくらいの上質のネタを、真一郎が使わない筈が無い。

「……なら、俺はバンドコンテストには出ねえ。 つーか、当日は学校に来ねえ。 お前とは一生口きかねえ」

「言うと思った……解ったよ、内緒にしとく」

「おい、練習しないのか? 体育館を借りられる時間は限られているのだから、もっと有効に使わねば勿体無いぞ」

「ああ、悪い。 んじゃ、最初からやろうぜ」



「どうだった?」

 目の前に置かれたマグカップを手に取り、自分の口に運びながら利恵は言った。

「うん、みんな凄く上手だったよ。 お客さんにも大好評だったみたい」

「そう。 良かった」

 ココアの甘い香りを楽しんでから、一口飲む……美味しい。

 普通に淹れたのではなく、何か一つか二つくらい工夫をしてあるのだと思われる味だ。

 これならお店で出しても違和感が無いだろう。

 勿論、利恵の周りでこういった物を出せるのは、環か雛子しかいない訳で……。

「涼ちゃん、授業中にも考え込んでたらしくて、先生に随分怒られてたみたいだからね」

 利恵の向かいに座り、自分もココアを飲みながら雛子は笑った。

 ここは佐伯家、雛子の自室である。

 今はこうして小さなテーブルを挟んで、利恵と二人のお茶会の真っ最中だ。

「そういった噂って、やっぱりすぐにヒナちゃんの耳に入るの?」

「わたしだけじゃなくて、ほぼ全校生徒に知れ渡るかな? ほら、真君、涼ちゃんと同じクラスだから」

「それじゃ涼のすぐ傍に、広報カーに直結された盗聴器と監視カメラがあるようなもんだね、それ」

「あはは……確かにそうかも」

 確かに、涼や琢磨に関する面白ネタは、すぐにあちこちに流されてしまう。

 と言っても、どれも笑って済まされる程度の物なので喧嘩になるような事は無いが、それでも真一郎が二人に追い掛け回される光景は、既に翔峡中学名物になってしまっているのも事実だ。

「利恵ちゃんも見に来れば良かったのに、文化祭。 楽しかったよ?」

「う〜ん……それも考えたんだけどさ、やっぱり嫌がると思って」

 どうやら文化祭については、雛子の口から利恵の耳に入っていたようだ。

 まあ、雛子に口止めしなかったのだから、当然と言えば当然である。

 もっとも口止めしたところで、逆に雛子に説教されてしまうのがオチだろうが……。

「そんな事無いと思うけどなあ? 利恵ちゃん、気を遣い過ぎだよ」

「ま、来年はお邪魔するよ。 その頃までには、涼を完璧に落としてみせるから」

 自信満々に言う利恵を見て、雛子は少しだけ笑った。

 正直に言えば、利恵の口からそういう類の言葉を聞いた時、ちょっと寂しいような、切ないような、複雑な気持ちにはなる。

 けれど、それが自分の選んだ道なのだからと、雛子は決してそういう感情を表には出さない。

 そう……それは自分で決めた事なのだから……。

「そしたら一緒に見て回ろうね、利恵ちゃん。 わたし、色々と案内してあげる」

「うん、楽しみにしてるよ。 あ、うちの文化祭は来週だから、良かったら遊びに来てよ」

「うん、絶対に行くよ」

 同じ相手を想い、同じ気持ちを抱えた二人のお茶会は、けれど穏やかに、和やかに……。


 そして……。



 擦れ違う女子生徒達が、みんな涼達を見てクスクスと笑う。

 いや……女子ばかりでなく男子の中にも、あからさまに大笑いしている者達がいる……。

「いや〜、優勝出来なかったのは残念だけど、特別賞貰えて良かったな、琢磨」

「……黙れ」

「曲の評判も良かったし、みんなに気に入って貰えて良かったよな、涼」

「……うるせえ」

 学校の廊下で人目を避けるようにしている涼と琢磨は、何故かかなり不機嫌な様子だ。

 先日行われた文化祭でのバンドコンテスト。

 真一郎の言うように、惜しくも優勝こそ逃がしたものの特別賞は貰えたし、何より生徒達からの評判も良かったというのに、二人は真一郎とは対照的に浮かない顔をしているのだ。

 と言うのも……。

「あ、色男だ!」

「ねえねえ、今度はいつ色男やるの? あたし絶対に聴きに行くから、ちゃんと教えてね!」

「よう、またやってくれよな、色男。 期待してるぜ!」

 三人でいると、決まってそう声をかけられるようになってしまったからなのだ。

「ありがと〜皆さん! ご期待に沿えるよう、今後も精進しますよ〜!」

「この野郎は……!」

「ふざけた名前でエントリーしおって……!」

 そう、涼達のバンド名は 『色男』 。

 勿論、二人がそんな名前を付ける筈も無く、命名したのは真一郎である。

 当然、その事は当日まで伏せられていた。

「まあまあ、いいじゃん。 一発で覚えてもらえたんだしさ、気にしない気にしない」

「卒業まで、ずっとあんな呼び方されるんだぞ! お前は平気でも、俺は死ぬ程恥ずかしいわっ!」

「いや、下手をすれば一生……この手の事は同窓会でも話題にされるだろう。 悪夢だ……」

「ああ、成る程。 いや、そこまでは考えなかったな」

「考えろっ!」

「真に任せるべきではなかったな、涼……」


 とにもかくにも、涼達の文化祭は無事に終了した。

 だが、翌週行われた利恵の学校の文化祭に行ったのは、雛子と真一郎の二人だけだった……。

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