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第十章

「何だよ、てめえは」

「てめえも俺らに小遣いくれんのかあ?」

 繁華街の一角で、 『いかにも』 な風体の三人組が凄んで見せた。 

 まだ幼さの残るその顔を見ると、高校生になるかどうかといったところだろう。

 何やら険悪な空気が渦巻いているのだが、言われている当人は全く怯む様子を見せないばかりか、

「小遣いが欲しけりゃ、お家に帰ってお手伝いでもしろ。 ガキの内から楽して金貰おうなんて考えてると、立派な大人になれねえぞ?」

 と、意に介してもいない。

 美浜恭一……その名前を先に聞いていたら、もしかしたら三人は手出ししなかったかもしれない。

「君、危ないから俺の後ろにいた方がいいよ」

「あ……は、はい!」

 恭一に護られるようにしているのは、少し線の細い、大人しそうな男の子だった。

 どうやらこの三人に脅されていたようなのだが、そこへ偶然、恭一が通りかかって……という図式である。

「こんな大人しそう子相手に、カツアゲなんてセコい真似してんなよ、みっともねえぞ?」

「なに正義の味方気取ってんだクソが。 三人相手に何か出来るとでも思ってんのか?」

「三人揃って一人前か? 随分とまあコストパフォーマンスが悪いな……。 一人で三人分出来るくらいになれよ、お子ちゃま達」

「この野郎!」

 と、一人が飛び掛ったまでは良かったが、実にアッサリと避けられ、足を引っ掛けられて転ばされてしまった。

「足腰弱いな〜……ちゃんと運動してるか? 老化は足腰から始まるんだそうだぜ?」

「ふざけやがって!」

 残るニ人も恭一にかかって行くが、

「とう!」

「あいてっ!」

 殆ど遊んでいるとしか思えない恭一のチョップが一方の頭に、そしてもう一方には、

「ブレイン・クラッシュ!」

「いてっ!」

 デコピンが炸裂した……。 

「話しにならねえな」

 この手の連中の相手など、恭一にとっては準備運動にもならない程度の事らしい。

 パンパンと手を叩きながら、恭一は倒れた三人の傍にしゃがみ込み、

「あのな、お前ら。 こうやって誰彼構わずに噛み付いてると、その内とんでもねえ事になっちまうぞ?」

 と、三人の頭を撫でながら言った。

「……なに余裕カマしてんだオッサン……もう勝ったつもりかよ」

 男の一人がポケットを探ろうとした手を、恭一はグっと掴み、

「出すなよ……俺もマジになっちまうぞ?」

 と言いながら、その手に力をこめた。 

 その優男的な外見とは裏腹に、恭一の力はかなりの物らしく、男の手は全く動かす事が出来ない。

「それから俺はオッサンじゃなくて、美浜さんだ。 もしくはお兄さんと呼べ」

「み、美浜!?」

「もしかして、あの 『何でも屋』 の……?」

「はい、そこの君、正解。 ご褒美は何がいい?」

「あわわわっ!」

「す、すんません!」

 そう言い残すと、三人は脱兎の如くその場から駆け出して行ってしまった。

「あらら〜……。 あれだけ走れるなら、こんな事してねえで陸上でもやりゃあいいのに。 なあ、君もそう思うだろ?」

 と恭一が振り返った先には、しかし、誰もいなかった……。

「助けてやったってのに、礼も言わずに消えちゃうなんてなあ……世も末だ」

 ハァ……と切ない溜息を一つ吐き、恭一は肩を落として歩き出した。



「あはははは!」

「笑うなよ環、俺は傷付き易いんだぞ?」

 宇佐奈家の居間で恭一の話を聞かされた環は、もうかれこれ五分ほど笑いっぱなしである。

 最初は一緒に笑っていた恭一だったが、さすがにここまで笑われると少々気になって来る。

 何だか自分が笑いのネタにされているような気がするのだ。

 いや、実際そうなのだろうが……。

「ごめんごめん。 でもさ、恭一も普通の子から見たら怖いんだなって思ったら、何だか可笑しくて」

「どういう意味だよ、まったく……」

 恭一は軽く環を睨むと、コーヒーを一口啜った。

「……昔から変わらねえな、この味は」

「まあね。 あの人の好きな味だから」

「そうか……」

 涼の父親である保と、母親の環、そして恭一は幼馴染の関係にある。

 学生時代、恭一とコンビを組んで暴れまわっていた保を、環はよく諌めたものだった。

 まあ、 『無敵の鬼神』 とまで呼ばれていた保を、大人しくさせるだけの実力が伴っていたからこそ出来た事だが……。

「ところで恭一、今日はどうしたの? 急に訪ねて来るなんて珍しいじゃない」

「ん? ああ、ちょっと近くまで来たもんでな。 久し振りに涼のツラでも見てやろうかと思ってよ」

「ふふ。 あの子、最近変わったわよ?」

「変わった?」

「うん。 何て言うのかな……少し丸くなったみたい」

「へえ……」

 と、恭一が言うと同時に、

「だから! 何度も言わせんじゃねえよ、お前は!」

「い〜や! 涼が正直に白状するまで、俺様は何度でも訊くぞ!」

「いい加減にせんか、真。 本人が嫌がる事をしつこく訊ねるものじゃない。 人間、心に秘めておきたい事はあるものだ」

「琢磨も誤解を招くような事を言うなよ! 俺には隠し事なんてねえっつーの!」

 玄関の方で騒々しい声が聞こえた。

 どうやら涼が帰って来たようである。

「も〜、みんな煩いよぉ……あれ? 涼ちゃん、お客様みたいだよ?」

「客?」

「ほら、この靴。 涼ちゃんのじゃないでしょ?」

「あ、ほんとだ」

「お客様がみえているなら、俺達はお暇した方が良いのではないか?」

「おいとまって……琢磨、お前はいつの時代の人間だ?」

「ま、俺の部屋に行ってればいいさ。 気にせずに上がれよ」

 と、涼が靴を脱ぎ始めると、

「おーい、愚息! 帰って来たならこっちへ来て、愛するお母様とお客様にご挨拶しろー!」

 と、居間から環の声がかかった。

「誰が愛するお母様だ……恐怖の大王め」

「今の台詞、もう一度言う度胸はあるかー!?」

「な、なんちゅう地獄耳……。 しゃあねえ、ちょっと顔出すか。 ヒナ、先にニ人と俺の部屋へ……」

 涼が雛子にそう言おうとすると、

「いつまで玄関先でグダグダやってやがんだ、こらっ!」

 という言葉と共に、いきなり涼の目の前に拳が飛んで来て、鼻先で止まった。

 あまりに突然で反応する事も出来ずに、両目を大きく見開くだけの涼に、

「そのくらいパっとかわせないようじゃ、まだまだだな、涼」

 と、恭一は笑いながら言った。

「きょ、恭さん!?」

「よ、久し振りだな。 雛子ちゃん、相変わらず可愛いね」

「相変わらず口が巧いんだから。 美浜さん、ご無沙汰してます」

 ペコリとお辞儀をする雛子に、恭一は、うんうんと頷きつつ微笑を返すと、

「おい涼、そこで豆鉄砲喰らったような顔して突っ立ってるのは、お前の友達か?」

 呆けたようになっている真一郎と琢磨を見ながら言った。

「え? ああ、そうだよ、同じ中学なんだ。 こっちのデカいのが掃部関真一郎で、その隣りにいるのが浦崎琢磨。 こちら美浜恭一さん、うちの親の幼馴染だ」

 何度か涼から聞かされた事がある。 

 この人が美浜恭一か……と、琢磨も真一郎も恭一の顔をじっと見ていた。

 サラサラとした栗色の髪、身体の線の細さ、柔和で端正な顔立ちのどれを取っても、驍名を馳せている男とは思えない。

 まあ、それを言ったら自分達も同じような物なのだが……。

「そうか。 涼が世話かけてるだろうが、これからもよろしくしてやってくれ」

「初めまして、浦崎琢磨と申します。 以後お見知りおきを」

「どーも! 掃部関真一郎です! いつも涼のお世話をしております!」

「ふざけんなよ、この野郎。 琢磨を見習って、もうちっとまともな挨拶が出来るようになりやがれ」

「ははは、面白い連中だな。 まあ、こんな所で立ち話もなんだ、上がれ上がれ……っとと、俺の家じゃなかったな、はは」

 さて、涼達が居間へ入ると、真一郎と琢磨が環に挨拶をしたのだが、どうにも環のご機嫌が悪い。

 どうやら自分を差し置いて、先に恭一に挨拶をしたのが気に入らないようだ。

 涼は危険を察知して、みんなを連れて自分の部屋へ避難しようとしたのだが、瞬時に環に回り込まれ、無理矢理ソファへ座らされてしまった。

「いい加減に機嫌直せよ環、ガキじゃあるまいし……」

「うるさい。 だいたい、この家の主はわたしだぞ? 何で恭一が仕切ってるんだ」

「いいじゃねえか別に……細かい事に拘るなよ」

「ふん! いいもん、わたしは雛子ちゃんと遊ぶから。 お前らは男同士で、暗くジメジメとスケベな話しでもしてろ」

「悪意に満ちた表現だな……」

 環は自分の隣りに座らせた雛子を抱きしめつつ、恭一に向かって 『べ〜』 っと舌を出したりしている。

「な、何ともこの場に居辛いな……」

 琢磨が小声で、隣に座る真一郎に言った。 

 どうにもご機嫌斜めの女性を目の前にすると、何を言って良いものか琢磨には解らないようだ。

 まあ、元々口下手な琢磨の場合、女性の前に出ると言葉に詰まるので尚更なのだろう。

「はは。 でも可愛いじゃんか、涼のお袋さん。 俺は感情をストレートに出す人も好きだよ」

 当然、真一郎も小声で言っていたのだが、環の地獄耳はしっかりとその言葉をキャッチしていたようで、

「ん? ん? 真ちゃん、今何て言ったのかな? もう一度言ってみそ?」

 と、何故かニコニコしている。

「え? ああ、感情をストレートに出す人も好きだって……」

「違う! その前!」

「可愛いって言いましたけど……気に触りました?」

「おーっほっほっほ! いいわよ真ちゃん、その調子でもっと崇め奉りなさい!」

「……ちょっと怖いかもしれない」

「あ、あの、わたしお茶淹れて来ます。 みんな、何かリクエストはある?」

 何とか場の雰囲気を変えようとしたのだろう、雛子が環の両手を掻い潜り、ソファから立ち上がって言った。

「はいは〜い! 俺様はコーヒーを所望します! ミルクと砂糖は抜きでね」

「俺は出来れば梅昆布茶が欲しいんだが……大丈夫かな?」

「梅昆布茶? また今時の男子中学生とは思えないような物を……」

「うるさいな真は。 だから、可能ならばと言ったろう」

「梅昆布茶ならあるわよ? この間、出先でもらったのが棚に入ってるから、雛子ちゃんよろしく」

「は〜い」

 各自の注文を受け、雛子はキッチンへと小走りに消えた。

「そう言えば……佐伯は涼のリクエストを訊かなかったようだが?」

 通常、こういった事は家の者がやるのが本当なのだろうが、涼も環も何も言わないので、とりあえず琢磨はそれには拘らない事にした。

「俺の好みは訊かなくても知ってるからな。 黙っててもピッタリ合った物を出してくれるんだよ、ヒナは」

「そうか、涼と佐伯は幼馴染だったな」

 成る程、それなら互いの好みも知っているだろうと、琢磨は納得した。

「けど、他人の家だってのに、雛子ちゃんもよくサっと動けるもんだな。 どこに何があるのかとか、全部頭に入ってるってか?」

「ヒナにとっちゃ、この家は自分の家も同然だからな」

「は? どういうこっちゃ?」

 お隣同士の幼馴染だというだけで、そこまで詳しくなれるもんか? と、真一郎は首を傾げた。

 それを受けて環は、

「あの子はわたしの一番弟子だから。 それに、この家の事は雛子ちゃんに任せてるって一面もあるのよ……申し訳ないんだけどね」

 と、苦笑しながら言った。

「任せてるって?」

「お袋は講師をしてる関係で、何日か地方へ出かけたりする事もあるからな。 そういう時にはヒナが全部やってくれるんだよ。 飯の支度とか、掃除、洗濯なんかな」

 身内でもない雛子に家の事をさせるなど、本来ならばとんでもない事なのだが、雛子が小さな頃の面倒をずっと見て来た事もあってか、せめてもの恩返しだといって、雛子の両親も公認の状態なのだと涼は言った。

「ふ〜ん……。 涼、お前も少しは出来るようにしておかねえと、いざって時に困り果てて首括る破目になるぞ?」

「何でそこまで飛躍するんだよ、お前は……。 まあ、俺もそう思わないでもないけどな」

「んなら、おばさんにでも雛子ちゃんにでも教えてもらやいいんだ。 ニ人とも、家事にかけちゃ一級品なんだろ? さもなきゃ高梨にでも……」

「ちょっと待て! 真一郎……今、何て言った?」

 不意に環が先程と同じような台詞を言った。 

 しかし、真一郎に対する呼称と雰囲気が若干違う。

「え? いや、家事に関しては一級品だって……」

「違う! その前!」

「教えてもらやいいって……」

「そのちょいと前」

「おばさんにでも雛子ちゃんにでも?」

「……ちょっとそこに立ってくれる?」

「あ、はい」

 真一郎が素直に環の言う通りに立ち上がると、環はゆっくりと真一郎の背後に回り込み、真一郎の肩や腕をポンポンと叩いた。

「ほほう? 随分と立派な骨格してるわね。 身体は頑丈な方?」

「自慢ですが、鋼鉄の身体は百万馬力です」

「それなら安心ね」

 と、微笑みながらスルスルと環の手足が動き、真一郎の身体に巻き付いたかと思うと……。

「……誰が 『おばさん』 だ、こら」

 あっという間にコブラツイストの体勢になった。

「いてててて! 折れる折れるっ!」

「や〜ねえ、わたしは 『おばさん』 でしょ? そんな力がある訳ないじゃな〜い。 ……えい」

「いだだだだだっ! 腰が砕け散るっ! 涼、助けてくれえっ!」

「いや、無理だから。 諦めて死んでくれ、真」

「環に対しては言葉を選んだ方が身の為だ。 浦崎君、覚えとけよ?」

「は、はあ……」

 冷静なまま言う恭一の言葉に、琢磨はただ頷くしかなかった。

 そうこうしている内にも、真一郎の身体はどんどん横方向へ傾けられ、かなり苦しそうな形にされて行く。

「お、俺様の力でも外せねえなんて……そんな馬鹿な!」

 自慢するだけあって、真一郎は自分の腕力にかなりの自信があったのだが、渾身の力を込めて抗っているというのに、環には全く通用しない。

 それどころか、逆らおうとすればする程、環の手足には力が籠められて行き、益々苦しい体勢にされてしまう。

「すみません! ごめんなさい! もう二度と言いませんから赦して下さい!」

「ど〜しよっかなぁ〜? 環ちゃんたら傷付いちゃったしい〜……うりうり」

「おあああああ〜っ! 背骨背骨っ! ミシミシ言ってますって!」

「はい、お茶が入りましたよ〜……って、真君、何してるの?」

 トレーを手にした雛子は、居間に入るなりキョトンとした顔をして真一郎に訊ねた。

 まあ、雛子にとっては見慣れた光景なので、大して問題にも思えないのだろう……。

「雛子ちゃん、俺にその質問をするのは間違ってますよ……」

「冷めない内に飲まないと美味しくないよ? おば様も座って下さい」

「仕方ない、今日はこれくらいにしといてやるか。 以後気を付けろよ?」

「はい、環さん……」

 やっと開放された真一郎は腰を摩りつつ、大きな身体を丸めるようにして琢磨の隣りに腰を下ろした。

「し、死ぬかと思った……」

「上手い具合に関節を押さえられていたからな。 あれではいくらお前に力があっても、容易には抜け出せんだろうな」

「そこまで分析出来てたんなら助けに来いよ」

「馬鹿を言うな。 女性相手に男が二人でなどと、そんな恥晒しな真似は出来ん」

「いつもながら変な所で固いな、琢磨は……」

「ところで」

 淹れたてのコーヒーの味と香りを堪能しつつ、恭一が言った。

「お前達、さっき玄関で何をもめてたんだ?」

「あ、そうだ! 聞いて下さいよ美浜さん!」

「え〜っと、掃部関君だったか? 何だい?」

「涼の野郎、親友であるこの俺様に隠し事してやがるんですよ!」

「またその話かよ……いい加減しつけえな、お前は」

 雛子の淹れたコーヒーに口をつけながら、涼は嫌そうな目をして真一郎を見た。

 琢磨も梅昆布茶を一口啜ると、

「真、よせと言ったろう。 いくら友人にでも話せない事はあるものだ。 秘密を暴くなどというのは誉められた行為ではないぞ?」

 と、諭すように言った。

「だから! 琢磨の言い方は誤解を招くっての!」

「話が見えねえな……涼、ちっと黙ってろ」

 おもむろに席を立ったかと思うと、恭一は涼の背後から口を押さえてしまった。

 当然、涼はそれを振り解こうとするのだが、さすがに恭一が相手では涼も歯が立たない。

「いいぞ掃部関君、話してみろ」

「こいつ、可愛い女の子と仲良くなってる筈なのに、それを俺様に報告しやがらねえんですよ」

「ほう? それは俺も初耳だな。 相手は学校の女子か?」

「琢磨は稽古で来られなかったからな。 俺のダチが陸上の大会に出た時に応援に行ってさ、その時に知り合ったんだよ」

「ああ、あの時か。 ならば隠し立てするような事でもあるまい? 人と仲良くなるのは良い事だ」

 自分と同じように、友人を作るのが不得手に思える涼が他人と交わりを持つ事を、琢磨は喜んでいるようだ。

「ば〜か、それだけじゃねえっつーの。 ダ〜リン、ハニ〜の関係だぞ?」

「何だそれは」

「早い話しが恋人同士ってこった」

「何っ!? そうなのか、涼!」

「んー! んんーっ!」

 涼は必死に首を振って否定しようとするのだが、恭一にしっかりと抑えられているので、その意思は琢磨に伝わらない。

「でもよ、何故かその後の進展具合の報告がねえんだよ。 上手く行ってるなら隠す必要ねえし……な? 怪しいと思うだろ?」

「涼、よもや疚しい事があるのではなかろうな……? もしもそうなら俺は許さんぞっ!」

「モガモガ! んーんー!」

「ほほう? 涼もそういう年頃になったのか、いい事だ」

 涼を押さえ付けながら、恭一は感慨深げに言った。 

 こうなってしまうと、もう涼の意思などは完全無視である。

 真一郎の話しは、涼と利恵が恋人同士であるという前提の下に進められて行く。

「それで? 掃部関君、相手はどんな子だ?」

「細かい事は俺も知りませんけど、俺らと同い年で、見た目は平均以上っすね。 性格は真っ直ぐな子だと思います。 ただ……」

「ただ?」

「性格と同じで、行動パターンもストレートです。 扱いにしくじると、パンチや蹴りが飛んで来ます」

「……誰かと似たような感じだな」

 恭一は、相変わらず雛子を自分の物のように隣に座らせている環を、横目でチラリと見ながら思った。

 そして、おもむろに涼の口を押さえていた手を外すと、それを涼の頭に乗せ、

「お前は保と良く似てやがるからな……同じタイプの相手を選んでも不思議じゃねえか」

「?」

「不器用なくせに、何でも一人でやっちまおうとする。 その割には、それに付いて来る奴が多い……そんな所も保と似てるよ」

 と言いながら、グシャグシャと乱暴に動かした。

「自分に惚れてくれる女は大事にしろ……いいな? 涼」

「恭さんに言われてもな〜……」

 昔、保から聞かされた話では、恭一はかなり女癖が悪いらしい。 

 いや、単に女性関係がだらしないのではなく、その全てとの関係が良好だというのだ。

 涼にとっては、にわかに信じ難い話である。

「ははは、確かにな。 ……じゃあ、俺はそろそろ帰るよ」

「あら、恭一ったら、もう帰るの?」

 大して名残惜しくもなさそうに環が言った。

「この後、片付けなきゃならねえ仕事が一つあってな。 またその内ゆっくり寄らせてもらうよ」

「別に無理して来なくてもいいわよ」

 そう言って笑いながらソファから立ち上がると、環は恭一を見送りに玄関へと向かった。

 涼と雛子も一緒に行こうとしたのだが、今度は環はそれを制した。

 そして、玄関に着くとすぐ、

「確かに変わったな、涼は」

 靴を履きながら恭一が言った。

「一頃の刺々しさが無くなった……いい傾向だ」

「でしょ? いい友達も出来たみたいだし、いい女もゲットしたみたいだしね」

「そのいい女ってのは、どこの誰なんだ? お前は知ってるのか?」

 玄関から外に出ると、恭一はすぐに煙草に火を点けた。

 宇佐奈家は禁煙なので、ヘビースモーカーの恭一としてはホっとする瞬間である。

「お母様って呼んでくれてるわよ。 とっても可愛い子」

「そうか……雛子ちゃんとどっちが上だ?」

「比べないでよ。 雛子ちゃんが出した答えなんだから、それを尊重するのがわたし達の務めでしょ?」

「強いな、あの子は……」

 フーっと煙を吐き出しながら、恭一は言った。 

 恭一にも、雛子が涼をどう思っているかは判っているのだ。

 何しろ赤ん坊の頃から涼と雛子を見ているし、ニ人を連れて遊びに行った事も何度もあるのだから。

 保亡き後、涼の父親代わりを自任している恭一としては、ニ人の事は常に気になっているのだ。

「護ってくれる人が増えたからかもしれないわね。 涼から聞いた話だと、真ちゃんも琢磨君も腕にはかなりの覚えがあるみたいだし。 それに、あのニ人は優しい男の子みたいだしね」

「そのせいか、涼がピリピリしなくなったのは……。 今までは自分一人で雛子ちゃんを護るんだって、躍起になってやがったからな」

「あの人との約束だからって言ってね。 そういう所まで保とそっくりなのよ、あの子……」

「保との約束か……」

「涼には言わないでね? 今はまだ……」

「解ってるよ」

 上着のポケットから携帯用の灰皿を出すと、恭一はその中で煙草を揉み消し、再びポケットへとしまった。

「ねえ、今日の仕事って、また揉め事の始末?」

「ああ、そうだ。 そんな仕事ばかり多くてな、ちょっと食傷気味だよ」

「ふ〜ん……。 ね、わたしも一緒に行っていい?」

「お前が? う〜ん、けどなあ……」

「いいじゃない。 ちょっと待ってて」

 環は玄関のドアを開けると、中に向かって、

「涼ー! わたし、ちょっと恭一と出かけてくるからねー! 夕飯は済ませて来るから、あんた達は何か適当に食べてちょうだい!」

 と、それだけ言うと恭一に車のドアを開けさせ、さっさと中へ乗り込んでしまった。

 やれやれといった表情で恭一も運転席に乗り込み、エンジンをかけた。

「付いて来るのは構わねえけど、あんまり派手にやらないでくれよ? 後々の仕事にも差し障りがあるからな」

「何をショボい事言ってんのよ。 ほら、ゴチャゴチャ言ってないで、とっとと車出しなさい。 祭りだ祭り!」

「あとで山ほど請求書が来るなんてのは、ぞっとしねえな……」

「晩御飯作ってあげるから、ね?」

「……しょうがねえか、お前は昔から言い出すと聞かねえからな」

 恭一の心を表すように、車は嫌々走り出したように見えた……。


「素直にゲロっちまえ、涼! いつまでも隠し立てすると友達無くすぞ!」

 恭一と環がいなくなってすぐ、居間では真一郎の涼に対する追及が再び始まり、

「涼、正直に言え。 俺も鬼ではない。 話しの内容如何によっては味方になってやる事も出来る」

 と、日頃こういった話には興味を示さない筈の琢磨まで会話に加わって来た。

「お前らいい加減にしろよ……。 そもそも俺は、あいつと付き合うなんて言った憶えは無いっての」

「お前はそうでも、高梨はその気になってんじゃねえのか?」

「涼、その気も無いのに妄りに期待を持たせるものではないぞ? それは罪というものだ」

「だから……」

「はいはい、真君も琢磨君も、もうその話は終わり。 涼ちゃん困ってるでしょ?」

 テーブルの上を片付けながら雛子が言った。

 勿論、片付けているのは恭一と環の使ったカップである。

「けどさあ、雛子ちゃん。 あんま半端な真似は良くないと思わない?」

「涼ちゃんも色々と考えてるんだよ。 だから、わたし達は余計な事は言わないの、ね?」

「考えるねえ……。 お前、本当にちゃんと考えてんのか?」

「デッケエお世話だよ」

「まあ、何にしても相手のある事だ。 結論は早めに出すべきだぞ、涼」

 コーヒーを啜っている涼に対して、琢磨が真面目な顔で言った。

「……ああ」

 真一郎と違い、単に面白がっているのではない琢磨に言われると、涼も素直に頷けるようだ。

「しかし何だな、涼の家の近所には遊べるような所が無いんだな」

 真一郎が急に話題を変えた。

 いつもの事ながら色んな事に興味を持ち、すぐに反応する真一郎はネタの振り方が唐突である。

「俺ん家の近所には、カラオケやらゲーセンやら結構多いんだけどな」

「この辺には商店街くらいしかねえよ。 あとは公園と本屋、それにコンビニくらいだな」

「それでよく退屈しねえな、お前は。 休みの日に何やってんだ?」

 真一郎は両手を頭の後ろに組み、ソファの背凭れに身体を預けながら言った。

 テーブルに足を乗せたいところだが、それは雛子や琢磨に怒られそうなのでやらない。

「お前らと出かけない時にはゴロゴロしてるな。 これといって趣味もねえし」

 それ以外は利恵の襲撃を受けて連れ回されているのだが、ここではそれは言いたくない。

 せっかく収まった真一郎の追求が、再び始まってしまうのが目に見えているからだ。

「健全な若人の休日じゃねえな、それは」

「ならば本を読め、涼。 色々な知識を吸収する事は人間を大きくする。 俺も稽古の無い休日には、本を読む事にしているんだ」

「本ねえ……俺の趣味じゃねえな。 漫画だったら、たまに読むけどな」

 涼は、どちらかと言えば身体を動かす方が性に合っている。 

 とは言え、ただ目的も無く運動するのも面倒臭いという、どうにも建設的とは言えない男である。

「こんなのと十年以上も付き合わされてるのか……雛子ちゃんも大変だね」

「あはは、もう慣れちゃったよ」

 赤ん坊の頃からの付き合いである。 

 それなりに扱い方も心得ている雛子には、それが当たり前になっているのだ。

「うるせえな……それで真に何か迷惑かけたかよ?」

「これからかけられそうな気がする。 今の内に俺様に謝れ」

「馬鹿か、お前は」

「何も無理に出かける必要もあるまい。 こうして話しをするだけでも良いものだ」

「爺むさいな、琢磨は……そんな調子じゃ、あっという間に老け込んじまうぞ?」

「いつまでも子供のままというのも考え物だがな」

「ぐ……!」

「はい、琢磨君の勝ち〜」

 琢磨の手を取って上に掲げながら、言い返せなくなってしまった真一郎を見て、雛子は笑った。


 知り合って、まだたったの二ヶ月。

 しかしそれでも、彼らとはきっと永い付き合いになるのだろうと雛子は思った。


 この先ずっと……。

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