証明
役所は大忙しだった。
「次の方どうぞ……」
その次の方は不安げな顔をしながら受付のイスに腰を下ろした。
「えー、証明書の手続ですね…… ではこちらに記入していただけますか?」
不安げな男は、丁寧に文章を読み、丁寧に記入していった。
「はい、ありがとうございます。では、いま確認をしますのであちらの席でお待ちになってください」
不安げな男は促されるまま『あちらの席』に腰を下ろし、辺りを見回した。役所には様々な人達がいた。新しい生活の為の手続をしている者。どうみても何かあった様子の者。大人しく絵本を読む子供に、親からも注意されることなく走り回っている子供。その光景は男の不安げな気持ちをいくらか和らげた。
「お待たせしました。こちらへどうぞ」
役所の男は、不安が少し和らいだ男を部屋へと案内した。
「どうぞこちらへ。中の面接官に、このカードを渡してください」
役所の男は『説明足らず』で男の和らいだ不安を元に戻した。
「は、はい。わかりました」
不安げな男はその部屋に入った。部屋には一つの机、その机をはさみ、向かい合わせるように二つのイスが置かれていた。そして、片方のイスには面接官らしき男が座っており、机の上には見たことも無い機械とモニターが置かれていた。不安げな男は取調室にいるような感覚だった。
「どうぞこちらへ」
座っていた面接官は立ち上がり、空いているほうのイスに手を差し出しながら言った。
「あ… はい、失礼します」
「それで…… ですね。えー、係りの者からカードを渡されたと思うのですが?」
「えっと… これですか?」
不安げな男はカードを渡した。
「はい、ありがとうございます」
面接官はカードを受け取ると、机の上の機械に差し込んだ。そして何度かモニターをタッチした。
「えぇーとですね、いま機械のほうでデータを処理をしていますので、その間に簡単な質問をさせていただきます」
「はい…」
「それでは…」
面接官はファイルの中から書類を取り出し、めくりだした。
「最近、何か嬉しかったことはありましたか?」
「嬉しかったことですか……」
「はい」
「小さいことでもいいですか?」
「ええ、構いません」
「あの… この間、自動販売機で飲み物を買ったんですが、そのとき当たりが出まして」
不安げな男はあまりにも小さいことなので、話し方に恥ずかしさがあった。
「そう、ですか。なかなか出ないですもんね、当たりって……」
面接官の話し方には少し戸惑いがあった。
「それでは、最近してしまった悪いことはありますか? 正直にお答え下さい」
「わ、悪いことですか? えーっと…」
不安げな男は考えた。というよりも記憶の引き出しを必死に探した。
「なければないでいいんですが……」
「あ!」
不安げな男は探し当てた。
「この間、飲食店の支払いのときに……」
「お釣りを多くもらってしまったのに黙っていたと?」
「えっ? あ、いえ……」
面接官は当てられなかった。
「その、支払いのときにですね、ポイントカードに入れてもらったポイントが3ポイント多かったんですが、それが言えなくて…」
「あぁ…… ポイントですか……」
面接官はその後、二つ三つの質問をした。その間に機械は自分の仕事を終えた。
「あっ、ちょうど結果が出たようです」
面接官は機械からの報告書を受け取った。
「えー問題点は見つからなかったようです」
「ほ、本当ですか!」
不安げな男は、不安げではない男になっていた。
「えぇ、本当です。おめでとうございます。こちらが証明書の……」
ドンッ!!
面接官の声をさえぎったのは隣りの部屋からの音だった。
「マジさぁ、早くしてくんねぇかな!?」
マナーやモラルとは無縁の男が大きな声を立てた。
「あ、あのですね…… 早くしようにも質問に答えていただかないと…」
「質問質問うるせぇんだよ! んなもん、うまいぐあいにてめぇが書いときゃいいだろ!!」
「で、では一つだけお答えになってもらったら、すぐ終わらせますので……」
「だから早くしろっつってんだよ!!」
面接官は恐々していたが内心は違った。
「最近してしまった、悪いことは……?」
「んなもんねぇよ! ちっ! いいから早く証明のやつよこせよ!」
その間に機械は自分の仕事を終えた。
「あ、ちょうど結果が出たようです」
面接官は機械からの報告書を受け取った。そして、面接官は内心のものを表に出した。
「証明書のほうはお渡しすることが出来ません」
その言葉をきっかけに、相手に喋らせないよう早い口調で喋り続けた。
「この報告書を見てください。ほとんどの項目にチェックマークがついています。五つ以下なら証明書の手続を行えるのですが、それ以上は矯正収容所に送られることになります。あなたの報告書の結果ですと、すぐに送られることになるので、こちらが……」
どこにあったのか、机の下から大きな紙袋を取り出し机の上に置いた。中には分厚い教材がぎっしりと詰まっていた。面接官の話を聞いているうちに、マナーとモラルとは無縁の男は『不安げな男』になっていった。
「これは矯正収容所で使用する教材です。収容所で行われる第一試験に五回以内に合格しないと、第二試験を受けることになります。その第二試験に同じく五回以内に合格しないと極刑に処されるので注意してください。また、合格して外に出られても十年間は局の監視下におかれます。定期的に出される報告書の内容によっては再収容となります。当然、違法行為などをしてしまったときも再収容となります」
面接官は話を終えると、機械についているスイッチを押した。するとすぐにドアが開き、収容所の所員だろうか二人の大男が入ってきた。
「お願いします」
「わかりました」
叫び暴れる「不安げな男は二人の大男に連れて行かれた。
「フッ、馬鹿な男だ。真面目に生きていればいいものを……」
面接官は一人でニヤニヤしていた。
「アイツの極刑はまず間違いない。あんな奴、生きていても何の価値もない。本当に馬鹿な奴だ!!」
その様子をモニターで見ていた役所の所長は部下に言った。
「あの面接官も収容所へ連れて行け! 人が死ぬのを喜んでいるとは何て奴だ!!」
今日も役所は大忙しだった。受付は言った。
「善人証明書の手続はあちらになります」
自分自身を本当に証明できるものって何でしょうね?




