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バベル圏外

この世界では、データは命より重い。


「……あれは……」


 近づくにつれ、確信に変わる。


 PCパーツ。

 しかも、旧世代の記憶媒体付き。


 胸が、どくりと跳ねた。


 この世界では、データは命より重い。

 特に、過去のログを含む可能性のあるパーツは別格だ。


 ウイルス発生前の記録。

 都市の構造。

 バベル誕生の経緯。


 それらはすべて、失われた――はずだった。


「持ち帰れたら……」


 Eランク?

 追放?

 そんなもの、一気に覆る。


 震える手で、ナイフを握り直し、ゆっくりと手を伸ばす。


 ――その瞬間。


 ぐちゃり、と。


 床が、鳴った。


 生肉を踏み潰したような、不快な音。


「……え?」


 背後の空気が、歪む。


 振り返るより早く、

 何かが、そこにいた。


 ゾンビじゃない。


 人の形をしていない。

 皮膚は膨れ上がり、骨格は歪み、

 腕は異様に長く、爪が床を引き裂いている。


 ――変異体。


「う、そだろ……」


 逃げようとした。

 だが、遅い。


 一歩踏み出した瞬間、視界が揺れた。


 衝撃。


 身体が宙を舞い、壁に叩きつけられる。


「がっ……!」


 息が、できない。

 肺の中の空気が、一気に吐き出された。


 ナイフが、指から零れ落ちる。


 変異体が、こちらを見下ろしていた。

 口らしき裂け目が、ゆっくりと開く。


 ――死ぬ。


 そう思った。


 PCパーツは、すぐそこだ。

 指を伸ばせば、届く距離。


 なのに。


 身体が、動かない。


 視界が暗くなっていく。


 レート戦、失敗。


 その言葉が、脳裏に浮かんだ。


 ――これで、終わりだ。


 暗転。


 視界が、唐突に切り替わった。


「――っ!?」


 俺は、椅子から身を起こした。


 全身が汗で濡れている。

 心臓が、まだ変異体の爪を覚えているかのように暴れていた。


「……生きてる?」


 違う。

 生きているのは、俺じゃない。


 レート戦用のアンドロイドが破壊され、強制ログアウトされた。

 それだけだ。


 だが――

 結果は、同じ。


《レート戦、失敗》

《ランク更新:E》


 端末の無機質な文字が、すべてを告げていた。


「……あ、あのっ!」


 俺は慌てて立ち上がり、ガラス越しに座るオペレーターへ叫ぶ。


「まだ、やれます! 次は、何でもやります! 危険区域でも、ソロでも!」


 声が裏返る。

 情けないほど必死だった。


 オペレーターは、俺を一瞥し、淡々と言う。


「気持ちは分かります。でも、決まりなんです」

「物資も、戦果も無し。アンドロイド全損。評価は最低値です」


「で、でも……!」


「Eランク到達者は、例外なく――」


 言葉は、最後まで聞かなくても分かっていた。


「……バベル、追放です」


 足元が、崩れた気がした。


 そこへ、別のオペレーターが近づいてくる。


「移送準備、完了しました」

「対象を、地上行きエレベーターへ」


 俺は、抵抗しなかった。

 いや――できなかった。


 無言のまま、腕を掴まれ、通路を歩かされる。


 やがて辿り着いたのは、

 分厚い装甲で覆われた一基のエレベーター。


 行き先表示には、たった一言。


《GROUND》


「……外、か」


 扉が、ゆっくりと開く。


 振り返っても、誰も俺を見ていない。

 ここから先は、**“いなかった者”**になる。


 エレベーターに乗り込むと、扉が閉まった。


 静かに、下降が始まる。


 ――銃もない。

 ――物資もない。


 そして、

 レート戦という名の安全網も、もうない。


 俺は、ついに“外”へ放り出される。


 この世界で、最も危険な場所へ。



 エレベーターは、静かに下降を続けていた。


 金属が軋む音だけが、やけに大きく響く。

 俺は壁にもたれ、床を見つめていた。


 ――終わった。

 そう思うしかなかった。


 その時。


 ぴっ、と小さな音がして、天井のスピーカーが反応する。


《……聞こえるか》


 無機質じゃない。

 誰かが、個人的に回線を繋いできている。


「……誰ですか」


《名前は言えない。規則違反だからな》


 一瞬の沈黙。

 そして、少しだけ躊躇う気配。


《正直に言う。俺は、お前を切り捨てるのが惜しいと思ってる》


 胸が、きゅっと締め付けられた。


「……今さら、何を」


《だから、これだけは教えてやる》


 エレベーターが、一段強く揺れた。


《もし――もしもだ》

《特殊な物資を持って帰って来られたら、再びバベルに戻れる》


 顔を上げた。


「……それは一体!」


 思わず、声が出た。


 スピーカー越しに、小さな息遣い。


《ゾンビ化無効抗体》

《それか……》


 言葉が、少しだけ柔らぐ。


《特殊PCパーツ。過去ログを含む可能性のあるやつだな》


 ――息を呑んだ。


 さっき、手が届きそうだった“あれ”。


「そんなもの……」


《無理だと思うだろ》


 オペレーターは、苦笑するように言った。


《でもな。地上には、まだ“想定外”が転がってる》

《生きてさえいれば、可能性はゼロじゃない》


 回線が、切れる。


 再び、静寂。


 エレベーターは、止まらない。


 だが――

 俺の胸の奥で、何かが確かに動いた。


 ゾンビ化無効抗体。

 特殊PCパーツ。


 さっき俺が“失った”はずの希望だ。


「……やるしか、ないか」


 誰に言うでもなく、呟く。


 エレベーターが、減速を始める。


 もうすぐ、地上だ。

ここまで読んでくださり、本当にありがとうございます。


この物語の主人公は、弱いです。

特別な力もありません。

序盤は何度も失敗します。


けれど、

地上にはまだ“想定外”が転がっています。


世界が決めた評価と、

本当の可能性は、

必ずしも一致しない。


その証明を、

これから少しずつ描いていけたらと思っています。


もしよければ、次の物語も見届けてください。

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