マタネ
外は、もう真っ暗だった。
森は変わらない。
でも、家の中は、ちゃんと夜になっている。
「……遅くなったね」
ナナが言うと、
カイさんは囲炉裏から視線を上げた。
「うん」
少しだけ、言いづらそうに続ける。
「今日は、もう帰るよ」
ナナは瞬きをする。
「帰るの?」
「うん、帰る」
短い答えだった。
でも、それきりにしなかった。
「明日、また来るよ」
ナナは、その言葉を、
そのまま受け取る。
「ほんと?」
「約束する」
おばあちゃんが、嬉しそうに笑う。
「まあ。
それなら、またいらしてください」
カイさんは、少しだけ迷ってから、うなずいた。
「……はい」
ナナは、その様子を見ていた。
今の言葉は、
誰に向けた約束だったんだろう。
でも、考えない。
明日、また来る。
それだけで、
今日は、終わっていい気がした。
ルルが、立ち上がった。
扉の方を、見ている。
カイさんは、囲炉裏の前から立ち上がった。
「送らなくていいよ」
そう言ったけれど、
ルルはもう扉の前にいる。
しっぽを一度振って、振り返った。
「……じゃあ、少しだけ」
カイさんはそう言って、
外套を手に取る。
扉を開けると、夜の森の匂いがした。
冷たくて、静かで、
昼と同じ場所なのに、少し違う。
「またね」
ナナが言う。
カイさんは、ナナの目の高さまで少し腰を落として、
ちゃんと目を見た。
「うん。明日」
それだけ言って、外に出る。
ルルは、しばらくその背中を見てから、
ナナの方を見た。
「いいよ」
ナナが言うと、
ルルは扉を閉めるのを手伝うみたいに、
鼻先で押した。
家の中は、すぐに静かになる。
おばあちゃんは、もう布団の支度をしていた。
「ナナ、今日は冷えたわね」
「うん」
「早く寝ましょう」
ナナは、うなずく。
いつもの場所。
いつもの布団。
ルルは、ナナの足元で丸くなる。
昼より、少しだけ近い。
「ルル」
名前を呼ぶと、
小さく鼻を鳴らした。
それで、十分だった。
天井を見上げる。
明日、また来る。
その言葉を、
頭の中で一度だけ転がす。
意味は、まだ考えない。
考えなくても、
夜は進む。
囲炉裏の火が、遠くで鳴った。
ナナは、目を閉じる。
森は、静かだった。
明日も、
たぶん。
そう思ったところで、
眠りが、先に来た。




