ヤクソク
囲炉裏の火が、静かに鳴っていた。
向かい側で、カイさんは湯飲みに口をつけたまま、
あまり動かない。
ナナは、その様子を見てから声をかけた。
「……カイさん」
「なに?」
ちゃんと、ナナの方を見る。
「ここに来たのって、
なにか用があるんでしょ」
少しだけ、間があった。
「……うん」
それから、短く言う。
「約束があって」
ナナは、その言葉を聞いてから、
おばあちゃんを見る。
おばあちゃんは、湯飲みを持ったまま、
ナナの方だけを見ていた。
ナナは、またカイさんに向き直る。
「おばあちゃん、
それ知らないと思う」
責める声じゃなかった。
気づいたことを、そのまま言っただけ。
カイさんは、小さく笑った。
「……そうだね」
そのとき、おばあちゃんが口を開く。
「ナナ。
その方、寒くありませんか」
ナナは、カイさんを見る。
「寒い?」
「少し」
正直な答えだった。
「だって」
ナナは、おばあちゃんに向き直る。
「森、冷えてきてるから」
「まあ、それは大変」
おばあちゃんは立ち上がり、
棚から上着を取って差し出す。
「どうぞ」
「……ありがとうございます」
カイさんは、少し戸惑いながら受け取った。
おばあちゃんは、理由を知らない顔で、
にこりと笑う。
ナナは、それを見ていた。
今のは、
ナナが言ったから起きたことだ。
ナナが分かったことが、
そのまま、おばあちゃんに届く。
前から、そうだった。
だから、もう一度、カイさんを見る。
「ねえ」
「うん」
「約束のこと」
一拍置いて、続ける。
「ナナが聞いてもいい?」
カイさんは、すぐには答えなかった。
でも、逃げるみたいな顔じゃなかった。
やがて、静かにうなずく。
「……いいよ」
ナナは、その返事を聞いてから、
おばあちゃんを見る。
おばあちゃんは、
何も知らないまま、
湯飲みを両手で包んでいる。
ナナは思う。
分からないことは、
分かる人が聞けばいい。




