ヒトリ
足音が、森に溶ける。
ナナは、しばらく扉の前に立っていた。
閉めたはずの扉を、
もう一度、押す。
ちゃんと閉まっている。
家の中は、静かだ。
さっきまでより、
音が薄い。
三つの湯のみ。
机の上に並んでいる。
ナナは、ひとつ持ち上げる。
軽い。
当たり前の重さ。
でも、視線が残る。
――三つ。
いつも、三つ?
考えようとして、やめる。
代わりに、台所へ行く。
棚を開ける。
布が何枚も入っている。
同じ形。
同じ色。
ほとんど同じ。
こんなに、あったっけ。
思い出せない。
でも、“なかった”とも言えない。
奥の部屋を見る。
おばあちゃんは、眠っている。
静かな呼吸。
ナナは、布団の端を少し直す。
その動きが、やけに自然だ。
何度もやったみたいに。
でも、
何度やったのか分からない。
胸の奥が、ちくりとする。
今日のおばあちゃんは、
少しだけ遅れていた。
言葉も、
視線も。
まるで、
誰かの話をあとからなぞっているみたいに。
でも、それはきっと。
疲れたから。
眠いから。
そういうものだ。
そう思えば、終わる。
ナナは、自分の手を見る。
小さい手。
普通の手。
何も握っていない。
でも、さっきカイさんが言った。
“増えすぎると、揺れる”
何が。
どこが。
ナナは、家の中を見渡す。
机。
椅子。
戸棚。
窓。
全部、ある。
なくなっていない。
変わっていない。
……はずなのに。
どこか、薄い。
夜だから?
それとも。
ナナは、首を振る。
分からないことに、
形をつけるのは怖い。
布団のそばに座る。
おばあちゃんの呼吸を聞く。
安心する。
でも同時に、
小さな違和感が消えない。
“前から、こうだった?”
その問いは、
誰にも向いていない。
答えもない。
ナナは、横になる。
目を閉じる。
暗闇の中で、
家の輪郭が浮かぶ。
崩れていない。
でも、
どこか、ぴったりはまっていない。
ほんの少しだけ。
ほんの少しだけ、
ずれている。
ナナは、それを
自分のせいだとは思っていない。
まだ。
ただ、
――なにかが、
いつからか、少し違う。
それだけが、
眠りの直前まで、
胸に残っていた。




