表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
18/25

ヨル

夜は、冷たい。


月の光が、森の輪郭だけを浮かび上がらせる。


 ナナは、扉の前に立ったまま。


 カイさんは、家の中には入らない。


「怖いこと言うかもしれない」


 さっきの言葉を、繰り返す。


 ナナは、うなずく。


「今日さ」


 カイさんは、静かに続ける。


「エナさん、俺のこと覚えてなかった」


「……うん」


「でも、ナナのことは?」


 ナナは、瞬きをする。


「覚えてたよ」


「ちゃんと?」


「ちゃんと」


 即答だった。


 カイさんは、少しだけ視線を落とす。


「じゃあさ」


 ゆっくり言葉を選ぶ。


「消えてるのは、

 俺だけだと思う?」


 ナナの呼吸が、止まる。


「……どういうこと?」


「天気も、ずれてた」


 昨日は晴れだった。


 でも、おばあちゃんは雨だと言った。


「三つ目の湯のみも」


 ナナは、無意識に振り返る。


 机の上に、まだ置いたまま。


「ナナ」


 名前を呼ばれる。


「もしさ」


 声が低くなる。


「何かが変わってるんだとしたら」


 夜が、静まり返る。


「それ、

 おばあちゃんだけだと思う?」


 胸の奥が、ひゅっと冷える。


「ちがう」


 反射的に言う。


「おばあちゃんは……」


 そこで、止まる。


 “ずっと同じ”はずだった。


 でも、さっきの顔。


 初めて会うみたいな目。


「俺は、外から来てる」


 カイさんは言う。


「外は、毎日変わる」


 ナナは、朝の会話を思い出す。


「ここは?」


 問われる。


 森は、変わらない。


 そう思っていた。


「ナナ」


 カイさんの声が、やわらぐ。


「ここが変わらないって、

 誰が決めてる?」


 答えが出ない。


 出したくない。


「もし」


 少し間を置く。


「もし、ここが誰かの形で保たれてるなら」


 そこまで言って、止めた。


 ナナの呼吸が浅くなる。


「……誰かって」


 かすれた声。


 カイさんは、首を振る。


「今は、そこまででいい」


 はっきり止める。


 森が、音を吸い込む。


 ナナは、扉の縁を握る。


「ねえ」


「ん?」


「帰っちゃうの」


 その言葉は、思ったより小さい。


「……今日、変だったのに」


 カイさんは、すぐには答えない。


 家の奥を、ちらりと見る。


 眠っているおばあちゃん。


「長居しない方がいい」


 静かに言う。


「今は」


「なんで」


「俺がここにいる時間、

 増えすぎると」


 言葉を選ぶ。


「たぶん、

 もっと揺れる」


 ナナの指先に、力が入る。


「揺れるって」


「ナナが、きつくなる」


 断言しない。


 でも、確信はある声。


 ナナは、唇を噛む。


 引き止めたい。


 でも、それが正しいのか分からない。


「……ごめん」


 カイさんが言う。


「今は、毎日来る」


「でも、今日は帰るよ」


 ナナの目が、揺れる。


 カイさんは、一歩だけ近づく。


 手を伸ばす。


 少し迷ってから、

 そっとナナの頭に触れる。


 あたたかい。


「ちゃんと考えなくていい」


 低い声。


「でも、目はそらさないで」


 ナナは、うなずく。


 それしかできない。


 手が離れる。


 月明かりの境界まで下がる。


「明日、来る」


 それだけ言って、背を向ける。


 足音が、森に溶ける。


 ナナは、しばらく動けなかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ