ズレ
カイさんは、壁にかかった影を見る。
「……そろそろ行く」
いつもの時間だった。
ナナは、うなずく。
「明日も?」
「来るよ」
立ち上がる音。
椅子が、わずかにきしむ。
そのとき――
奥の部屋から、衣擦れの音がした。
足音。
ゆっくりと、近づいてくる。
ナナは振り向く。
おばあちゃんが、立っていた。
「……あら」
目を細める。
カイさんを見る。
少し、首をかしげる。
「どなた?」
空気が、止まる。
ナナは、瞬きを忘れる。
「おばあちゃん?」
「ごめんなさいね、
お客様?」
カイさんは、動かない。
笑いもしない。
「……カイです」
丁寧に言う。
「いつも、来てます」
おばあちゃんは、困ったように笑う。
「まあ、そうなの?」
ナナを見る。
「ナナのお友だち?」
その言い方は、
初めてだった。
“知っているけど、知らない”顔。
ナナの胸の奥が、
ゆっくり沈む。
「毎日来てるよ」
声が、少し強くなる。
「昨日も、その前も」
おばあちゃんは、
きょとんとしたまま。
「昨日?」
間。
「昨日は、雨じゃなかったかしら」
今日は、晴れている。
昨日も、晴れていた。
ナナは、何も言えない。
カイさんが、ゆっくり息を吐く。
「今日は、帰ります」
静かに言う。
「また明日、来ます」
おばあちゃんは、
ほっとしたように笑う。
「ええ、ぜひ」
まるで、
初めての約束みたいに。
扉が開く。
外の光が差し込む。
ナナは、動けない。
カイさんは、一瞬だけ振り返る。
目が合う。
そこには、はっきりとした理解があった。
――これは、偶然じゃない。
扉が閉まる。
足音が遠ざかる。
おばあちゃんは、
机の湯のみを見る。
「……三つ?」
不思議そうに言う。
「今日は、誰か来ていたの?」
ナナは、答えられない。
森は、いつも通りだ。
でも、
今、何かが、
はっきり壊れた音がした。




