表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
15/25

マエトイマ

朝の片づけが終わると、

 おばあちゃんは椅子に座ったまま、目を閉じた。


「少し、休むわね」


 最近、よく聞く言葉。


「うん」


 ナナは、湯のみを流しに運ぶ。


 三つ目を持ち上げかけて、

 やめた。


 そのまま、机に戻す。


 しばらくして、

 寝息が聞こえ始める。


 静かだ。


 森の音と、

 おばあちゃんの呼吸だけ。


 ナナは、振り返る。


「……ね」


 声を落とす。


「変じゃない?」


 カイさんは、すぐには答えない。


 机の上を見る。


 三つ並んだ湯のみ。


 一つだけ、

 口がついていない。


「うん」


 短く言う。


 ナナは、少しだけ安心する。


「前はさ」


 指先で、湯のみの縁をなぞる。


「こんなこと、なかった気がする」


「どんなこと?」


「……忘れるとか」


 言葉を探す。


「言ったことと、

 違うことするとか」


 カイさんは、ゆっくり息を吐く。


「ナナ」


「なに」


「俺が来る前のこと、

 ちゃんと覚えてる?」


 ナナは、少しだけ考える。


「覚えてるよ」


「朝、何してた?」


「朝ごはん作って、

 ルルに水あげて」


「湯のみは?」


 ナナは、止まる。


 机を見る。


「……二つ?」


 自分でも、確信がない。


「三つ、並べてた?」


 その問いに、

 ナナはすぐ答えられなかった。


「……分かんない」


 正直に言う。


 胸の奥が、少しだけ冷える。


 カイさんは、うなずく。


「急に変わった感じはする?」


「ううん」


「じゃあ、

 たぶん急じゃない」


 ナナは、湯のみを見つめる。


 三つ目は、

 まだ温かいまま。


「毎日、ちょっとずつ」


 カイさんが言う。


 その言葉は、

 責めるみたいじゃなかった。


 ただ、置かれただけ。


「それって」


 ナナは、小さく聞く。


「……悪いこと?」


 カイさんは、

 おばあちゃんの寝顔を見る。


 穏やかで、

 何も崩れていないように見える。


「今は、まだ分からない」


 正直な声。


 ナナは、うなずく。


 分からない、ということを、

 初めて二人で持った。


 奥の部屋から、寝息が続く。


 森は、変わらない。


 でも、

 家の中だけが、

 少しだけ、動いている。


 ナナは、三つ目の湯のみを、

 そっと両手で包んだ。


 温度は、

 確かにそこにあった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ