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フアン

夜は、静かだった。


 森は、昼と同じ形のまま、

 色だけを落としていく。


 カイさんの足音は、

 もうとっくに消えている。


 おばあちゃんは、

 いつもより早く布団に入った。


「今日は、少し疲れたわ」


 そう言って、

 何度も同じ言葉を繰り返した。


 ナナは、うなずくだけだった。


 灯りを落とす。


 家の中が、

 決まった暗さになる。


 ナナは、布団に入らず、

 机の前に座った。


 湯のみが、二つ。


 昼に片づけ忘れたまま。


 ひとつは、

 最後まで温かかった。


 もうひとつは、

 いつ冷めたのか分からない。


 ナナは、そっと指で触れる。


「……ねえ」


 呼びかけても、

 返事はない。


 当たり前だった。


 でも、

 当たり前じゃない気がした。


 ここ最近のことを思い出す。


 包み紙。

 甘さ。

 おばあちゃんの、少し遅れた反応。


 ナナは、考えそうになる。


 ――でも、やめる。


 考えない。


 それは、今までずっと、

 そうしてきたことだった。


 そのとき、

 ルルが小さく鳴いた。


 扉の方を見る。


 誰もいない。


 それでも、

 待つみたいに座っている。


「……明日」


 ナナは、ぽつりと言う。


「明日、来るよね」


 返事はない。


 それでも、

 カイさんの声が、

 頭の中で浮かんだ。


 ――来るよ。


 その言葉だけが、

 夜の中で、はっきりしていた。


 ナナは、布団に入る。


 ルルが、すぐ隣に来る。


 おばあちゃんの寝息は、

 少し不規則だった。


 森は、変わらない。


 でも、

 家の中だけが、

 少しずつ、ずれている。


 ナナは、目を閉じる。


 明日の朝、

 足音がするかどうか。


 それを、

 初めて、少しだけ怖いと思いながら。

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