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乙女心、爆発す

 目覚ましの音に目を覚ますと、前世の私と今世のわたしが混ざったような、不思議な感覚はまだ続いていた。

 今のわたしのルーティンでお弁当を作り、軽くトーストとヨーグルトの朝食を食べ、メイク用品を取り出す。

 すごく胸がうきうきするのに抗えない。

 前世ではあり得ない色、色、色! そしてラメ!! 美しいグラデーションのチーク! 肌触りのいいブラシ!! 鮮やかな発色のリップ!

 今のわたしの「仕事に行くだけなのにやりすぎ」という声は、綺麗なコスメに爆発する乙女心を止められなかった。


「あら、守屋さん、いつもと雰囲気違うわね」

 いやぁハハハと笑いながら制服に着替える。ちなみに制服はパンツスタイルなので、胸中の乙女はたいそうがっかりしている。

 でも、わたしには分かる。

「本日からバレンタインフェアです」

 売場に並ぶ、宝石のように綺麗なチョコレートに、技巧を凝らせた美しいガラスペンや万年筆といった雑貨たち。財布やキーケースといったなめらかな皮製品は色とりどりに染色され、目にも鮮やかだ。

 お陰で昨日は残業になり、ブーブー言いながらディスプレイしたアイテムたちは、今の私にクリティカルヒットした。

 知ってるはずなのに可愛い!

 試食したから知ってるはずなのに美味しそう!!

 皮のポーチのフォルムが可愛い!

 ガラスペンのインクが素敵!

 きゃーーーーーーーーーーー!!!!!!


 もう20年同じお店で働いているのだ。

 正直、毎年発売される新製品も目新しさがなくなってきたなぁとか思ってたはずなのに、案の定乙女心にぶっささり知らずニマニマしてしまう。

 今すぐにでもあの瓶を持ち上げ、美しい刻印を指でなぞりたい。

 皮のケースを撫でたい。

 チョコレートの箱詰めを一時間でも眺めたい。

「なにかいいことあったの?」

 不思議そうな声にハッと我に返る。

「どうして?」

「にやにやしてた」

「してませんよぉ」

「いや、してたよ」

 なんだか楽しくなってクスクス笑ってしまう。

「嬉しそうなところ悪いんだけど」

 同僚とじゃれていたら、後ろから店長が声をかけてきた。

 30代の男性で、こんな距離感で話をするなんてとちょっとドギマギしてしまう。

「今日、例のお客様がいらっしゃるから、対応よろしくね」

「ああ、あの……」

 同僚の眉が曇る。私も、あ、とちょっと重たい気持ちになった。

 電話で対応したスタッフが言うには、ご立腹というわけではなさそうなのだがとにかく話が回りくどく、ご要望をなかなかおっしゃられない方のようだ。粘り強く聞き出した内容によると、キーケースの金具に不具合があり、鍵が落ちてしまうので困っているそう。

 交換を申し出たものの渋い反応で、ならば返金希望かと訪ねても埒が明かず、とりあえず商品を確認させていただきましょうかねぇと結局結論がわからないまま本日来店されるのだ。

「基本的には同商品での交換ですよね」

「うん。ただお客様は金具の不具合ではなく、こちらの商品自体にそういったことが起こりやすいのではないかと心配されてるみたいで」

 ここで店長は辺りを憚るように身を屈め、声を潜めた。

「声を荒げるわけじゃないんだけど、やけにいや~な言い方する人でさぁ。嫌みっていうか」

 声的に年配者だったみたいだけど。そう続いた言葉にげんなりする。

 よくあることだ。怒って「交換しろ!」とか大声で言われるのも怖いし腹が立つけど、ねちねち嫌みを言ってこられるのもこれはこれでかなりメンタル消耗するのだ。

「いや別に怒ってるわけではないけどわたしみたいな年寄りにはこんなに硬かったらねえ、指先に力が入らないから困るんだよね? おたくさんみたいにまだ若い人にはピンと来ないかもしれないけどいろんな人が使う商品だからそういうところも気をつけてもらわないと」などと商品開発部でもなんでもないただの販売員(下手したら時給1000円ちょっとのアルバイトに)ねちねち絡んだりする。

 ここでバッサリ話を遮って「返金しますね」「上に申し伝えますね」などと言おうものなら、ちゃんと話を聞く気がないなどとまたねちねち始まるので気が済むまでしゃべらせないとそれはそれで面倒で、権限もなにもないただの販売員(なんなら時給1000円ちょっとのアルバイトが)商品開発における壮大な話を聞かされたりする。介護かよ。

 日頃の恨みが思い出されて心の乙女がしょんぼりしている。ごめんね乙女心。


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