001 21世紀最大の怪物
どうやら死んでしまったらしい。
あれはいつもどおりの一日だった。夜通し酒をあおり、部下たちと遊び呆けていた。長きに渡った仕事が終わって、羽目を外しすぎたということもあるだろう。それが故、過剰摂取で死んでしまったようだ。
ただ、それがなんだって話でもある。
「あー、ついに死んじまった。葬式は盛り上がっているんだろうな。なあ?」
ルーシと名乗っていた彼は、白い雲みたいなものの上にあぐらをかいていた。ルーシは腕を組み気難しそうな表情を浮かべ、目の前にいる女を睨む。
「随分と軽いですね。貴方死んだのですよ?」
「死んじまったのなら仕方ないだろう。だいたい、死ぬこと恐れていたら無法者なんてできないぞ。それで? おれはこれからどうなるんだ? やはり地獄というところへ落ちるのか?」
ルーシは冷静に、しかし現状にやや狼狽えているのか、口数も多めだった。
「貴方は宗教放棄者ですよね? ならちょうど良い転生先があります」
「虚ろな目ェしているなぁ」
「自らが手にかけたヒトの数を忘れたのですか? 累計211,922人。そんな罪深き者の相手をしていれば、嫌な気分にもなります」
「いや、違うな。欲求不満だからそんな目つきしているんだろ?」
「…………。貴方の罪は到底清算しきれません。だから貴方がやるべきことは──」
「私を亀甲縛りすることです……ってな。冗談だ」
痛々しいほど明るいピンク髪の女は目を見開く。考えを見透かされたかのように。
「ごほん。えー、貴方がやるべきことは異世界へ転生し罪を浄化することです」
「へー。だいぶ図星だったみてーだな」
「違いますっ!! 天使の私が、人間の堕落したSMプレイに興味があるわけなど──」
「天使がSMを知っているとは思わなかったが」
「……、そうやって私をいじめて楽しいですか?」
ピンク髪の女は涙目になった。大したことを言ったつもりはないため、ルーシが彼女を気遣うことはない。
「いじめてなんかいねェよ。ちょっとからかっただけじゃねーか」
「こんな屈辱初めてです……。うう……」
この程度の口撃で泣き崩れるヤツが天使だというのだから、神様とやらも苦労しているだろう。ルーシは首をゴキゴキ鳴らし、大きな溜め息を吐く。
そして椅子の上で泣き続ける女の髪を掴み、顔を至近距離まで近寄らせる。ルーシは露骨に苛立っている態度で脅した。
「おい……いい加減にしろや。泣いていれば問題がいなくなるとでも? それともおれを苛つかせたいのか?」
「そ、そんな言い方は──」
「そんな言い方しかできないなぁ。なんの説明もせず、泣いているだけの役立たずに優しい言葉かけるほど、おれも人間できていねェんだわ」
羞恥心なんて恐怖心の前では作動しない。ピンク髪でナイススタイルの女は涙を引っ込め、緊迫していますと言わんばかりの表情になる。
「それで良いんだ。さて、おれはこれからどうなる? ここが死後の世界だと仮定し、オマエはおれの罪が浄化しきれないと言った。となれば、輪廻転生かい?」
ルーシは指を鳴らし、彼女がそう告げてくるのを待つ。
「ぐすっ……。そうです。別世界で功績を残してもらい、なんとか負の過去を清算してもらいます」
「弁護士みてーな言い方だな。裁判でもあるのか?」
「そうですね……ひくっ。私はいわば、貴方の弁護人です」
涙をすする音もしゃっくりも正直やかましいが、指摘したところで治りそうにもない。しかしこんなのに弁護される、あるいは準ずる擁護をしてもらうと思ったら、いずれにせよ地獄に堕ちることは確定な気もする。
と思っても無駄だ。20万人を超える者を手にかけてきた怪物が、仮に天国とやらにいたら、それはとても滑稽に映るに決まっている。
「話をまとめよう。おれはこれから輪廻転生する。そこで功績を立てれば地獄行きを回避できるかもしれない。オマエ……名前は?」
「ヘーラーと申します。まだ天使歴3年の駆け出し者──」
「が弁護人みてーなことをして、おれをしっかり無間地獄へ叩き込むと。そのタイミングは?」
「転生して死亡するまでです。途中で私や天界の天使が強制停止などはしません」
「よし。どんな世界へ行くのかは分からねェが、よほど運がない場合を除けば40年から70年程度の執行猶予ってわけだな。おっけー、だいたい分かった」
こんなにも落ち着いて異世界転生を受け入れる者はなかなかいない。充分な説明が成されていないとか、前世からやり直させてくれとか、転生先に不満をぶつけられるとか、そういうことだらけだったから、ヘーラーも少々沈着さを取り戻しつつあった。
「だったら早く転生させてくれ。どんな世界でも、おれなら絶対結果を出せるからな」
「自信満々ですね……。チート能力は与えませんよ?」
「なんだよ、それ。チート? ゲームとかにあるヤツか。与えられなくても問題ないし、むしろ要らないと伝えておく」
「無双とかご興味ないのですか?」
「ねェよ。おれの前世洗わなかったのか?」
ヘーラーは大量の書類を手元に発現させる。そして、『ルーシ』についての情報へ目を通した。彼女は泡を吹いていてもオカシクないほど蒼い顔色で、仰向けに倒れるのだった。
「ほら見ろ。おれは21世紀最大の怪物だぞ?」
「自ら手を出し殺したヒトが21万人超えで、間接的だと5000万人……? どんな理由でこんな大量殺人をしたのですか!?」
「世界を変えたかったんだよ。数千万人死んででも、1000年続く平和を築きたかった」
寂しげな目つきで、ルーシはうつむいた。
ヘーラーは仰向けに倒れたことでぶつけた後頭部を撫でながら、それでもその遠くを見据える美青年に告げる。
「……。ヒトの世を変えようとする者は皆、決まって大量殺人鬼です。貴方もきっと、彼らと同じ考えを持っていたのでしょう」
「そうかもな。でも、もう終わったことさ。世の中は必定でしか動かず、数多の偶然はほとんどすべて無視される。あとすこし偶然を必定に変えられたら、おれが死ぬこともなかった」
そんな中、ルーシは空気を変えるように宣言する。
「だが、また暴れてやるよ。おれには、おれにしかできないことがあるはずだ」
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