お手伝い
さらっとした白い無数の雲の斑点が青い空に映えている。
私は美瑠の高校の学園祭に来ている。
昨日は美瑠と半日一緒に催しを見て周った。
そして今日も、私は美瑠と一緒にいる。
コーヒーや紅茶の匂い。
焼いたパンの香ばしい香り。
食欲をそそる匂いたちに包まれた調理実習室の一角。
「いいですね、倉科さん! 香坂先輩も、二人ともバリかわいい」
あまり人には見せたくないけれど、美瑠の頼みだから。
メイド服を着せられた私。
白と青のギンガムチェック柄で見た目はかわいい。
胸元や裾にあしらわれたフリルにエプロンがついていて。
カチューシャと白い刺繍のある網タイツ。
ふわりと広がるスカートの丈が。
私史上、一二を争う短さで……
ため息を誘う。
けれど。
美瑠の頼みだから。
それは昨日――
このメイド喫茶で休憩していた時だった。
欠員が出るって話になって。
その場にいた美瑠を含めた全員が私を見つめていた。
他校の生徒である私でいいのかと聞いたんだけど。
その場にいた顧問の先生まで、賛同してしまい――
今、この姿。
「ハイちょっとすました感じで……」
パシャ、パシャ。
カメラのシャッター音。
「美瑠、本当にこの画像、展示するだけだよね?」
「大丈夫。他に利用はしないから。大塚には誓約書、母印入りで書かせたし、万が一も考えて、伯父さんに頼んで公正証書にしてもらうから」
「ならいいけど」
人の目に触れるだけでも恥ずかしいのに。
写真を壁に飾るんだって。
美瑠の子分のような写真部の大塚くん。
てきぱきと写真を撮っている。
「いやー、二人ともかわいいな」
一人でカメラのディスプレイを見てニヤニヤしている大塚くん。
「一応、設定は守ってね」
美瑠が耳元で囁く。
「え? あれするの?」
「まあ、女優になったつもりでさ」
「そう言われてもさ」
「梨花、先週の学園祭でお嬢様役やってたじゃん」
「あれは劇でしょ?」
「倉科さん、かわいかったですよ」
話に割り込んできた大塚くんが、ノートパソコンのモニターを見せてきた。
「え? 撮ってたの?」
「ええ、香坂先輩に頼まれましたから、ハンバーガー二つで」
きりっと美瑠を見る。
「この子、上手なんだよ写真撮るの写真部だから。ほら、良く撮れてるでしょ? ちゃんとプリントしてもらって、おばさんにあげる約束してるから」
「いつの間に……」
「まあさ、これも劇みたいもんだよ、ヨージーセンターのケーキが三つも待ってるんだから」
「まあ、頑張る」
別にケーキにつられた訳じゃない。
美瑠の頼みだからなんだけど。
「あっ、僕も欲しいなケーキ」
「あんたは、もう契約済んだんだから」
「ちぇっ」
大塚くんはノートパソコンを片手に部屋の隅のテーブルに歩いて行った。
まあ、幸いなことに、美瑠しか知り合いがいないということ。
それが、唯一の救い。
”あれ”というのは。
「いらっしゃいませ」や「ありがとうございます」の言葉に。
いちいち身振りがつく。
笑顔と一緒に。
「梨花、よろしくね」
「はい」
私は目をつむって大きく息を吸い、カウンターの中へ。
私ともう一人。
美瑠のクラスメイトの笠原さんが、ここで簡単なドリンクやトースト、お菓子などの準備をする。
美瑠の少なからずの配慮。
ここにいたら。
そんなに声を発することもないし、目の前のお客さんと世間話を差し障りなくしとけばいいからって。
美瑠を含めた5人の女子がフロアで応対をする。
「じゃあ、喫茶メロメロマロン開店するよ」
水野さんが声を出す。
「はーい」
みんなで返事をする。
男女問わずお客さんが入ってくる。
生徒の家族や地域の人もいるはず。
私は、ぎゅっと手を握りしめた。
ここまできたら。
腹をくくるしかない。
店の外。
廊下に並ぶお客さんがでるほどの盛況。
顧問の宮崎先生が人員整理をしている。
緊張はしたけど。
お客さんとの会話も他愛のない話で済む。
そして。
みんなが、お世辞でもかわいいと言ってくれる。
それが。
気分を少し軽くしてくれたようだった。
何となく慣れてきて。
棚から食器を取っていると、
「じゃあ、ミルクティーとトースト。マロンケーキを二つ」
なんか聞いたことがある声が背中越しに聞こえる。
振り返ると――
「え!?」
「あっ!」
顔を見て、ハッとして両手で口を押さえて固まる私。
宮本くんも真ん丸の目と開かれた口をそのままに固まっていた。
急に知り合いがいて。
ぽーっと顔が火照って。
耳が熱い。
「倉科さん、知り合い?」
笠原さんが袖を引っ張る。
「え? ああ。同じ高校のクラスメイトの宮本翔くん」
「あ、どうもはじめまして、宮本です」
「初めまして、笠原美和です。いらっしゃいませ」
笠原さんは合わせた両手をほっぺに添えて小首を傾げる。
「ああ、どうも」
苦笑いの宮本くん。
つんつんと笠原さんの肘が私をつつく。
ああ……。
小さく息を吸って、
「いらっしゃいませ」
私も同じ仕草をする。
ビクッとして背筋を伸ばす宮本くん。
顔から火を噴きそうな私。
くるっと背を向けてトースターのスイッチを入れる。
「兄ちゃん、知り合いだったの?」
背中で声を聞いている。
「ああ、まあね」
「え? 宮本のお兄さんなの?」
笠原さんの声。
「俺、兄ちゃんと違ってバスケ苦手だし、一緒の明星じゃ、いろいろ比べられて家で面倒だから、こっち東城にしたんだ」
宮本くんに弟がいたんだ。
ていうか、もう一人の存在に気がつきさえもしなかった。
「ぺらぺらしゃべんな。いつも弟がお世話になってます」
「いいえ、宮本……ああ、ごめんなさい。えーと勉くん、絵が上手くてファンは多いですよ。でもビックリ、こんなかっこいい、お兄さんがいるなんて」
「え、いや、全然ですよ」
「兄ちゃん振られたもんな」
ドキッ!
として私の背筋が伸びる。
ジリジリとトースターの中は橙色に染まって。
パンの焼けるいい匂いが漏れてくる。
「おい、勉」
「あっ、兄ちゃんごめん」
「うそ、お兄さんを振る子がいるの? 信じられない。私なら……」
チン!
トースターが鳴いた。
あわあわしながら、震える指で掴んだバターナイフ。
トーストにバターを馴染ませていく。
気持ち塗りすぎてしまう私。
だって――
その振った子がここにいるもんね。
高1の時、宮本くんに告白されたけど。
私の中には――
彼一人しかいないから。
断ったんだ。
「お待たせしました」
上ずる声。
目を合わせられなくて。
そっと、お皿を置いて。
宮本くんが息を呑んで。
口が開きかけた気がして。
スッと。
ちょっと離れたシンクに立って食器を洗う私。
三人の笑い声が聞こえる。
手元に集中して洗い物をすすめる。
まさか、こんな格好を知り合いに見られるなんて。
さっきまでは、穏やかで楽しささえ感じ始めていたのに。
一気に心にどんよりとした空気が立ち込める。
「いらっしゃいませ」
美瑠の高くて元気な声。
両手を頬に添え、愛嬌を振りまいている。
すごいな美瑠は。
こういう催しも、全力で楽しんでいる。
私もあんな風に出来たらな。
「大丈夫ですか? 倉科さん」
大塚くんがグラス片手に立っていた。
「え? ああ、ちょっと疲れたかな、さすがに慣れないかな」
「まあ、知らない場所ですからね、気を張ってるんですよ」
「そうだね」
「ここの調理部のみんなは、そう、香坂先輩でもってるんですよ」
「どういうこと?」
「元々はみんな、このメイド喫茶には乗り気じゃなかったみたいで」
「そうなの? みんなのなり切りかたって、すごいなって想ったけど」
「シェフって、ほとんどのお店の場合、お客さんと顔を合わせる事はない。どうせ何かするんなら、ただ作った物を売ってるんじゃなくて、私たちが作った物をどんな顔をして、どんな話をしながら食べてくれるのか見て見ようよって」
「へー」
「おもてなしするなら、記念にかわいい格好しようって。メイド喫茶になったって」
「そうだったんだ」
「でも、ああみえて繊細だったりするでしょ香坂先輩」
「うん、そうだね」
「やっぱり」
「ん?」
「倉科さんだったんだ。香坂先輩の親友」
「どうして?」
「香坂先輩のこと繊細って分かってるのって少ないでしょ?」
「かもね」
まあ、見た目がきれいなのもあるし。
基本、明るいからそう見られることは少ないのかもしれない。
けど繊細じゃなきゃ、駿介くんの一挙手一投足や一言一言に過敏に反応したりしないから。
「梨花さんなら……聞いても、怒りませんか?」
「なあに、怒らないよ」
「実は今日、欠員出てないんですよ」
「え?」
「香坂先輩が親友と想い出を作りたいって、先生を拝み倒して」
「そんなの言ってくれればいいのに」
「ですよね、なんか、素直なのに素直じゃないとこあるんですよ」
「たしかに」
「でも、たぶん、倉科さんのためじゃないかなって?」
「私の?」
「きっとそうですよ、理由は分からないけど、そう思うんです」
「倉科さん。宮本さん達、お帰りよ」
笠原さんの声。
「はい」
私は大塚くんに、小さく会釈をしてその場を離れた。
大きく息を吸って。
口角を上げる。
「今日はご来店、ありがとうございました」
重ねた両手を顎の下に小首を傾げて微笑んだ。
少し引きつったかもしれないけど。
宮本くんはスッと白い歯を見せて、
「似合ってるよ倉科。バターたっぷりサービス、美味しかった。ありがとう」
爽やかな声を残して帰っていた。
「じゃあ」
小さく手を振って後をくっついていく弟くん。
ふーっと。
肩で息をする。
「いまのめっちゃかわいい。私もやろう」
笠原さんは私の仕草を真似て見せた。
「あ、笠原さんかわいい」
「ほんと?」
笑い声が咲く。
怒涛の時間もあっという間。
終わってみたら。
楽しかったし。
いい想い出になった。
「美瑠、水臭いな」
「え? なにがって……バレたか。あいつが喋ったなさては」
腕組みをして口を尖らせる美瑠。
「あいつ?」
「ああ、大塚って、言うの忘れてたけど、あいつ、駿の弟」
「え!? でも苗字が……あっ」
「そう。なんだって」
「駿はお父さんと、あいつはお母さんと」
「そうだったんだ」
「おしゃべりなとこは兄弟揃ってるんだから、いやんなっちゃうよね」
「まあ、いいじゃん。お陰で美瑠の気持ちを知れたもん」
「ああ。だってさ、正直に誘っても、梨花あんな格好してくれないでしょ?」
「まあ、確かに……でも今日楽しかったよ。かわいかったし、たくさんかわいい言われた」
「私も。じゃあさじゃあさ、今度、あの服着てさ、どっか遊びに行こうよ!」
「え!?」
「だって、街中なら知り合いにも会わないし」
いやいや、美瑠。
今日会ったんだよ私は。
自然と緩む頬。
でもね――
「いいかも。じゃあ、来週末どう?」
「え? 寒くない?」
「お揃いのコートあるじゃん。羽織ればなんとかなるよ」
「じゃあ、久々に梨花とデートだね」
私たちの遥か先まで。
二人の影が長く伸びて。
つないだ手には。
じんわり汗が滲んでいた。
お読み頂きありがとうございます。
感謝しています。




