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約束の木の下で ―欠片―  作者: ぽんこつ


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25/28

劇の中で

体育館の舞台の上。

スポットライトを浴びている私。

ひょんなことから、この劇の主役を担うことになった。

高校生活最後の文化祭。

演劇部から頼まれて書いた物語。

最初は断っていたけれど。

演劇部の部長の萩山くんが。

「うちは三年生の女子部員がいないし、書いた倉科さんに是非演じて欲しい」

そんな説得を受けて。

今ここにいる。


――窓の外に向かって独り呟く。

「私を救い出してくれる王子さまはどこにいるの」

「もう、美夏みなつはまた夢物語」

「そうよ、今をときめくIOCの御曹司。空人くうと様とご婚約されたのに」

友人たちは好き勝手言う。

いくら容姿端麗といっても。私より6歳年上で、有名女性との浮わついた話で世間を騒がしたりもしている。

私のこころの中には、彼の面影がずっとあるのに。

お父様もお母様も。

勝手に私の好きを奪ってしまう。

ううん。

私の好きは奪えないわ。


半年前――

私はお付きの者たちの目を盗み。

塾をさぼって街中に一人飛び出した。

どうしても食べたかったクレープを買うために。

それを手に公園のベンチで一人で味わっていた。

小さな子供たちがはしゃいでいて。

ブランコも滑り台も人気者。

みんなに囲まれて楽しそう。

おじいさんとおばあさんが手を繋いで散歩をしている。

しわしわな顔をほころばせて。

それこそ幸せそうに。

足元にお腹だけが白い、黒い小鳥が二羽。

ちょんちょんと飛び跳ねていた。

私の髪が風にほぐれて――

かさかさ。

園内の木々たちが葉を震わせる。

そんな様子をぼんやりと眺めていた。

私の知らない世界や時間がそこにはあって。

いつも私は部屋の中。

学校と家の往復。

いわゆる、お嬢様。

友人はいるけど、見栄の張り張り合いばかり。

唯一、お付きの久美さんが私の話し相手。

お付きといっても家政婦さんで。

私が小学校高学年の頃に家にやって来た。

トントン。

サッカーボールが転がってきた。

「お姉さん取ってー!」

視線を上げると男の子の集団が手を振っている。

息を吸って立ち上がると。

私はボールを拾い上げて、男の子達目がけて放り投げた。

「おねーさん、ありがとう!」

男の子達はボールを持って広場の方にかけていく。

「ありがとうだって」

あまり言われたことない言葉。

ううん。

言われた事はある。

でも、それは私がお嬢様だからの言葉。

今みたいに、私に向けられたありがとうって。

初めてかも。


そんなに時間はたっていないと思ったけど。

一時間も経っていた。

いけない。

もうすぐ塾が終わる時間。

ん?

何か視線を感じた。

斜向かいのベンチでスケッチブックを広げている男の子。

私はさりげなくその脇を通り過ぎながら、何を書いているのか気になったから――

「え?」

私?

「あ?」

慌ててスケッチブックを閉じる男の子。

「あの、私を描いていたの?」

「いや、別に」

「出来れば見せて欲しい、時間がないの」

「え?」

男の子はスケッチブックを開いて見せてくれた。

鉛筆で書かれた私の斜め前からの顔。

見上げた視線に、薄っすら微笑んでいる――

私がいた。

こんな顔してたんだ。

「もういい?」

「あ、うん、ありがとう。絵上手だね」

「そ、そうか?」

「うん。かわいく描いてくれてありがとう」

「いや、別に、そのまま描いただけ」

「いつもここで描いてるの?」

私は心臓が壊れそうな中、不思議と言葉が続く。

「大体今ぐらいの時間、毎日」

「そうなんだ」

ハッとして。

「ごめん、もう行かないといけなくて。ありがとう」

「あ、ああ」――


それから私は塾を抜け出して、彼に会いに行くようになった。

最初は離れたベンチに座って挨拶する程度だった。

ある時、彼の方から声を掛けてくれた。

「君の絵。出来たから見せてあげるよ」

「あ、うん、ありがとう」

そこにはあの鉛筆のイラストに色彩が添えられて。

「私こんなにきれいじゃないよ」

思わず口から出た言葉。

「ふーん。でも僕は見たままを描いている。それだけ」

「そう」

ページをめくると次の絵も私。

花を見て笑っている。

次のページも私。

小さい子供と話している。

次も――

「どうして?」

「君を描くかって?」

「うん」

「描きたいって想わせる。そんな表情だから。ここにいる君は眩しい」

「眩しい……」

「あんまり見掛けない子だから、この町の子じゃないんだろ?」

「え? ああ、うん」

「僕は、麻績兼人おみ かねと。夕陽坂高校の二年生。君は?」

「あ、えーと。中央女学園の花倉美夏はなくら みなつ同じ二年生」

「え? やっぱり本物のお嬢様じゃん」

「やっぱり?」

「あ、格好がさ、あんまり見ないから」

「ああ、そうなんだ」

「でも、お嬢様がこんな所で道草してていいの?」

「え? いいわけないよ」

「あ、ごめん」

「ううん。いいの。ありがとう麻績くん、そろそろ行くね」

「ああ、またね」


でも学校の成績が下がり始めて。

私が塾をさぼっているのがバレて。

家庭教師がついてしまった。

会えなくなって。

一週間。

私はお付きの久美さんに手紙を託した。

最初は合わせてくれるように頼んでみたけど。

無理だった。

わがまま言わないのって窘められた。

でも。

会いたくて。

会いたくて。

久美さんは渋々引き受けてくれた。

「期待はしないでくださいね」

そんな言葉と一緒に。


それから数日後。

久美さんが大きな封筒を私にくれた。

何も言わず。

笑顔を添えて。

ベッドサイドに腰掛けて、封筒の中身を引き抜いた。

額に入った私の絵。

鏡でも見た事のない微笑みを浮かべている。

便箋も入っていた。

『美夏さんへ。

君の事情を話してくれてありがとう。

僕に会うために塾をさぼるなんて、お転婆なお嬢様だね。

気に入ってくれるといいけど一緒にいれた絵。

僕の一番のお気に入りの君の絵だよ。

こんな風に笑ってる日々が美夏さんに、毎日訪れることを祈っています。

少なくとも僕はこんな素敵な笑顔をする子を知らない。

もし、また会えたら、絵を描かせてほしいな

麻績兼人』

便箋を抱きしめて。

もう一度。

絵を手に取った。

指先で描かれた私の顔をなぞる。

彼がのせた筆を感じながら。

こんな笑顔――

してるんだ。

あの公園での時間が。

昨日のことのようによみがえる。

会いたいよ。

でも――


コンコン。

ノックする音。

「はい」

「美夏」

「あ、お母様」

絵と手紙を掛け布団で隠す。

「どうしたの? 泣いていたの?」

「ううん」

「あなた、もしかして好きな人がいるの?」

「え? どうして?」

「どうしてって。お母さんだって女よ。勉強にも身が入らない。習い事も。そんな美夏初めてでしょ?」

「……」

「女はね、恋したら最後。本人しか想いは消化出来ない。でも、あなたには将来を約束された相手がいるのよ」

「はい」

「いい。今なら好きになった時の気持ちでお別れできるの」

「私には、出来ない」

「美夏?」

私はベッドに隠していた絵を見せる。

「見て、お母様」

母は訝しそうに手に取ると、目を見開いた。

「まあ、これ美夏じゃない。上手だわ」

「私、こんな顔して笑っていること、この家であった?」

押し黙る母。

「確かに良い顔だわ。でも想像で描いたのでしょ?」

「違う、私がこういう顔をしている所を描いてくれたの」

「そう。それが美夏の恋の相手なのね」

「あっ」

「こまやかな線。ここは力強くて、それでいて優しい」

「お母様……」

「婚約はお父様がお決めになったこと。どうかしら……」

「どうって?」

「覆せるかしら?」

「……」

「無理を承知で話してみる?」

こくんとうなずく私。


話をした所で何も変わらなかった。

お父様の会社の経営が厳しくて。

私が嫁ぐことによって。

相手からのお金の援助があるのですって。

結局。

月日が流れて。

私が高校を卒業した翌日。

正式に婚約相手との対面の日。

都内のホテルの大きな一室。

私は着物に身を包んで両親と一緒に席について待っていた。

彼への想いは消せないまま。

この日までに決まると想っていた覚悟もつかないまま。

流した涙も枯れないまま。

ガチャ。

扉の開く音がして。

うつむく私。

「美夏」

母の声に促されて。

ゆっくりと立ち上がる。

「ほら、美夏。自己紹介なさい」

「いいですよ」

え?

聞き覚えのある声がこころを射ぬいた。

「久し振りです。美夏さん」

顔を上げて。

視界に飛び込んできたのは。

兼人くん!?

どうして?

「驚いた顔も素敵です。事情を説明すると空人は僕の兄です」

「え?」

「美夏さんが、兄の婚約相手だと知って。その僕も麻績家の一員として向き合おうと想ってね」

白いスーツ姿の彼に、ただ、頬を赤らめて見つめている私。

「積もる話もあるだろうから、ここは若い二人に任せましょう」

彼の父親がそう告げて。

広い部屋の中で二人きりになった。

彼はゆっくりと私に歩み寄って。

「どこから話したらいいかな」

彼はそう言って。

椅子を引いて。

私に座るように促した。


「君のご両親から、兄との婚約解消の話が出てね」

「え……?」

「僕は弟だからか、母が好きなことをやらせてくれた。出来る限り普通の生活をしてみたかった」

「だから高校も夕陽坂にしたんだ」

「けど、君の気持ちを知って。僕も自分の気持ちに嘘をつきたくなくて。僕は君との結婚を申し出たってわけ」

「美夏さん。僕と結婚してくれますか」

こころの奥から込み上げてくる想いが溢れて。

声にならなくて。

震える頬を持ち上げて。

微笑みながらうなづいた。

膝の上で組んでいた手を彼の手が包んで。

「また、美夏さんを描かせてね」

優しい春のひだまりのような。

私のこころを照らす声だった。


すーっと。

スポットライトの明かりが消えて。

少しの静寂を運んで。

喝采が巻き起こっていた。

お読み頂きありがとうございます。

感謝しています。

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