のこすもの
中学生活もあと一月。
慣れ親しんだ校舎も。
もういなくなるのだと想うと。
少し寂しさがわく。
小学校の頃はそんな風に感じなかったのに。
どうしてなんだろう。
窓の外は鉛色の空。
今にも雨が降りだしそう。
もしかしたら雪が舞うかも。
昼休み。
トイレからの帰り。
「倉科さん」
クラスメイトの川田くんに廊下で呼び止められた。
「ん?」
川田くんは、頭をかきながら。
きれいに包装された箱を差し出した。
「これ、みんなに渡してるんだ」
「ん? そうなの?」
「ほら、中学最後だし、なんか思い出になったらって」
「ふーん」
「お返しとか、いらないから」
「分かった。ありがとう」
私が箱を受け取ると。
「じゃあ」
片手を上げて、教室に入って行った。
私も後に続くと。
川田くんは、クラスメイトに同じような箱を渡していた。
私は席に腰掛けて。
包みを解いてみた。
中には市販のクッキーとメッセージカードが入っていた。
『倉科梨花さんへ』
フルネームで書いてあるのが。
真面目な川田くんらしくて。
微笑みがこぼれる。
『文化祭の演劇で、共演したことは、僕にとって中学生活の一番の最高の思い出になりました。ありがとう。高校は別々だけどお互い頑張ろう 川田広樹』
ああ。
文化祭で川田くんと遠距離恋愛のカップルを演じた。
とはいっても。
互いの手紙のやり取りを朗読するだけ。
今風にメッセージでもいいかなって想ったけど。
すぐに返事が出来ちゃうより。
出来ない時間の想いが、文面に出た時に。
こころに届くのかなって。
原作は、川田くんが読んでいた、昭和の頃を舞台にした恋愛小説。
それを、川田くんと沖田さん、国村さんと私の四人で脚色をした。
その作業が案外面白くて。
女の子の手紙は全部私が書いた。
そのお陰で、舞台に上がることになっちゃったけど。
今となってはいい想い出。
私はそれを鞄にしまって。
教科書を出そうと机の中に手を入れた。
ん?
指先に何かが当たった。
髪を耳にかけながら。
覗き込んでみる。
また、包装された箱。
引き抜いて。
開けてみる。
市販のキャンディだった。
そうか。
今日はバレンタインか。
登校する時、美瑠が手作りのチョコをくれた。
んー。
誰だろ。
「高橋、これやるよ」
クラスの人気者。
陽気な増内くんの声。
前の席の高橋さんに、紙袋から出した箱を渡していた。
くっと私の方を見て。
片頬を上げる。
「おう、倉科、お前にはこれをやる」
「ありがとう」
差し出された小さな紙袋を受け取る。
「お前は、ミニスカが似合うから小さいやつな」
増内くんは、両手でスカートの形を象る。
「はいはい。どういう風の吹き回し?」
「いや、俺には誰もくれないだろうから、俺から配ろって思っただけだよ」
「そっか」
「ああ、それからお返しはいらないからな」
「うん、分かった」
お母さんのミニスカートを履いた姿を見られて以降。
ずっとそう言って私を茶化す。
最初は恥ずかしかったけど。
俺もミニスカ似合うんだぜって。
お姉さんのスカートを履いて。
みんなを驚かせていた。
そうやって誰かをいじったり。
自分をネタにして。
クラスの雰囲気を明るくしてくれる。
「中、見てもいい?」
「お、おう」
増内くんは、片手を上げた。
私が紙袋の中の小さなグミを見て笑っていると。
増内くんは後ろの席の沖田さんに声をかけていた。
みんな、卒業して離れ離れになるのが、どこか名残惜しいのかも。
でも。
このキャンディは誰だろ?
――放課後。
さっき降り始めたのに。
校庭を真っ白に染め上げた雪。
ゆらりふらりと視界の中は雪だらけ。
昇降口で立ち往生している生徒もいたけど。
私はその中に踏み出した。
しゃり、しゃり……
踏まれた雪が鳴く。
「冷たっ」
睫毛に落ちた雪が冷たさを運ぶ。
そっと指で拭う。
耳を澄ませば。
地面に落ち積もる雪の音が聞こえそう。
ざっ、ざっ……
静けさを破る足音が近づいてきて。
私は傘の中。
「あ、真田くん」
「良かったら、近くまで送ってくよ」
「うーん。でもいいかな。雪の中を歩きたいの」
「ふーん」
真田くんは宙を見つめながら。
首をかしげた。
「じゃあね」
私は小さく手を振って歩き出す。
すぐに隣に気配が並ぶ。
「近くまで送るよ」
真田くんは傘を畳んでいた。
「え? 真田くんの家、私の家と反対方向でしょ?」
「まっ、そうだけど」
小気味良い感触と音が足元から伝わる。
そして校門を抜ける。
「じゃあね。真田くん」
「……ああ、じゃあまた」
私は真田くんに手を振って歩き出す。
まっさらな白の世界で。
唇を噛みしめる。
まだ、誰も踏んでいない一面の雪に。
私の足跡を残していく。
お読み頂きありがとうございます。
感謝しています。




