目的なんかなくても
宇宙まで突き抜けたような蒼い空。
鮮やかに深く紅に染まった楓の葉。
ぬくもりを連れてきた光を受けては跳ね返して。
自転車が作り出す風が。
髪とスカートを翻す。
何の目的もなく。
ペダルを漕いでいる。
路地が多いから。
スピードは出せない。
あの時。
自転車の荷台で感じた爽快さには及ばないけど。
こんなことを想った。
当時、五年生といえ。
彼は私を乗せた自転車を軽々と漕いでいた。
しかも、楽しそうに。
信号が赤だから。
ブレーキをかける。
そう言えば、島にはあまり信号がなかったように想う。
目の前を通り過ぎていく多くの車たち。
ピポ、ピポ……
青信号。
ペダルに足を乗せて踏み込む。
そうだ。
ふと想い立って。
横断歩道を渡って。
自転車の向きを変えた――
――自転車を押しながら。
土手の坂道をのぼる。
少し汗をかいてきて。
そよぐ風も強い。
「はーっ」
上りきる頃には息があがっていた。
片手を胸に深呼吸をする。
土手の上を伸びる道には。
ジョギングをする人。
サイクリングをする人。
カキーン――
河川敷では野球を楽しむ人たち。
サドルに跨がって。
よし。
ペダルに足を乗せる。
ハンドルを握る手にわいた汗を握り締める。
そして。
河川敷へと続く長い坂を下る。
徐々にスピードがあがって。
髪がなびいて。
捲れあがるスカート。
でも。
ハンドルから手が離せなくて。
なすがまま。
でも。
似ていたから。
どうでもよくて。
お尻に伝う。
小刻みに震えるサドルの振動も。
髪をくすぐる風も。
笑顔を作り出す。
そう。
自転車の荷台に乗っていたあの時と。
下りきった所で。
小学生くらいの男の子たちがポカーンと私を見ていた。
少しの恥じらいさえ忘れて。
その勢いのまま。
河川敷の道を進む。
漕いでいないのに。
鼓動は早く高く強く。
過ぎ行く景色は違うけど。
面持ちや心地よさは――
――やがて。
緩む風の中。
冷めた頬に。
ぬくもりを運ぶ陽光が私を包み込む。
広がる草の匂いの中に海の香りが混じっている。
ような気がした。
醤油ソフトクリーム……
食べたいなぁ。
そんなことがよぎって。
噛んだ唇に髪が引っ付いていた。
ブレーキをかけて。
ショルダーバッグの中からスマホを取り出した。
そのケースの中のパウチを引き抜く。
白い花びらが微笑みかけていた。
「そうだ」
私はパウチをそっとケースにしまい。
スマホをバッグに押し込んだ。
ハンドルの向きを変えて。
芝生の上を走る。
ガタガタと揺れを伴って。
川縁へと漕いでいく。
水面は紺碧。
跳ねる光さえ吸い込んでしまっているようだった。
意外に流れは速やかで。
ぽちゃ、ぽちゃん。
岸に戯れる水の音はかわいらしかった。
自転車を止めて。
足元を見渡す。
「んー」
目当てのものは見当たらなくて。
髪を耳にかけながら。
地面をかがんで覗き込む。
土に埋もれていた小石が目に入る。
しゃがんでそれをつまみ上げた。
平べったい角が丸みを帯びた石。
ちょうどいい感じ。
ぐっと握り締めて立ち上がる。
ぴょんと小石を宙に浮かせて。
また、握り締める。
胸の前で、その手を包み込む。
小さく息を吐いて。
川に向かって。
小石を投げた。
ぴょん。
ぴょん。
ぴょん……
しぶきをあげながら。
水面を跳ねて。
波紋を作って。
――ぽちゃん。
あの頃より。
少し遠い場所で音がした。
パンパンと両手をはたく。
そうか。
空だけじゃないんだ。
繋がってるの。
この川を下れば海だもんね。
まぶたの裏には凪いだ水面が。
耳の奥にはさざめく波が。
鼻先には淡い潮の香りが。
いつでも。
呼び起こせてしまう。
二人で潜った透き通る海中のぬくもりさえも。
お読み頂きありがとうございます。
感謝しています。




