凪いだ海の底
リビングのソファにもたれながら、膝を抱えて丸くなっている私。
視線の先、テレビのニュースでは年末の帰省ラッシュの映像が流れている。
ふと、わき上がった疑問。
隣で雑誌を読んでいる、お母さんに投げ掛けてみた。
「ねえ? お母さんは、夕凪島に帰りたいって、想わないの?」
「急になぁに?」
「え、ああ、なんか読んでいた本で、主人公が故郷に帰って、学生時代の友人とかと会って、楽しそうだったから」
お母さんは、すっと口角を上げた。
「ありがとう、梨花。そうだね、帰りたくないって言ったら嘘になるかな」
「我慢してるの? 寂しくないの?」
「それは違うな。誰しもがみんな故郷にいい想い出ばかりを抱いている訳じゃないからね。辛い想い出がある人もいるからね」
「そうなんだ……」
お母さんも?
って、さすがに聞けなかった。
「例えば、お母さんの友達は、島を出て東京や大阪にいるし、おばあちゃんが居なくなって、今は帰りたいって気持ちは少ないかな」
「友達も島を出たんだ」
「そうね、人それぞれだから分からないけど、一度は都会に憧れは抱くんじゃないかな。田舎の子は」
「ふーん」
お母さんは、顔を突き出して、私を見た。
「それにね、帰りたいって想わなくなった。というより、今が幸せだからかな」
「どういうこと?」
「お父さんと結婚して、梨花が生まれてくれて、一緒に過ごしている毎日がお母さんの宝物だから」
ハッとして、胸に手を添えていた私。
「宝物……」
「そう。だから、お母さんは寂しくないし、幸せって想ってる」
私の鼻をそっとつまんだお母さん。
細い指先だけど、どこか逞しい。
また、ふらっと、あぶくがぶくぶくとわく私。
少しはにかんで、お母さんを見た。
「お母さん一つ聞いてもいい?」
「いいわよ」
「お父さんと、その、どうやって出会ったの? どうやって好きになったの?」
お母さんは、見開いた目を、すぐに細めて。
ニヤニヤと私を見つめる。
「あら? ひょっとして、好きな子でも出来たの?」
「ひえっ!? ううん、ち、違うよ。そのお母さんが幸せって言うから、その、聞いてみたくなっただけ」
伏し目がちに、トレーナーの胸元を握る私。
だって、顔が熱いから。
やけに、せわしくなる鼓動。
お母さんは、腕を組んで斜め上の空間を見つめてた。
「お父さんと出会ったのは、お母さんが18歳の時。東京の大学に通うのに、引っ越しするでしょ?」
「うん」
「その時、引っ越し屋さんのアルバイトをしてたのがお父さん」
「え?」
「世の中、どこに縁が転がってるか分からないものね」
「それで?」
「その時は、何にもなかったんだけど、それから大学生活が始まったある日、近所のスーパーで再会して、お父さんの方が声をかけてくれたんだけど」
「うん、それから」
「で、お父さんも近所に住んでたんだ。でね、後で聞いた話なんだけど」
「だめ、ちゃんと順番に聞かせて」
「あら、そう? え~とね。その時にお茶したんだ。たぶん、お母さんのこころのどこかで、何か感じるものがあったのかもね」
「ナンパされたの?」
「まあそうなるかな、でもお母さんだって、ちゃんと人を選ぶし、断らなかったのは、何か気になっていたんだろうね」
「そっか、そうだよね」
「でね、その時に自己紹介して。お父さんが2つ年上で、4月から社会人として働き始めたって知ったの」
「ふーん」
「その時に連絡先を交換して……」
お母さんは話の途中で。
口に手を当てて笑い出す。
「どうしたの?」
「ごめん。想い出したらおかしくて。だってね、その日から毎日メールが来るの、お父さんから」
「え?」
「それで、何回か会って、デートもしたよ」
遠い目をしたお母さん。
その微笑みの先には、想い出の中のお父さんがいるのかなって。
「それから? どうなったの?」
「それから、半年経った10月10日、好きです付き合って下さいって、指輪をくれたの」
「え? 付き合うのに?」
「面白いでしょ? お父さん。でもね、真剣なんだって。そう想ったなお母さんは」
「どうして?」
「家が近所っていうのを差し置いても、会った時は必ず家まで送ってくれたんだよお父さん。他にもあるけど、大切にしてくれてるなって想ってたから」
「そうなんだ」
「でもね、指輪なんていらないのにって想ったよ。当時は知らなかったけど、お父さんのお給料そんなに高くなかったみたいだから」
「そっか」
「その事を随分経ってから聞いたんだけど、俺は色恋ごとはよく分からないから、自分が出来る精一杯の誠意の形だったんだって」
「誠意の形……」
「でもね、お父さんは、変わらなかったよ。付き合い出しても、一生懸命だったお母さんに。もちろんお母さんもだよ」
「うん、分かる気がする」
お父さんとお母さんの仲の良さは、昔から変わらないんだ。
「だから、どうして好きになったのって、気づいたら好きだった」
「気づいたら……」
「そう。お父さんの言葉や行動が、お母さんに向けられた愛だって想えた、気づけたからかもね」
「言葉や行動……」
「でね、スーパーで再会したでしょ?」
「え? あ、うん」
「あれね、偶然じゃなくて、必然だったのよ」
「え……?」
「お父さん、お母さんの後をつけてたの。ほら、お母さんの家はお父さん知ってるでしょ?」
「うん」
「お母さんに一目惚れだったんだって」
「えー……」
「びっくりでしょ? さすがに家に押しかけたら、お母さんに引かれるかなって、スーパーの再会になったの」
「そうなんだ」
膝に顎をのせて。
足をぐっと抱き抱えた。
私の頭をそっと撫でたお母さん。
「聞かせてくれて、ありがとう」
「梨花も素敵な出会いがあったらいいね」
お母さんは、お茶目に舌を出して顔を綻ばせた。
そして、ピクッて眉を動かした。
「あらやだ、もうこんな時間。晩御飯作らなきゃ。梨花手伝って」
立ち上がってキッチンに向かうお母さん。
「うん」
私はこころの中のさざ波を噛み締めていた。
今が幸せって話すお母さん。
お父さんとの馴れ初めも。
言葉や行動が愛だと感じれたって。
彼は――
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