いちばん。
もうすぐ小学生最後の夏休み。
この一年間。
待ち遠しくて、仕方なかったんだ。
お昼ごはんの後片付けをお母さんとしていて。
夏休みの話題になった。
お母さんが、
「梨花はどこか行きたいとこある?」
そう聞いてきた。
私が迷わず。
「夕凪島に行きたい」
って、答えた。
お母さんは、洗い物の手を止めて、私を見た。
「うーん、ちょっと夕凪島は難しいかな」
苦笑いを浮かべて。
お皿を手に取った。
「どうして? 毎年行ってたのに、夕凪島行かないの?」
淡く膨らんでいた期待がしぼんでいく。
「だって、おばあちゃん亡くなったし、ホテル代だってかかるし」
首を傾げるお母さん。
「でも、行きたいの」
「そうね……」
「いやだ。絶対行きたいの」
珍しく声を荒げる私。
そんな私をお母さんは、目をパチパチさせて見つめていた。
「じゃあいいよ……」
私は嘘をついた。
こころに。
本当は行きたいのに。
行きたくてたまらないのに。
「なんで、そんなに行きたいの? 理由を聞かせて梨花」
「……行きたいから、行きたいじゃダメなの?」
「梨花? どうしたの?」
「行きたいの……」
「そっか。ごめんね。マンション買ったからちょっとね旅行は難しいんだ」
黙っている私。
昨年の暮れに、お母さんの実家。
夕凪島に住んでいた、おばあちゃんが亡くなった。
だけど。
今年の夏休みも夕凪島に行けるんだって想ってたから。
夕凪島に行けたらーー
私がこだわる理由はただ一つ。
去年の夏休みに訪れた夕凪島。
そこで出逢った彼に会いたくて。
たった5日間のわずかな時間。
一緒に過ごして。
色んな所に連れていってくれて。
たくさん笑い合って。
私にとってかけがえのない出来事。
彼にもらったたくさんの大切な想い出たち。
巻き貝も。
クマのぬいぐるみも。
日日草も。
ちゃんと大事にそばにいる。
そしてーー
二人だけの秘密。
10年後。
20歳になったら、再会を約束したんだ。
でも。
今年は行けないんだって。
そう、分かってしまったら。
哀しくて。
辛くて。
無性にさみしくて。
唇をぎゅって結んで。
両手を胸に重ねて。
こらえたはずなのに。
涙が出てきて。
肩を抱きしめていた。
「梨花……」
お母さんは、タオルで手を拭くと。
両手を広げて私を包み込んだ。
温かいぬくもり。
家の洗剤とシャンプーの混ざったお母さんの匂い。
「代わりにさ、梨花の好きな『ビスケットの中』のケーキ買いに行こう。特別に3つ選んでいいから。だから許してくれるかな」
私の髪をそっと撫でながら。
優しく囁くお母さん。
困らせたのは、私なのに。
「ごめんなさい、わがまま言って……」
お母さんにしがみつく私。
「ううん。でもお母さん、ちょっと嬉しかったな。梨花がちゃんと意思を持っててくれて」
「……どういうこと?」
「梨花が、あそこまでむきになることってないから」
お母さんは、抱擁を解くと、私の両肩を掴んで、目の前で笑って見せた。
「ケーキ買いに行こうか」
「あ、あのね、ケーキはいらないから、一番星が見たい」
「え?」
「見たいの……」
少しうつむいて。
伏し目がちにお母さんを見た。
お母さんは、丸くした目を細めて。
私の鼻をつまむ。
「よし、じゃあ、今日の夕方見に行こう」
「え? 見えるの?」
こころの中の、記憶の星が瞬いた。
「見えるよ」
私の頭を撫でながら、顔を近づけて微笑むお母さん。
私は、ぎゅってしがみついた。
「ありがとう。お母さん」
本当は行きたい。
会いたい。
でも、少しでも。
ほんの少しでも。
彼との想いを。
願いを。
過ごした時間を感じてみたかったんだ。
ーーその日の夕方。
お母さんに連れられて来たのは、近所を流れる荒川の土手だった。
夏の入口の気配のする生ぬるい風が、私とお母さんの髪を追い越していく。
つないでいる手はお母さんだけど。
どこか雰囲気は似ていて。
「ほら、梨花。あそこだよ」
少し屈んで、私に目線を合わせたお母さんが、つんつんと指を指した先。
あの日のように、空を彩る、赤、黄色、紫、そして、群青の中に。
まばゆく光を放つ星が一つ。
「見つけた……」
片手でTシャツの胸元を握りしめた。
その一点を見つめながら。
こころに問いかける。
元気にしてますか?
今、見ているよ。
教えてくれた一番星。
島でも見えてますか?
シンくんーー
微かにゆれる白い光は、私の瞳の奥の、そのまた奥。
あの想い出たちをキラキラと照らしていた。
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