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政略結婚ものがたり

政略結婚のわたくし

作者: MOKONO

ちょっと息抜きで書いた初の短編です。

初の恋愛ものにもなります。

よろしくお願いいたします。

本日、わたくしセラフィーナは王命により結婚を致しました。


お相手となるのは、今はポーヂルット公爵家に婿入りはしてはいますが、現国王を兄に持つ王弟殿下となる方のご子息さま・・・つまり国王の甥っ子にあたるポーヂルット公爵家のエバネスさまとの結婚。


彼、エバネスさまは、公爵家の嫡男とした資質は勿論、逞しい体躯に麗しいお顔立ちも相まって、それはそれはご令嬢のみならず、ご婦人方にも絶大な人気を得ておられた素敵な青年で、結婚相手とした市場でも、この国の王子さまであるアルフィオさまよりも人気は上であると言われていたくらいでした。


そんなエバネスさまとわたくしが結婚出来るだなんて、今、この時をしても夢ではないかと思えるくらい。この結婚は奇跡の連続であると思います。


そう、わたくしセラフィーナは、本来ならばエバネスさまではなく、アルフィオさまへと嫁ぐことが決まっていたからであります。


きっとそれは、エバネスさまもそう思われていらっしゃったと思います。


いえ、もしかしたら、今も、彼はこの結婚にはご納得がいかずにいらっしゃるのかもしれません・・・


だから・・・たぶん・・・それだから・・・彼は、まだ、この初夜を迎える為に屋敷の者たちが用意した夫婦の寝室へといらっしゃらないのかもしれない。


セラフィーナは、そんなことを思いながら室内にある大きなベットをソファに腰かけながら見つめていた。


「エバネスさま・・・」


少ない蠟燭の火だけが頼りとなる薄暗い寝室はやけに静かで、先程まであったセラフィーナに纏っていた高揚感までもが嘘のようにかき消えていたのである。


物音ひとつない部屋で、夫を待つセラフィーナ。


時間が経つに連れて、気持ちは下降するばかり。


彼も、自分も思い合っての結婚ではなかった。


いえ、彼はそうかもしれないが、自分は、本当は・・・慕っていた。


だから、彼と結婚出来るとなって嬉しかった。


そう、出会った頃からずっと、彼はわたくしの王子さまでした。


エバネスさまとの出会いは、幼少期。


我が国のたった一人の王子さまとの交流を目的とした集まりがあったあの日に遡ります。


王子アルフィオさまの側近候補や婚約者候補を選出していく過程での交流会。


それにわたくしセラフィーナも、我がエディリオス公爵家の娘として招待され、アルフィオさまの婚約者候補筆頭として参加しておりました。


その集まりに、勿論、従弟とした位置づけでエバネスさまもご参加されており、会場内はそれはそれは賑やかなものとなっていました。


子ども同士の交流とはいえ、皆、家名を背負い挑んでやってきたこともあり、王子アルフィオの元に子たちは群がり、少しでも印象を残せるようにと皆が関心を引こうと躍起になっていた。

そんな輪に、婚約者筆頭となるセラフィーナも入り込み、アルフィオの傍を離れずに移動していたのだった。


一方、エバネスの方も、彼を中心に人の輪が出来ており、時折、その輪では笑い声まで上がっており、アルフィオの周辺とは違い楽し気な雰囲気が見られている。


そんな楽し気なエバネスたちが気になるのは、アルフィオに群がる子達も同じで、時折上がる笑い声に気持ちが揺らめいてしまっていたのである。


勿論、それはセラフィーナも同じで、自分に課せられた使命はわかりながらも、どうしてもエバネスの方へと目を向けてしまっていた。


楽しそうに話をする子たち、その中で一層、朗らかに微笑む天使のような少年がいる。


セラフィーナは、何度となくその少年を盗み見をしては、アルフィオの方へと向き直る。自然な振る舞いをしていると思うのと、多くの者たちの中にある自分の少しの行動に、アルフィオが気付くことはないとセラフィーナは思っていた。


だが、その行動は、当然、アルフィオにも気づかれており、それに、アルフィオは元々この交流自体に興味もなかったこともあったところに、セラフィーナを含めた者たちの不快な行動に苛立ち、益々、この場の雰囲気を悪くしたのであった。


「ああ、もういいよな。部屋に戻るぞ」


そう言って、この国の王子は自分主催の交流会を中座して場を離れたのであった。


「えっ?」


「あっ!」


誰もが驚き、肝心の王子を引き留めれずに途方に暮れる。


急にメインどころを失った会場は大きく動揺し、大人たちも右往左往している。


そんな状態を見たエバネスは、肩を竦めた後、ふうーっと息を吐き出した。


「皆、アルフィオは公務や鍛錬と毎日忙しいから、疲れたんだと思うよ。今日は申し訳ないけど、このまま部屋で休むことを許してやってくれないかな?」


エバネスは、天使のような顔立ちに優しい笑顔を見せて、アルフィオの傍を侍っていた子どもたちへと弁明を述べたのである。


その姿は、その会場にいた子どものみならず大人たちにも伝わり、皆がエバネスの虜になったのであった。


それは、セラフィーナも同様で、すっかり彼の魅力に囚われてしまったのである。


だが、悲しきかなセラフィーナには、この淡い恋心に蓋をしなければならない運命があった。


それは、16歳の誕生日を迎えてから数か月後のこと、王城より使者が訪れ、父であるエディリオス公爵が王城へと招集させられたのである。


そして、帰宅したエディリオス公爵より聞かされたのが、あのアルフィオ王子との婚約・・・ではなく、婚約者候補に正式に決定したというものであった。


そう、婚約者の候補になったのである。


婚約者候補、それは高位貴族の家、数家から選りすぐりの令嬢の名が挙がったという。


どの令嬢も、例の交流会に出席されていた方で、セラフィーナと同じく、アルフィオの傍を付いて回っていた方たちであった。


あの後、王子と交流があったかは耳にはしていないが、どこもセラフィーナと同じくらいの年齢であることから、これから社交界へとデビューする者たちなので、これまでこれといった交流がなかったのであろう。


そう、交流がないからして、候補者が複数名存在しているのだと、セラフィーナは思った。


まあ、婚約者の方は、今回のことからして動きがなく、候補者選定どまりとなったが、王子の側近については、あの交流から早々に決まったようであった。


というよりも、こちらは王子誕生からすぐに選び抜かれた子息が、あの交流以前から顔を合わせていたのである。


よく思い起こせば、あの交流の日に、王子の横にはピッタリと子息が傍を離れずにいたような気もする。しかも、退席時にはその行動を宥めることなく、共に消えたような輩がいた・・・


だからだったのか、あの日のアルフィオは、もう側近は決まっているのに、今更!的なものがあったのかで、途中で退席したのかと思い直す・・・が、でも、あれは良くないのではないかとも改めて思ってしまう。


そんなアルフィオさまとの婚約・・・候補だけど、先行きが不安でもあるが、自分は公爵家の生まれなのだから、腹を括るしかない。そんな思いで、父からの話に頷き、「此度、婚約者候補に選出して頂いた名誉に恥じぬように、また、候補の立場を外れ、正式な婚約者となれますように尽力致します」と言葉にし、淑女の礼をとったのであった。


そうこの日から、セラフィーナのアルフィオ王子の婚約者候補としての日々が始まったのである。


婚約者ではなく、まだ、候補とはいえ、王子妃としての学習も兼ねていくことになり、セラフィーナたちは王城にてお勉強の日々が始まった。


婚約者ではなくとも学ぶことは多く、また、当たり前だが、普通の貴族令嬢の教育よりも難易度も高い。


初日から根を上げる令嬢もいたりもした。


だが、公爵令嬢たるもの、根を上げてはなるものかと歯を食いしばり、セラフィーナは王子妃教育を熟していくのであった。


そして、その授業の合間には、王子であるアルフィオさまとの交流も組み込まれることに・・・


初めは、緊張して言葉を一つ出すだけでも、戸惑いはしたが、少しでもアルフィオさまに好意を抱いて貰おうと、それはそれは努力を重ねた。


だが、それが、どうしてか回を重ねるごとに会話が続かず、重たい空気だけが二人の間に流れてしまい、最近では、王子さまは交流の時間になると側近を寄こす始末。


「あの・・・殿下は、所用が出来まして、本日は欠席なさることとなりまして・・・」


「・・・」


アルフィオの命で寄こされた側近は、ハンカチで額の汗を拭い、返事を返さないセラフィーナの姿をただ一身に見つめている。


その視線にも微動だにせずに、セラフィーナはゆっくりと微笑んでみせた。


(出来るならば、王城に向かう前に使者を寄こしなさいよ!)とは言えず・・・


「まあ、殿下もお忙しいのですわね。わたくしは、王城にある温室で蘭の花でも見て帰りますわ」


そのセラフィーナの言葉に、側近は心底胸を撫でおろしたようで、その勢いのまま、セラフィーナが待っていた部屋から退室したのである。


セラフィーナはその後ろ姿を、微笑みを携えた顔のまま見送っていた。


今日もまたやられた・・・


アルフィオとの交流、ここ4回ほど、この様な状態にある。


婚約者候補となって、はや1年が過ぎた。


最近は、アルフィオと顔を合わせたのはいつだったことかと、思案するが、思い起こせないくらいに日にちが遠い・・・


婚約者候補となった当初は、夜会でも話をしたり、時には、候補者たちとダンスをする機会もあり、セラフィーナもアルフィオとダンスもした。


公爵令嬢であるセラフィーナは、令嬢の中でも麗しいと言われており、アルフィオも王子さま補整を抜いても美しい顔立ちであるので、そんな二人がダンスを踊った際は、それはそれは皆の視線を集めて、誰もが躍る二人を見てうっとりとするくらいに輝いていたのである。


しかし、それも候補の発表を受けた当初の話。


麗しい二人ではあるが、余り並ぶこともなく過ごすことが目立つ今日。


それは、他の候補である令嬢たちにも見受けられたことであったので、セラフィーナにとっても、少しばかり気持ちを落ち着かせたのである。


でも、事態は好転はしないで、溝が深まるばかり。


大勢集う夜会などは、他の候補者たちもおり、自分への態度が際立つこともないが、このように、個人で催されたお茶の席で顔を出さないことが続くとなれば、もう、先は見えている。


『候補者の辞退』


頭には過るが、なかなか行動に移せないのが立場あるが故のこと。


何度か、父であるエディリオス公爵には報告と称して、アルフィオとの進捗を説明し、恥ずかしながら、これ以上の進展が見込めないことも伝えた。

そして、父の方もそれを受けて王城へ赴き、「相談」をしたのではあるが・・・


陛下から返ってきたのは、「筆頭公爵家に辞退されては困る」という話だった。


そう、セラフィーナ以外からも、「相談」がされているらしく。筆頭公爵家に辞退されては、その勢いのまま、他家からも雪崩式に辞退が続くことが予想されるので、父であるエディリオス公爵の「相談」は取り合わぬ形となったのである。


それを聞いたセラフィーナは美しい顔に暗い陰を差したのであった。


その沈み具合は当たり前である。


麗しい令嬢の花盛りのこの時を、先行きのないアルフィオとの婚約者候補に縛られてしまうのだから。


「本当に・・・」


本来ならアルフィオとの交流にと齎された王城にある部屋で、冷めた紅茶を一口飲んでから、セラフィーナはゆっくりと立ち上がったのである。


「馬車を呼んで下さいまし」


部屋を辞する時に、そう使用人へと声を掛けてから廊下へと出た。


馬車待ちの時間をどうするかと思いめぐらせ、アルフィオの側近へ向けて言った言葉通りに、温室に立ち寄り蘭の花でも見て行こうかと悩みながら歩んでいると、進行方向から供を連れた青年の姿が見受けられた。


(あれは?)


行く手先に見えるは、セラフィーナの婚約者候補となるアルフィオの従弟であるエバネスであった。


幼少期に見た美しい天使は、あれから顔の造形が変わる事もなく美しい彫像のような男性へと成長していたのである。


そんなエバネスは、群を抜いてのモテっぷりで、夜会などでは常に女性に囲まれていたりで、セラフィーナのような立場となれば、なかなか正面きって顔を伺うタイミングさえない。


おまけに、女性だけではなく、男性陣にも気さくなところがある為、彼のモテっぷりは凄まじいものがある。


それなのに、エバネスは軟派なところもなく、親密な女性もいないようで、それがまた彼の魅力を高めてしまっているらしい。


まあ、特定の女性がいないのは、アルフィオ殿下にもいえるのだが、こちらは、多数の婚約者候補を擁していながら、なかなか絞り切れていない現状が、これが逆に、彼の人気にも影響しているようで、従弟のエバネスとの差は歴然であった。


そんなエバネスを正面に視界へと捉えたセラフィーナは、すっと端へと身を寄せて、エバネスの進行を妨げないようにと対応を行う。それには、付き添いで訪れていた侍女も倣い、エバネスたちが過ぎ去るのを待っていると。


静かな足音と共に、穏やかな話声が届いて来た。


二人の側近を従えたエバネスが朗らかな笑みを浮かべながら、セラフィーナたちの前を横切っていく。


その際、セラフィーナは淑女の礼をとり、エバネスの顔を見ることなく頭を下げている。本来なら、同じ公爵位の子息令嬢であるので、セラフィーナのような行動まではすることはないのだが、ただ、エバネスの方は、父は王弟でもある上、彼自身も王位継承権を持つことから、セラフィーナとの立場は大きく変わる為、セラフィーナの行動には納得のものであった。


これまで、挨拶は交わしたことはあったが、セラフィーナとエバネスは特に話をしたことはなかった。


同じ爵位であっても世間が思う程の交流はなく、まして、片や王子さまの婚約者候補である身。そして、エバネスも王位継承権を持つ立場、良からぬ噂があってはと周囲も気を遣い、交流は持たれる事もなく今日に至る。


なので、この往来の場でも彼はセラフィーナに目も向けずに立ち去るとばかり思っていたのであるが、そんなセラフィーナの思い込みは簡単に消えたのであった。


「エディリオス公爵令嬢・・・」


徐に自分の名がエバネスさまから告げられて、セラフィーナは驚き、一瞬、顔を上げそうになった、だが、そこは、王子妃教育の賜物、瞬時に、その行為は留められたのである。


こっそり褒めたいくらいに、セラフィーナは日頃の成果を確信した。


まあ、それは良いとして、だ。何故、わたくしは、エバネスさまに名を呼ばれたのかと、再び動悸が逸る。


「もしかして、今日はアルフィオとお茶会の日でしたか?」


続けざまに投げかけられたエバネスの言葉に、更なる動悸が加速するのをセラフィーナは気になりながらも、押し黙ったままその場を立ち尽くしている。


同じく、いつもと違う行動に出たエバネスに供の二人も驚き目を見開いていた。


「あっ、すみません。急にお声掛けしてしまい。そちらの方角は王族の私室がある棟ですので、そうかと思ったまでで。他意はありません」


口調は穏やかであるが、でもどこか疑念が含まれた物言いにも取れるエバネスの言葉に、セラフィーナは内心では小首を掲げてしまった。


「はい、本日は、アルフィオ殿下からお茶会のご招待を賜りましたのですが、殿下はお忙しい身ですので、本日は、急遽、中止となり、わたくしもこれから帰路に向かわせて頂こうかと思っておりましたところです」


「そうでしたか・・・では、道中、どうかお気をつけてお帰り下さい」


「ありがとうございます」


たった数回の言葉のやり取りであったが、エバネスとセラフィーナはこの日、互いが意識して会話をした最初であった。


先程まで散々な気分だったセラフィーナにとって、このエバネスとの些細なやり取りは思いがけない幸福をもたらしたのである。


そんな嬉しい事件?、出来事があってすぐのこと、衝撃的な出来事を知ることになった。


ある日、友人の一人から手紙が届いたのである。アルフィオ王子が婚約者候補以外の令嬢と交流をしている、と。偶然、王都の町で、女性と手を繋ぐアルフィオ王子を見掛けてしまった、と。セラフィーナの元に友人が親切心から教えてくれた内容であった。


その手紙が届いた時、正直、本当に驚いたのは言うまでもない!


お相手の令嬢は、伯爵家の方らしく、側近も含めて親しくしているという話も書かれていた。


視察と称して出掛けた先で出会った伯爵令嬢は、没落しかけている家のご令嬢で、アルフィオ王子たちは彼女の境遇に同情し、その為、彼女の生活支援などとして金銭などの援助もしている話まであった。


アルフィオ王子を見掛けて数日で、この情報量を調べて寄こした友人にも驚くが・・・でも、これって??


ここで、手紙を読み切ったセラフィーナは、ふと先日、王城にて、エバネスに声を掛けられたことを思い出したのである。


確か、この手紙に書かれている日にちって?あの日ですわね?


あの日、エバネスは、登城の際に伯爵令嬢と共にいるアルフィオを見掛けたのであろう。

その後に、王族の私室がある棟から出て来たセラフィーナを見て、察しの宜しいエバネスはわかったのである。そう、以前から、セラフィーナを筆頭に婚約者候補者たちの交流や関係が上手くいっていないことを知る者としては、昼日中にある時間帯に王族の私室エリアを彷徨う令嬢の理由に。


憐れみ?だったのかしら?あの時のエバネスの言葉には何か喉元に刺さったような?濁りのようなものがあった。

あの時には感じなかったけれど、あれは、この出来事をご存知だったという訳ね。


アルフィオ王子には、好意的な感情はなかったけれど、この事態には、セラフィーナ自身にも少し心に棘が刺さった感じにはなった。


(好意的に接するご令嬢がいらっしゃるのなら、それならそうと早くに行動してほしいものだわ!)


胸に刺さった棘を引き抜く為には、アルフィオ王子へと怒りを向けるしかない!


そんな思いでセラフィーナは父の元へと足早に駆けて行ったのだった。



☆☆☆


「まあ、見て下さいな?珍しいこともありますわね?」


ここは王城の舞踏会場。


今宵は、王家主催の夜会の日。


会場の至る所で、ダンスの申し込みが行われており、婚約者がいない子息令嬢にとっては、恰好のチャンスの場である。


そんな心弾む会場で、とある若い男女が多くの者から注目を浴びていた。


女性は、先日までこの国の王子の婚約者候補であったご令嬢、そして、お相手のご子息はこの国の王子の従弟に当たる公爵令息である。


「マートニア伯爵令嬢。とうとう、アルフィオ王子殿下の婚約者候補をご辞退されたそうですわね。で、次たるお相手はポーヂルット公爵令息さまかしら」


仕事など利害関係がない以外は、滅多と令嬢とダンスなどしないとされたエバネスが、白くてほっそりとしたマートニア伯爵令嬢の手を取り、ダンスの輪が広がるフロアーへと歩んでいく。


その二人の姿には、幾人の人に驚きの顔を齎せたのである。


その中には、勿論、セラフィーナも入っていた。


優雅にダンスをするマートニア伯爵令嬢とそれをリードするエバネスさまは、今宵一番の踊り手だ。


そんな輝くような二人のダンスをセラフィーナは目で追いながら、先日の父の執務室でのことを思い起こし、顔を暗くさせたのであった。


あの日、セラフィーナは、父であるエディリオス公爵の元を訪ねた。


訪ねた先にいるエディリオス公爵も、訪問してきたセラフィーナが何を求めて来たのかはわかっていた。


その為、セラフィーナが言葉を発する前に、エディリオス公爵の方から言葉が掛けられたのであった。


「アルフィオ殿下の話か?」


掛けられた言葉に、セラフィーナはほんの一瞬ではあるが驚きの表情を見せたのであったが、だが、それはほんの少しでセラフィーナはそのまま普段通りの顔を取り繕い、父と向き合ったのである。


「ご存知でしたか・・・」


言われてみれば、自分が知っている話に、公爵である父が知らないことはない。

なのに、どうして知らないと思ったのかと、セラフィーナは少し自分の知恵の足らなさに消沈した。


「あぁ。知らぬで済ませたい事も耳にすることがある程だ。殿下の行動は隠すこともなく。公然に晒しておられたからな。方々で目撃情報があり、陛下の耳にも早くに入っていたようだ」


「そうでしたか・・・」


執務机に向き合う形で椅子に腰かけている父が、ここで深いため息を吐き出したのである。


「セラフィーナ、ここへ来たのは、候補のことだな?」


吐き出されたため息に気をとられていたセラフィーナに、父は本来の訪問目的を口にしたのである。


「そうです。お父さま。お相手の方は、伯爵家のご令嬢と伺いました。ならば、わたくしの役目も終わりかと思われるのですが・・・」


セラフィーナは、意を決するかのように腹の前でぐっと両の手を組み、その勢いのまま父に自分の思いを打ち明けたのであった。


だが、父から返されたのは、あの深いため息の理由がこれであったのかと思える答えであった。


「その件であるが、陛下から待ったがかかっている」


決まり悪げな顔を向ける父に、セラフィーナの方は言葉を無くして立ち尽くしてしまった。


「件の令嬢は、伯爵家の娘と確かに聞いてはいるが、明日にも爵位を返上しなければならない状況だとも聞く。そのような令嬢に、王太子の妃が務まるのかと声がある。王族の結婚だ。国内だけではなく、近隣諸国にも影響を齎す。今の、王妃は伯爵家出身で一応は王家で教育も受けたはずだが、共用語は話せはするが、隣接する国の言葉も話せないと侮られているのに」


そう言いながら、父が遠い記憶を呼び起こすかのように、顔を窓の方へと向けた。


今の国王夫妻は、恋愛結婚だったと聞いている。


愛し合った二人は大きな障害を乗り越えて、結婚したと物語まであるほどだ。


だが、本当の話はそれとは違う・・・


周囲を顧みず、自分たち本位のラブロマンスを行い、多くの人に不快な思いをさせた。


その迷惑を一番に被ったのが、今のポーヂルット公爵夫妻である。


そもそも、今の国王の最初の婚約者であったのは、当時のポーヂルット公爵令嬢であった。


一人娘を王家に嫁がせることに難色を示していたらしいが、ポーヂルット公爵令嬢がずば抜けての才色兼備であったことから、先代王から執拗に請われた上での婚約だったと聞く。


だが、それは当人の意志確認もなく定められた為に、現王は当時大きく荒れたそうだ。


傍から見ると、美しく、賢き少女を娶ることが出来る現王を羨ましく見えていたのではあるが、当人はそれに対して反発を起こしたのである。


最初は、後腐れのない未亡人などの火遊びを繰り返していたようだが、そのうち、その反発が、火遊び程度のものから、「真実の愛」などという戯言を吐き出したのである。


そう、その「真実の愛」のお相手こそが今の王妃だ。


当時、王妃は伯爵家の娘であったことから、王太子と伯爵令嬢との「真実の愛」は世間をも巻き込む、一大スキャンダルと化して、大惨事となった。


その為、ポーヂルット公爵令嬢との婚約も破棄となったのである。


ただ、王家はポーヂルット公爵令嬢を逃したくなかったようで、今度は、婿入りすることなどを条件に当時は第二王子だった王弟殿下との婚姻を願ったようであった。


それが今の王族たちの過去となる。


「王妃は、アルフィオ王子のことを応援しているようだ。自分たちのことを思い起こして、悦に入っているんじゃないかと言われているな」


王妃さまは、未だに過去の「真実の愛」に縋っている。


臣下はそう見ているようだと、父は静かに首を横にふり肩を落としたのである。


「王妃さまが、婚約者を早急に定めることに反発されていたのは知っていましたが、ご自身の状況を思ってだったのですね」


どこかで、息子も良き出会いがあり、それが「真実の愛」となった時に、傍に婚約者がいると大きな障害となる。だから、婚約者を定めずに候補としたままにいたのかと、セラフィーナは思い至る。


はっきり言って大迷惑であるが、傷は浅い方が良いとも思うので、婚約者にならずに良かったとも思った。


「陛下は、出来るならば、セラフィーナとの結婚をと望まれている。少し時間が掛かるが、殿下を説得すると仰られている」


父の言葉に、視界が黒く塗りつぶされたようだった。


わたくしの人生は闇に染まった。


説得して、結婚しても上手くいきようがないのは目に見えている。


でも、これは貴族令嬢であれば従うしかない。


そう割り切り、自分を押し殺して、アルフィオ王子の元へ嫁ぐ道しかないのだと、セラフィーナはその時思ったのであった。


「羨ましい・・」


目の前で踊るエバネスさまとマートニア伯爵令嬢の姿を見つめながら、セラフィーナはぽつりと言葉を零したのであった。


自分には「辞退」すら叶わない。


あのように、これから先もエバネスさまに手を取って貰い、ダンスすることも叶わないのである。


美しく輝く夜会の場が一気に色褪せてしまい、モノクロの世界にセラフィーナには見えてしまった。


その感覚に囚われたことで、セラフィーナは、今日はもうこのまま帰ろうと思い、足を会場の外へ向けようとした時だった。


突然、王族が出入りする扉が大きな音を立てて開いたのである。


その瞬間まで、オーケストラにより、ダンスナンバーが奏でられていたのだが、大きな音が邪魔をして演奏までもが鳴りやんでしまった。


静けさが会場に広がり、周囲の視線が大きな音を立てた扉へと向いている。


そこには、今日初めて姿を見せたアルフィオ王子が佇んでいたのである。


「皆、聞いてくれ!」


いきなりの王子さまの登場だけでも、何事かと騒がしくなるところに、今度は、王子自らが注目を集めるように、声高らかに話し出したのである。


「俺は、漸く決めた。ここにいるミルティアと結婚をする!」


そう言って、アルフィオ王子は共に連れ立って会場入りをさせていた女性の手をグイッと引いて、自分の真横に立たせたのであった。


その行動に、会場内は大きく揺れたのである。


親世代は、頭を抱えて項垂れている者が多くおり、若い者たちはただただ驚きで戸惑う姿が目につく。


そんな中、セラフィーナは、呆然と立ち尽くしていたのであった。


何があったのか理解が出来ない。


意識が追い付かない、この現状。


そんな呆然と立ち尽くしているセラフィーナの手を優しく掴む者がいたのであった・・・



☆☆☆



薄暗い寝室に、コンコンと扉をノックする音がした。


続き部屋となる向こうからの音だ。


あの扉の奥には、本日、夫となったエバネスの部屋が存在する。


そのノックが終わるとすぐに扉が開き、セラフィーナは、その動作を見ただけで、息が詰まりそうになった。


扉から現れたのは、夫エバネス。


薄暗闇に立つエバネスの姿を視界に入れた時、少しだけ気持ちが落ち着いたように感じた。


今日の日まで色々とあった。


そん中、淡々と予定を熟し、婚約関係になってからもエバネスとの距離はあまり縮まらなかった。


あの時、手を取り、会場の外に連れ出してくれた時も、彼は言葉は掛けて来なかった。


でも、あの時、自分を連れ出してくれたのが、エバネスだったことで、セラフィーナの心は救われた。


アルフィオ王子とは婚約に至らなかったし、愛だの恋だのと言う思いもなかった。でも、何故か心が苦しくなった。


わたくしという者の存在がないもののように扱われたようで、苦しかった。


それを救ってくれたのが、あの時、手を引いて連れ出してくれたエバネスであった。


あれだけで、もう自分は一人でも大丈夫だと思っていた。それから平穏な日々を過ごしていた時だった。王家から婚約の話が届いたのは・・・


その婚約の話こそ、エバネス・ポーヂルット公爵令息との話だった。


必然的と言えばそうかもしれない。


王族との結婚が立ち消えたとなれば、次たる高位貴族は、王弟殿下の子息となる。


王家としても、散々振り回した詫び的な面でもあったのであろう。


でも、そんな理由や経緯よりも、セラフィーナはただ純粋に嬉しかった。


叶わないと思っていたことが叶えられるのだから。


ただ、これは王命。


自分は良くとも、エバネスにはどうかとずっと思っていた。


今日の日まで、儀礼的なやり取りで過ごしてきたが、結婚式も終わり、これから初夜を迎える。


もしかすると、彼は、市井で流行っている恋愛小説に書かれた、あの言葉をわたくしに向けて仰るのかもしれない。


セラフィーナは、薄暗い部屋の中でそんなことを想像し、身構えてしまった。


「セラフィーナ。君に、どうしても伝えたいことがあるのです」


ゆっくりと寝室の中へ歩み寄って来たエバネスが、セラフィーナのところに来た時にそう告げたのである。


「この結婚は王命ではあります・・・」


静まる寝室に、エバネスの声がやけに大きく響いている様に感じる。


次の言葉を聞くのが、正直、こわい・・・セラフィーナは身体を強張らせながらも、エバネスの話を黙って聞いた。


「でも、実は、わたしは、ずっとセラフィーナに思いを寄せていました」


エバネスがそう言葉にしたと同時に、薄暗い寝室にあった二人の影が重なりあった。


「エバネスさま。わたくしもずっとあなたをお慕い申し上げておりました」


セラフィーナは、エバネスからの言葉に小さな声でそう答えたのである。



~ fin ~



最後までお読みいただき、ありがとうございます。

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どうか、よろしくお願いいたします。


☆追記☆ こちらの作品にリンクした別視点となる「あなたとの政略結婚」も公開していますので、よろしくお願いいたします。

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