終章
日向野尻郷で非業の死を遂げた伊集院忠真の遺骸は、忠恒の家来によって領地の帖佐へ運ばれた。
だがしかし、忠真暗殺と同日に一族は正室のおしたを除いて忠恒の家来に全員抹殺されており、引き取り手のいない遺骸は帖佐手前の加治木の路傍へ埋葬された。
事件の翌年、忠真と新四郎、そして次右衛門と平馬を供養する五輪塔が次右衛門の縁者の押川則義により野尻の街道脇に建立された。
野尻城主の福永佑友は供養塔の建立を見届けると、隠居を願い出て今まで行ったことの無い加治木へ移り住んだ。
その頃より、誰も見向きをしなかった忠真の墓に、何者かの手によって欠かすことなく花が供えられるようになった。
関ヶ原で井伊直政に戦傷を負わせた柏木源藤は、薩摩藩内で鉄砲名人として長く称揚されたが、上意討ちと手違いは言え、二名の狙撃に成功した押川次右衛門の名は歴史に埋没した。
忠真の供養塔には、真香良庵居士の戒名が刻まれている。
日向灘を見下ろす街道は、北へまっすぐ伸びている。
秋の日差しに海はキラキラ輝き、あざみの高揚感を増幅させた。
「旦那様」
あざみは、傍らを歩く夫を振り向いた。
「何じゃ」
「思い起こせば二十七年前、我が父は私と母を置いて旅立ちもしたが、今はこうして旦那様と旅が出来もす」
次右衛門は、足を止めて日向灘を眺めた。
「あん頃は、おなご連れの旅など思いも及ばんかった」
「良か世になりもした」
あざみも立ち止まり、頭を覆う被衣を上げて夫を見上げた。
「豊前、豊後、肥前島原、遠くは伊勢、尾張に美濃…、出来れば師匠でありおはんの御父上の国広様にもお会いしたか。長か旅になっど」
次右衛門はあざみを振り返って、そう言った。
「嬉しゅうございもす」
二人は満面の笑みを浮かべて見詰め合った。