第8話 狩猟(Hunt)
通信施設の制圧は完了した。
だが、まだ“獲物”は残っている。
テロ組織の指導者──コードネーム《イムラム》。
情報によれば、この建物の奥に位置する中枢区画に潜伏している。
《サングレフ》は、標的の息の根を止めるため、次のフェーズへと動き出す。
* * *
「建物内部、北側に隠し扉を確認。地下区画へ続くルートの可能性あり」
ノアのドローンが送る映像が、リタのゴーグルに表示される。
「扉の電子ロックは解除済み。ただし、動体反応5以上。警護部隊が張りついている」
「構わない。制圧する」
リタ・サヴェッジは、迷いなく動き出した。
その背後を、イーライ・ストラウスが静かに追う。
互いに言葉は少ないが、連携は完璧だった。
* * *
地下への階段は薄暗く、狭い。
足音は吸い込まれるように沈んでいく。
だがその沈黙を破るように、扉が開いた瞬間、閃光弾が投げ込まれた。
「──!」
リタが目を逸らし、イーライが即座に射線を取り直す。
反射的に飛び出してきた敵兵の胸を、イーライの銃弾が撃ち抜いた。
リタは閃光の余韻を押し殺しながら、壁を蹴って横へと移動。
すぐに、二人目が接近。
銃口を向けられるよりも早く、《レメゲトン》がその喉を裂いた。
「3時方向、遮蔽物の裏にひとり」
イーライの報告に、リタがその影へと回り込む。
物音を聞いて構えた敵が、撃つより早く──
リタの身体が低く滑り込み、足元から膝を斬りつけた。
叫びが上がる間もなく、《ユリシーズ》の一発が沈黙を与える。
* * *
地下区画は、意外なほど清潔だった。
白い壁。無駄のない照明。
そこには、テロ組織というよりも、企業の研究施設のような空気が漂っていた。
「──気になるな。金と技術が、ただの宗教集団のものとは思えない」
ノアがぼそりと呟く。
「資金源と後ろ盾がある。裏で糸を引いてる別の組織がいる可能性が高い」
イーライが冷静に分析する。
「後で追うわ。今は獲物を仕留める」
リタは言い切り、最奥の部屋へ向かう。
* * *
扉が自動で開いた瞬間、爆音が響いた。
敵の指導者らしき男が、サブマシンガンを乱射してくる。
リタはすぐに横へ跳び、壁際に伏せる。
「距離15。敵、遮蔽あり。弾倉2本装備、銃はMP7系」
「煙幕を使う。2秒後に射線を塞ぐ」
ノアの支援が入る。
室内に煙が充満した。
──その中で、リタは走った。
足音を最小限に抑え、音と気配を消す。
煙の中、敵は反応できない。
リタの姿が煙から現れたとき、敵の表情が一瞬だけ凍った。
《レメゲトン》が、敵の右腕を弾き飛ばす。
銃が床に落ちる。
反撃しようとした男の胸元に、《ユリシーズ》の銃口が突きつけられた。
「──終わりよ」
トリガーを引く。
静かな音と共に、戦いは終わった。
* * *
「ターゲット、《イムラム》の排除を確認。リタが仕留めた」
ノアの報告が全体に流れる。
「地下施設の構造、データを取得中。通信機器と資金記録、回収する」
「ブルワーク、どうだ?」
「残敵処理完了。市街地の制圧率、90%以上。逃げたやつらも追えてる」
「ロングサイト、動きは?」
「静かだ。次の一手に備えた方がいいかもしれない」
* * *
煙の残る部屋で、リタは無言で《ユリシーズ》をホルスターに戻す。
敵は死んだ。
だが、それは“始まり”に過ぎない気がしてならなかった。
この戦場には、まだ“何か”がある。
《サングレフ》は、それを追うことになるだろう。
だが今は──任務完了に向けて、最終段階を迎えようとしていた。