第7話 開戦(Break)
空気が変わった。
静かだった街に、わずかな振動が走る。
遠雷のような音が、地下からじわじわと広がっていく。
それは、ただの地鳴りではなかった。
* * *
「よし、ここからが本番だ」
下水路のハッチを蹴り開けたオーウェン・ケイン──《ブルワーク》は、上半身を一気に引き上げて市街の中心部に飛び出した。
待っていたのは、廃車が並ぶ広場と、銃を手にうろつく複数のテロ兵。
驚愕の顔。混乱した動き。
そこに、容赦はない。
「ブルワーク、展開する!」
LMGのバレルが火を噴いた。
銃声とともに、重低音のような咆哮が広がる。
銃弾は遮蔽物ごと敵を引き裂き、瓦礫の影にいた兵士たちを吹き飛ばしていく。
「なんだ!? 正面から!? どこから来た──っ!」
敵がパニックに陥るのに、時間は必要なかった。
その姿はまさに、戦場に突如現れた鉄の怪物。
「行けよ、連中を一気に引き出せ」
オーウェンは呟く。
仲間たちが、その裏で動き出すのを、知っていた。
* * *
一方その頃、街の裏路地を抜けて進んでいたのはリタ・サヴェッジ《フェンサー》と、イーライ・ストラウス《ロングサイト》。
ふたりは廃工場に併設された通信施設を目指していた。
「陽動成功。敵のほとんどがブルワークに引きつけられた。建物内の反応は8名。警備は最小。今がチャンスだ」
ノアの報告に、リタが頷く。
「ロングサイト、先行」
「了解」
イーライは物音一つ立てず、建物の外壁を登っていく。
手には銃ではなく、ワイヤーカッターとサプレッサー付きの短銃。
リタは地上から反対側へ回り込み、裏口のシャッターに手をかける。
鍵はすでに、ノアが電子制御で解除済みだった。
カチ。
音もなく、シャッターが開く。
リタの身体が滑り込むように中へ入った。
* * *
通信施設の内部は、かつては工場の監視室だった場所だ。
今は壁に複数の端末が並び、そこに武装兵が数名。
だが、騒ぎを聞きつけて焦っているのが手に取るように分かる。
「まず、奥のふたり」
リタは《ユリシーズ》を抜き、サプレッサー付きで静かに撃ち抜く。
隣の兵士が気づいた瞬間、リタは足元へ滑り込むように移動。
そのまま《レメゲトン》で脚部を切り、後ろから一撃を叩き込む。
残りの兵士たちがようやく銃を向けたが、背後の窓が割れ、イーライの銃弾が一人を倒す。
もう一人は振り向きざまに発砲したが、すでにリタの姿は左手に移っていた。
ナイフが脇腹を貫き、沈黙。
「クリア。建物内、制圧完了」
「さすがだな。優秀な殺し屋は、話が早い」
ノアの声が返る。
* * *
「ロングサイト、位置は?」
リタが問うと、イーライが屋根の上から返した。
「監視塔の裏に増援。軽装車両と、重機関銃。ブルワークが射線に晒される」
「──行くわ」
リタは再び駆け出す。
その背には、血の跡も、迷いもなかった。
* * *
ノアの拠点では、複数のモニターが赤く点滅していた。
「敵、通信再接続を試みてる。自律ルートで回線を迂回してきた。ジャミング、強化」
彼はキーボードを連打し、外部回線を遮断する。
通信が回復すれば、外部の支援を呼ばれる恐れがある。
「こっちはこっちで戦場だ。さあ──もうちょい踊ろうか、《カラド》の皆さん」
* * *
市街中心。
敵の重機関銃が、ついにオーウェンの位置を捉えた。
瓦礫ごと吹き飛ぶような火力。
「……おいおい、洒落にならねえな」
盾で弾丸を防ぎながら、オーウェンは声を上げる。
だがその瞬間、背後の建物からリタが現れた。
「援護する。三、二、──今!」
銃声。
ユリシーズが重機関銃の射手の手を撃ち抜き、イーライの狙撃が頭を貫いた。
「敵部隊、無力化。周辺、クリア」
「ナイス。いいコンビネーションだ」
オーウェンがひとつ息を吐き、リタが通信に応じる。
「こちら《サングレフ》。戦線突破、次フェイズに移行」
静かに、だが確実に。
街は、彼らに制圧されつつあった。