第6話 潜入(Infiltrate)
月のない夜。山間の小都市は、重苦しい沈黙に包まれていた。
中央アジアの国境地帯に位置する街──パラム。
もとは鉱山の労働者が集う静かな集落だったが、今はテロ組織:カラドの占拠下にある。
国際社会にとって、ここは見過ごせない火種だ。
指導者クラスが潜伏し、外部勢力と接触する兆候がある。
通信拠点、武装倉庫、資金の出入り──全てが揃っている。
そして今、その殲滅の任を負うのが《サングレフ》だった。
* * *
「ドローン視認、上空からの地形図は補完済み。北西ルートに抜け道あり。外周警戒は甘いが、民間人も混在」
ノア・リン──コードネーム《オーバーワッチ》が、ヘッドセット越しに静かに告げる。
「やるなら、綺麗にやるわ。民間の巻き込みはなし」
リタ・サヴェッジ、《フェンサー》。
その声には、冷静さと研ぎ澄まされた意思があった。
3人は、すでにパラム市街地の外周に到達していた。
それぞれが無線のみで連携し、姿を見せずに指定のポイントへ移動する。
* * *
リタは闇の中を滑るように進む。
両腰の《ユリシーズ》と《レメゲトン》は、今はまだ静かに眠っている。
彼女の役目は、開戦ではなく、開戦前の「掃除」だ。
民家の隙間を縫い、裏路地から監視塔へと近づく。
ドローンが照合した赤外線マップ通り、歩哨はひとり。武装は軽い。
リタは距離を詰め、無音で跳躍した。
ナイフが、正確に喉元へと吸い込まれる。声も出させず、倒す。
「ひとり目、処理完了。死角に移動。物音ゼロ」
「確認。映像フィード良好。感謝します、フェンサー様」
ノアが軽口を叩く。
「静かに。次がいる」
リタは振り返り、再び夜の街へと溶けていく。
* * *
一方、イーライ・ストラウス《ロングサイト》は、教会跡の高台に陣取っていた。
街全体を一望できる位置。
その手には、カスタムされたボルトアクションライフル。
「動きのある熱源、南通りに一。警戒ルート外。……一般市民、か?」
「映像拡大……ああ、確認。子供連れの女性。武装なし。警戒兵が接近中」
ノアの声に、イーライの眉がわずかに動く。
スコープが揺れ、ターゲットを捉える。
歩哨の肩口に照準を合わせ──一呼吸。
パン。
銃声は遠く、乾いていた。
倒れた男のそばにいた母親が、何かに気づいたように子を抱きしめ、走り去る。
「問題なし。市民保護、完了」
「相変わらずクールだね、ロングサイト」
* * *
その頃、最も派手な男は、最も地味なルートを進んでいた。
オーウェン・ケイン《ブルワーク》。
全身を覆う重装備は、さすがにこの街では目立つ。
だからこそ、彼は下水路を進む。
「排水路は清掃されてないな。臭えし狭え。こんなとこ通すなよ、オーバーワッチ」
「重量級が建物の中を歩くと床が抜ける。そっちのほうがまずいだろ」
「……否定できねえな」
ヘルメットの内側で苦笑しながら、オーウェンは地下のハッチを開く。
そこは、市街中央の武器庫直下だった。
* * *
それぞれの位置は、完璧に整った。
ノアの視界には、リタのAR視点、イーライのスコープ映像、オーウェンの地下マップが並ぶ。
「全員配置完了。作戦開始時刻まで、あと一分。ターゲット──カラド本拠地を、今から焼き潰す」
リタが目を細める。
「派手に行く?」
「いいや。綺麗に、静かに、速く」
──《サングレフ》、作戦開始。