第5話 脱出(Exfil)
夜が明ける気配は、まだなかった。
だが、戦場は変化していた。
警報は停止し、爆薬は解除された。
人質は救出され、敵勢力は数を減らしている。
任務は、ほぼ達成された。
残るはただ一つ──**脱出**。
* * *
「……敵の増援が、工場北東側から接近中。ドローンの偵察によると十数名。タイムリミットは、五分」
ノアの報告に、リタはわずかに視線を上げた。
「脱出ルートは?」
「屋上。そこにヘリを寄越す。あと三分で到着。乗り込めば即座に離脱可能」
「了解。人質を先に移送する」
リタは支えるふたりの技術者を見やり、軽くうなずいた。
「……まだ歩ける?」
「は、はい……っ!」
緊張と恐怖で震える足を支え、リタは彼らを屋上へと誘導する。
* * *
背後の通路では、オーウェンが壁を背に構えていた。
「《ブルワーク》、殿に入る。追ってくる奴らは、全部俺が止める」
「《ロングサイト》援護頼むぜ!」
その瞬間、銃声が轟いた。
接近していた敵兵のひとりが、額を撃ち抜かれて崩れ落ちる。
「距離110。風速0.7。狙いやすい」
イーライの冷静な声が、通信に混じる。
彼のスコープは、今も戦場を見据えていた。
「心強いな」
オーウェンは息を吐き、盾を構えた。
* * *
一方その頃、リタは屋上へと到達していた。
遠く、夜の空を切り裂いてくるローター音。
「ヘリ、視認」
ノアの声と同時に、黒塗りの回転翼機が屋上に姿を現す。
「人質を搭乗させる。あんたたちも続いて」
リタの号令で、まず技術者ふたりが機内へと引き上げられる。
だが──その時だった。
屋上の扉が勢いよく開かれ、銃を構えた兵士が数名、雪崩れ込んでくる。
敵の奇襲。時間稼ぎをかいくぐった残党だ。
「危ない!」
ヘリのパイロットが叫ぶ。
その直後、リタの身体が動いた。
* * *
跳躍。
銃弾をかすめながら、リタの身体が宙を舞う。
最前の敵の手首を切り払い、銃を弾く。
足払いでひとりを倒し、背後から迫る敵を《ユリシーズ》で撃ち抜く。
もうひとりが振り上げたナイフを、《レメゲトン》で受け止め──反転。
喉元を切り裂く。
まるで、踊るように。
彼女は、敵を翻弄する。
最後の一人が慌てて逃げ出そうとした瞬間、リタは《ユリシーズ》を構えた。
乾いた発砲音。──沈黙。
* * *
屋上に、再び静けさが戻る。
「制圧、完了」
リタの報告に、ノアが息をついた。
「了解。搭乗を急げ。全員揃ってからじゃないと、飛ばせない」
直後、イーライが姿を現す。
「外周クリア。追撃の気配なし。ブルワークが最後だ」
「行け、俺があとを──」
その声とともに、オーウェンが駆け込んできた。
「……ふぅ。全く、いい運動になったぜ」
盾にはいくつもの弾痕。だが、彼自身に傷はなかった。
「全員揃ったな。飛ばせ」
* * *
ヘリが地を離れる。
夜明けの気配とともに、工場の姿が遠ざかっていく。
リタは無言で座席に座り、ホルスターの《ユリシーズ》を確認する。
そして、マイクを静かに握った。
「──《サングレフ》、作戦完了」
その一言に、全員が無言でうなずいた。
戦いは終わった。
だが、次の任務は──もう始まっている。