第4話 人質(Payload)
廃工場の内部。
かつては製鉄炉が唸りを上げていたはずの中央制御棟は、今や違法兵器と人質の倉庫となっていた。
焦げ臭い鉄と、油の匂いが鼻を刺す。
《サングレフ》の3人は、破壊された警備網をかいくぐり、中心部へと到達していた。
* * *
「人質の反応あり。熱源2つ……奥の部屋、ケージ内。周囲に高濃度の化学物質。……それと、爆薬反応」
ノアの声が届く。
リタが立ち止まり、無線に応じた。
「爆薬の種類は?」
「即席型。化学誘発式の多重トリガー。おそらく、扉が開くだけで起動する構造。敵、相当の用意周到さだ」
「解除できる?」
「現場次第。そっちに中継ドローン回す。ARで爆薬の配線を視認して、俺にフィード送ってくれ」
「了解」
リタは無言でゴーグルを展開し、ドローンからのフィードを照合する。
人質はふたり──白衣姿の中年男性と、血の気の引いた若い研究者。どちらも動ける状態ではない。
その足元には、小さな銀の球体。
ドアのフレーム、天井の梁、床の下──見える範囲で7つの起爆装置。
「……嫌な仕掛けね」
リタが小さく呟いた。
* * *
「制限時間は?」
イーライが背後から問いかける。
「不明。でも、タイマーじゃなくて接触型。こっちがミスるか、敵が発見して起動させるかのどっちかね」
「つまり……」
「時間があるうちに、静かに終わらせるしかないってことだ」
ノアの声に、全員がうなずいた。
「オーバーワッチ、解除作業に入る。現場送信開始」
「了解。フェンサー、指示通りにARラインをトレースして。配線ミスったら……ドカンだぞ」
「冗談言う余裕があるなら、信頼していいのね」
「最高の信頼をくれ。命が懸かってるからな」
* * *
爆薬の制御基板は、簡素で原始的。だがそれが最も厄介だった。
電子的なセーフティがない。
すべてがアナログ──つまり、一度でも触れれば、終わり。
「右手で2番リードを挟んで、ゆっくり左へ。……そう、それを抜く。静かに。抵抗があるのはフェイクだから」
ノアの指示に従い、リタの手が動く。
汗がこめかみを伝う。
あらゆる戦場を渡ってきた彼女でさえ、これは気を張る。
「……抜けた」
「よし、次は天井。梁の裏、黒い導線を確認。そこが本命だ」
* * *
その時、無線が微かに乱れた。
「……オーバーワッチ、何か干渉が……」
「チッ、敵が妨害波出してきた。解除プロトコルが……!」
ノアの声が一瞬だけ遠のく。
イーライが即座に背後を確認する。
「敵影、南側通路から接近。10名規模。装備は自動火器。……数分でここに来る」
オーウェンがゆっくり前へ出る。
「──じゃあ、俺が時間を稼ぐ。ブルワーク、前へ」
「私も行く。ひとりで押さえるには多い」
リタが言うと、オーウェンが首を振る。
「お前は爆弾の前にいろ。」
彼の瞳に、重い決意が宿っていた。
「フェンサー。お前が任務を完了させろ」
* * *
廊下に響く銃声。
オーウェンが正面から敵部隊を押し返し、イーライがカバーに回る。
ノアが再び声を張った。
「フェンサー、戻った。ノイズ除去完了。あと三つ、やれるか?」
「やるしかない。指示を」
リタの指が、ふたたび爆薬のリード線をなぞる。
冷静。正確。速く。
仲間たちが命を張って稼いだ時間を、無駄にはしない。
* * *
──最後の導線を抜いた瞬間。
全ての爆薬が、無効化されたことをノアが告げた。
「よし、解除完了。人質、確保に移ってくれ!」
リタがケージの鍵を破壊し、ふたりの技術者を引き寄せる。
「動ける? 歩けるなら、今すぐ立って」
「だ、大丈夫、です……ありがとう……!」
* * *
廊下の銃声が遠のく。
敵の増援は撃退された。
オーウェンとイーライが戻る頃、リタはすでにふたりの人質を肩に支え、出口へ向かっていた。
「人質確保。脱出フェーズに移行する」
その声に、ノアが応じる。
「……《サングレフ》、あと一手。生きて帰ろう」