第30話 断線の果て(End of Cut Signal)
リタ・サヴェッジは、密林の緩やかな斜面を抜け、指定の合流地点へ向かっていた。
背にはデータ端末。足取りは軽くはないが、確実だった。
無線はまだ通じない。けれど、そんなことは問題ではなかった。
あの男は必ず来る。
あの狙撃手も、このあたりに目を光らせているはずだ。
だから──進む。
「──フェンサー」
低い声に反応して、リタは即座にナイフを構えた。
だが次の瞬間、その影の輪郭に安心が走る。
「……ブルワーク」
枝を押し分けて姿を現したのは、肩で息をしているオーウェン・ケインだった。
装甲の一部は損傷し、火薬臭と汗が混じっている。
それでも、彼の手にはLMGがしっかりと握られていた。
「回収は……済んだか?」
「あとは脱出だけ。あなたは?」
「俺は、まあ……ちょっと派手にやりすぎたかもな」
互いに笑いそうになって、それでも表情は引き締めたまま。
今はまだ“戦場”の中だ。
──そのとき。
小さな枝が跳ねた音。
二人が即座に銃を構えると、その奥から現れたのは長身の男。
迷彩と葉に紛れたスナイパーライフルが、日の光を少しだけ反射する。
「遅れてすまない」
イーライ・ストラウス。
彼もまた、疲労の色を見せず、無言で頷くと周囲を見渡した。
「通信は?」
「まだ……いや」
リタがそう言いかけたとき、
オーウェンのヘッドセットにわずかな“電子音”が走った。
──……ルワー……チ……応……
「……今のは──」
三人が同時に耳を澄ます。
次の瞬間、微弱だった通信が突然クリアになる。
『こちらオーバーワッチ。通信回線、部分復旧。衛星リンク再確立』
「オーバーワッチ……!」
「……おかえり」
『お前らなあ……ジャミングされた瞬間に突っ込むとか、正気か?』
「こっちは正気だったよ。最初から信じてたからな」
オーウェンの返答に、無線の向こうで小さく息を吐く音がした。
『──了解。脱出ポイント、北西斜面沿い。ドローン誘導回復済み。敵増援、5分以内に到達』
「それまでに、出る」
リタは短く応じ、先頭に立つ。
オーウェンとイーライも即座に続いた。
彼らの動きに、迷いはない。
もう言葉も、指示もいらない。
──脱出ポイントに到達したのは、それからおよそ4分後。
指定された座標に、無人ヘリが音もなく降下していた。
リタが端末を抱えて乗り込むと、イーライが最後尾を警戒しながら続く。
オーウェンが最後に飛び乗り、扉を叩いた。
「回収完了。全員生存。任務完了だ」
無線がノイズ混じりに応えた。
『サングレフ、任務達成を確認。お疲れさん』
ノアの声が、僅かに柔らかく聞こえた気がした。
ヘリが浮かび上がる。
密林の上空へと、夜明けの光を割っていく。
再び静かになった森の下には、敵の残骸と、
痕跡を残さぬプロフェッショナルの足跡だけが残されていた。
誰も見ていない。
だが、知っている。
この4人にしか成せない仕事が、確かにここにあった。




