第29話 重力の道(The Weight of Steel)
オーウェン・ケインは、大木の根元に片膝をついたまま、呼吸を整えていた。
背中に背負うLMG(分隊支援火器)の重量が、湿った密林の空気でさらに重く感じる。
だが、それがちょうどいい。
仲間を守るには、これくらいの“鈍さ”がいる。
──《ブルワーク》、進行方向は遮断された。
敵の待ち伏せか? いや、もっと組織的だ。
音で誘導されてる。こっちに。
「……なるほど。分断、ってわけか」
無線は沈黙。ノアとも繋がらない。
それでも、誰かが全体を見ようとしている気配はあった。
イーライが位置を取っている。
リタは、あの音の奥で進んでいる。
なら、俺の役目は──ここで“音”を鳴らすことだ。
オーウェンは立ち上がり、LMGの給弾ベルトを確認する。
一歩踏み出せば、敵に居場所を知らせることになる。
だが、それでいい。
むしろ、それがいい。
木々を揺らして突き進む。
派手に、意図的に、注意を引くように。
やがて、遠くから声が聞こえた。
敵の言葉──聞き取れない言語。だが、警戒のトーンは明らかだ。
「こっちに引きつける。そっちを、通せ」
誰に向けた言葉でもない。
それでも、彼の中ではすでに連携は成立していた。
──パンッ、パンッ。
銃声が走る。敵の先遣隊と接触。
オーウェンは遮蔽を使わず、わざと開けた位置に身を晒して射撃した。
LMGが吠える。弾丸の嵐が、密林の音をかき消す。
撃ち終えた頃には、肩が痺れていた。
だが、敵は予想以上に足を止め、こちらに集中している。
「──上出来だ」
リロードの最中、敵の一人が迂回してきた。
すでに間合いは近い。
だが、そういうときのために、サイドアームがある。
腰のハンドガンを抜きざま、一発で敵の胸を撃ち抜く。
もう一人。接近戦。
今度は銃ではなく、丸太を蹴ってバランスを崩させ、地面に叩きつける。
「こっちは遊びじゃねえんだよ」
そう言い放ち、再びLMGを構えて正面に向き直る。
残弾は減った。周囲も囲まれつつある。
だが、それでもまだ動ける。
──ここで、俺が重しになる。
──その間に、あいつらが仕上げてくれる。
崖の下に広がる開けた場所へと出た。
視界が利く分、こちらも狙われやすい。
けれど、今必要なのは“的”だ。
動く盾。破壊の音。
オーウェンは手榴弾を二つ抜いて、木陰に投げ込む。
爆音が鳴り、枝葉が飛ぶ。
その爆音に紛れて、自らも全力で前方へ駆ける。
もう引かない。
もう隠れない。
目指すは、補給小屋の北側にある合流ポイント。
そこまで辿り着けば──きっと、あいつらがいる。
その時、わずかにノイズが変わった。
ノアか? ノイズの奥に、微弱な信号。
──……ウ……ク……確認……
不明瞭だが、彼は微かに笑った。
「おいおい、やっと起きたかよ。遅いぞ、オーバーワッチ」
声にならない声で呟き、再装填を完了させた。
あと一撃分。
それで十分だ。
──仲間は、信じるためにいる。
──自分は、耐えるためにいる。
だからこそ、この“重さ”を担う意味がある。
オーウェン・ケインは、銃口を前に向けたまま、
密林の影の中へと、再び踏み込んでいった。




