表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
28/30

第28話 静刃の突破(Silent Edge)

リタ・サヴェッジは、濡れた地面に身を伏せたまま、呼吸を限界まで浅くした。

夜の密林。視界は悪く、湿気がすべてを鈍らせている。

だが、それは彼女にとって「使える環境」だった。


動きすぎると見つかる。

止まりすぎても囲まれる。

その狭間を抜けるのが、《フェンサー》の仕事だ。


足音。二つ。

右後方から近づく気配。

敵の巡回だろう。


リタはナイフ《レメゲトン》の柄に指を添え、わずかに体を起こす。

月明かりは届かない。葉が生い茂る密林の底、音と殺意だけが支配する空間。


──いける。


一人目は喉、二人目は後頭部。

手順は脳内で決まっていた。

彼女の動きは“速さ”ではなく“静かさ”にある。


──殺気を、出さないこと。


葉が揺れたその瞬間、リタの姿は影に溶けた。


 


 


ナイフが一閃し、血飛沫は湿った地面に吸われる。

悲鳴は上がらない。敵兵が倒れる音すら、彼女は葉と苔で打ち消していた。


「……敵偵察班、二名排除」


囁くように独り言を漏らし、リタは再び地面に伏せる。

無線は使えない。だが、声にすることで冷静さを保つ。

それが彼女の戦い方だ。


背中からハンドガン《ユリシーズ》を抜きながら、周囲の影を探る。

ジャミング範囲は広く、ノアとの連絡も途絶えたまま。

けれどそれが不安材料にはならない。


あの皮肉屋は、きっとどこかで状況を掴んでいる。

イーライは、すでにいくつかの進行ルートを確保しているだろう。

オーウェンなら、強行突破で注意を引いているかもしれない。


誰とも繋がっていない。

それでも、自分は一人ではない。


リタは腰を低くして前進を再開した。

密林の奥──衛星画像で確認された補給小屋。

そこに、ターゲットとなるデータ端末がある。


作戦通りにいかないなら、自分で仕上げるまで。


 


 


途中、小規模な哨戒グループがいた。

五名。装備は軽装。

無線機で連携を取っているようだったが、妨害電波のせいで指示系統は乱れている。


“分断はしたが、制御まではできていない”


リタは木の根を踏まず、葉を踏まず、

まるで音のない幽霊のように、敵陣の外縁を回り込む。


一人が離れた瞬間──沈黙。

次の一人が物音に気づき、振り向いたときには銃声が森に溶けていた。

サプレッサー越しのユリシーズの一発が、その眉間を貫いていた。


「……残り三」


再装填。すぐに再び前進。

彼女は正面からは戦わない。

その必要がない。


敵を一人ずつ消していくたび、補給小屋への道が整っていく。


 


 


数分後──


補給小屋の裏手に到着。

リタは腹這いのまま、わずかな隙間から中を覗いた。

小屋の中にはラックとコンソール。

そして、中央の金属製コンテナ。あれが“端末”だろう。


しかし、小屋の中には三人の兵士。

警戒は散漫。ジャミング成功で安心しているのだろう。


リタはユリシーズをしまい、再びレメゲトンを抜いた。

やることは、ひとつ。


 


 


十五秒後──

小屋の中は沈黙に包まれた。


リタは床の血を避けながらコンテナのロックを解除し、内部を確認する。

防水仕様の軍用ハードケース。その中に、目的のデータ端末が収められていた。


「回収完了。──って、言えたらよかったんだけどね」


彼女は冗談のように呟き、端末をバッグにしまう。


ここからは撤退戦になる。

敵の増援が来る前に、集合ポイントへ向かわなければならない。


リタは静かに立ち上がる。

その瞳には、一切の迷いも動揺もなかった。


──繋がらないなら、信じればいい。

──信じられるなら、動けばいい。


《フェンサー》は、森の奥へと消えていく。


何も言葉を交わさなくても、

この任務は、必ず成功させると信じて。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ