第27話 沈黙の観測者(Silent Watcher)
──風が止んだ。
イーライは、右膝を立てた姿勢のまま、照準の奥を静かに見据えていた。
密林の中腹、自然の岩壁と倒木に囲まれたこの狙撃位置は、彼自身が選んだ。
高さ、風向、湿度、そして夜の匂い。
どれをとっても完璧とは言えないが、それで充分だった。
「鳥が鳴かないな……」
低く呟き、周囲の“音の構成”を組み直す。
葉が擦れた音──敵が枝を押しのけた。
小石が転がる音──足の重みが傾いた。
人が歩いている。四人。距離、百五十。
ロングサイト──イーライ・ストラウスは、スコープを覗くまでもなく、敵の動線を割り出していた。
スコープは補助にすぎない。狙撃は、理屈と勘の間にある。
息を止め、指先の緊張を一点に集中する。
──パン。
一発。主に背後を警戒していた隊員の頭部が弾ける。
──パン。
二発目。反射的に振り向いた兵の肩口に命中、即座に仰向けに倒れ込む。
残りの二人が走った。足音の分散と方角から、後退だと判断する。
イーライは深く息を吐き、スコープから目を離した。
無線は沈黙したままだ。
ノアとも、他の仲間とも繋がらない。
それでもいい。
「これで、リタの進路が一つ空いた」
独り言のように呟きながら、次の弾倉を装填する。
指令はない。連絡もない。
だが、自分が今なすべきことは明確だった。
《支援》。
それが、イーライに与えられた役割。
誰にも感謝されずとも構わない。
誰にも気づかれずとも構わない。
──そのとき、気配が動いた。
後方、斜面の上。
敵だ。
音もなく、こちらにスニーキングで接近している。
狙撃手を潰しに来た。
「……お前ら、今日は冴えてるな」
イーライは静かに身体を引いた。
スコープを外し、背中からナイフを抜く。
次弾を撃つには近すぎる。
ならば、静かに沈めるだけだ。
数秒後──刃が空を切り、肉を裂く音もなく、影が一つ地に落ちた。
死体を転がさぬよう、丁寧に枝の影へ隠す。
イーライはナイフを拭き、再び銃へと手を戻した。
その顔に、怒りも焦りもない。
ただ、淡々とした“仕事人”の静けさだけがある。
「さて……次はどこだ」
スコープを覗き、再び密林の奥を捉える。
風が、わずかに戻ってきた。
その流れに乗るようにして、
リタの気配が、進んでいる方向を感じ取る。
言葉はなくても、確信はある。
彼女は前にいる。
オーウェンも、どこかで道を開いているだろう。
自分は後ろから、それを支えるだけだ。
見ている。
どこまでも、正確に。
そうして、サングレフは進む。
分断されようと、孤立しようと、
彼らの動きは、必ず“線”になる。
イーライは指先に触れた風の温度で、
次の敵の到来を予感していた。
「──三分後、右斜面だな。……歓迎してやろう」




