第25話 静かなる帳(The Quiet Ledger)
政界の重鎮──クラウス・ギャリソンが心臓発作で倒れたのは、任務から数日後のことだった。
事務所内で倒れ、すぐさま病院に搬送されるも、蘇生は叶わなかった。
公式には「高齢による突然の発作」とされたが、報道のトーンはどこか冷めていた。
ラシード・タウファの暗殺未遂事件との関連を問う声も一部では上がったが、証拠も証言もなく、やがて報道は別の話題へと移った。
表向きは──何も起きなかった。
しかし、《サングレフ》は知っている。
それが、誰の“帳簿”に記された清算だったのかを。
*
「“偶然”って言葉、便利だな」
ノア・リンは、ジュードと並んで薄暗いビルの屋上に立っていた。
夜風が煙草の煙を攫っていく。
「だろ? だから好きなんだよ、“偶然”ってのはさ」
ジュードは灰を払うようにして言った。
「正義」も「復讐」も口にしない。ただ、当然のように命の帳を整えただけ。
それが、彼のやり方だ。
「で、今後はどうする?」
「まだ表に出てない情報筋がある。背後に“企業”の影もあるみたいだ。もう少し潜ってみるよ。サングレフの出番は──まだあるぜ」
ノアはふっと笑った。
「了解。“営業担当”がそこまで言うなら、そろそろ準備しておくか」
*
その頃、《サングレフ》の3人は倉庫街の射撃場にいた。
リタはユリシーズを構え、無言で的を撃ち抜いていた。
銃声のたびに、その瞳は静かに澄んでいく。
オーウェンは整備台でグレネードランチャーを分解し、手入れを続けている。
その指先は丁寧で、迷いがなかった。
「これで少しは、俺も娘に胸張れるかな……」
そう呟いた彼の声に、誰も何も返さなかった。
イーライは壁に背を預けながら、新聞を読んでいた。
見出しに踊る「ギャリソン急死」の文字に、視線を落とす。
「死に様より、生き様ってことだな……」
彼はそう呟くと、折りたたんだ新聞をゴミ箱に投げ入れた。
*
拠点に戻ったノアは、いつものように椅子に倒れ込んだ。
「報酬は入った。データも確認済み。今のところ、外からの照会もゼロ」
「……全部、片付いたのね」
リタの言葉に、ノアは目を閉じたまま応じる。
「正しく言えば、“全部片付けた”って感じかな。俺たちなりに」
オーウェンが壁に背を当てながら、静かに言った。
「いい人間が生き残る世界が、あるって信じたい。……信じても、いいよな」
ノアが目を開け、真顔でうなずいた。
「そのためにやってんだ。信じられなきゃ、やってらんねぇよ」
*
その夜、《サングレフ》の部屋に新たな“通知”が届く。
ジュードからの案件。
内容は伏せられていたが、緊急度ランクは“高”──
画面を見つめるリタの目が、わずかに鋭さを取り戻す。
「……やるわ」
その一言で、場の空気が再び引き締まった。
それがどんな地獄でも。
守るものがあるなら、進むしかない。
影の傭兵部隊。
その歩みは、再び次なる戦場へ向けて──静かに動き出した。




