第24話 夜明け前、残された光(Echoes Before Dawn)
任務が終わったとき、夜はすでに薄明を帯びていた。
会場から退避したラシード・タウファは、ホテルの別室で保護されていた。
その周囲は一時的にノアの干渉により“デジタル的に死んだ空間”となり、追跡は不可能。
政府関係者や報道陣も混乱の中、事態を把握しきれていない。
しかし──《サングレフ》の4人は、既に次の一手を探っていた。
*
「……まさかあれで全部だったとは思えないな」
イーライは、コーヒー片手に屋上から夜明けの街を見下ろす。
その視線の先には、かつて銃声が響いた演説会場がぼんやりと見えていた。
「目的は暗殺じゃない。混乱を演出し、その隙に何かを隠そうとした……そんな動きにも見えた」
「でも、証拠は?」
リタの問いに、イーライは首を振った。
「ない。ただの勘だよ」
「……いや、それで十分さ」
そう言ったのはノア。
彼もまた、朝の光に照らされながらモニターを見つめていた。
「データの抜き取り、金融ネットワークの動き。小さなノイズがいくつか走ってた。断片だけど──何か“動いた”のは確かだ」
リタはその言葉を聞いて、一瞬目を伏せた。
雪山での任務──雪山の研究施設が思い出される。
守れなかった命。知ることさえ叶わなかった本当の意図。
あのときの苦味が、今も彼女の中に残っている。
「……でも、今回は救えた」
ぼそりと呟くように、リタは言った。
ノアが彼女の方を見やると、その目には確かな決意が灯っていた。
*
ジュード・マクレガーは、タバコに火を点けたまま、《サングレフ》の仮拠点を訪れた。
「ご苦労だったな。おかげで、クソみたいな茶番も一区切りついた」
軽く手を挙げる姿は、どこかのんびりして見えるが、その眼差しは冴えている。
「……お前が殺ったのか?」
オーウェンが尋ねると、ジュードは肩を竦めた。
「ま、ああいう類は“事故”ってやつだ。記録も証拠も残ってないしな。ありがたいことに」
「でも、殺すほどの理由があったってことか」
「……あんな善人、見殺しにできるかって話だ」
ジュードは目を伏せた。
「俺たちはな、“善意”で動ける立場じゃない。けど、何を見逃すかは選べる」
その言葉に、ノアがふっと笑った。
「人殺しのくせに、ずいぶんセンチメンタルな言い草だな」
「だからさ。殺し屋より、お前らの方がタチ悪いんだよ。──任せられるって意味でな」
ジュードは最後の一服を吐き出してから、ジャケットを翻して去っていった。
その背に、誰も言葉を返さなかった。
*
午前6時過ぎ。
《サングレフ》の4人は仮拠点を後にした。
次の任務は、まだ届いていない。
だがそれは“静寂”ではなく、嵐の前の“余白”。
「リタ、どこ行く?」
「……少し、走ってくる」
リタはそう言って背を向けた。
その姿に、オーウェンが笑う。
「らしいな。戻ってきたら、次の地獄が待ってるぞ」
「そのつもりよ」
リタの声は、どこまでも静かで──
けれど、それ以上に強かった。
*
夜が明け、街が目を覚ます頃。
そのどこかで、また“依頼”が形を成そうとしていた。
名もなき戦地に向け、4つの影が、再び歩み出す──。




