第23話 影の輪郭(The Real Trigger)
数時間前に始まった襲撃未遂は、あくまで“始まり”に過ぎなかった。
ラシード・タウファは一命を取り留め、演説も中止されずに進行した。
観衆の中には、危機に気付かぬまま帰路についた者も多かった。
しかし、サングレフの4人は知っている。
──敵は、まだ“姿を見せていない”。
「オーバーワッチ、監視データの再スキャン。あの南棟のスナイパー、陽動じゃないか?」
リタの声が無線を通して拠点に響いた。冷静ながら、どこかピリついている。
「その可能性が高いな。スキャンデータを逆照合したら、顔認証が不一致だった。あの男、本命じゃない」
ノアの指がキーボードの上を叩き続ける。
画面に映るのは、現地の監視カメラとドローン映像を統合した、空間の3Dマップだ。
「じゃあ──どこだ?」
イーライが屋上から双眼スコープで街をなぞりながら問う。
「西側のホテル棟、5階。チェックイン記録が偽造されてる」
「ブルワーク、現地に向かえるか?」
「了解。1分で接近する」
オーウェンは道端の車を盾にしながら、人の流れを逆走した。
──そのころ。
別の場所では、黒のコートを羽織ったジュード・マクレガーが、クラブ風のラウンジで酒を啜っていた。
「よく喋る口だけはあると思ったが、やっぱりこの国の政治家は品がない」
目の前に座る男は、ラシードの政敵として名を馳せる保守派議員──ではなく、その側近。
本人は表に出ない。
「……証拠でもあるのかね?」
「証拠? そんなもんより、使える情報の方が価値があるだろ?」
ジュードは薄笑いを浮かべ、グラスを回した。
「本命の刺客は“フェリス・カンパニー”所属の暗殺者。カバー名は〈ルームE-05〉。今夜、ラシードの控室に侵入する」
「……それを止めるのか?」
「いや、止めるのは《サングレフ》だ。俺の仕事は──こういうのだ」
ジュードの目が鋭くなり、ジャケットの内ポケットからサプレッサー付きの小型拳銃が姿を見せた。
「“誰がそれを依頼したか”を片付けるのが、俺の役目」
その直後、ラウンジの音楽が途切れた。
静寂の中、乾いた一発が響く。
*
「ブルワーク、侵入確認。部屋番号はE-05。接近中の人物を確認──武装あり。構えた、来るぞ」
ノアの声に、リタの足が止まる。
「私が入る。ブルワークは外から援護」
「了解、フロア警備は私が制御する」
ノアのモニターが赤く点滅し、非常用シャッターを一時的に解除する信号を流す。
──リタは一息吸ってから、部屋の前に立つ。
扉のロックを、短剣の柄で強引にこじ開け──蹴破った。
部屋の奥、薄暗い照明の中、銃口をラシードに向ける影が一つ。
──だが、一拍遅かった。
「その瞬間に撃つなら、もっと早くすべきだったわね」
リタは銃声より早く動いていた。
ユリシーズが火を噴き、標的の腕を打ち抜いた。
〈ルームE-05〉が呻く間に、リタの身体はもう懐にいた。
レメゲトンが腹部を貫き、暗殺者が呻く声すら出せず崩れる。
──静寂。
ラシードは床に伏せながら、呆然と彼女を見上げた。
「……君、名前は?」
「名乗るほどの者じゃないわ。ただの、雇われ傭兵」
そして、部屋の奥で再び無線が鳴る。
「フェンサー、そっちは?」
「片付いたわ。ロングサイト、周囲に追加の敵は?」
「……クリア」
オーウェンも無言で頷き、ラシードに手を貸した。
「助けられた命の価値は、俺が証明する。……ありがとう」
彼の言葉は素直で、力強かった。
*
一方、ラウンジを去るジュードは、夜風に吹かれていた。
「いい奴なんだよな、あいつ……」
そう呟いたジュードの足元には、既に冷たくなった側近の遺体。
「だから、こんなクソみたいな世界でも……守る意味がある」
ジュード・マクレガー。
情報と裏社会を渡り歩く、プロの仲介者。
その銃は、時に“希望”のために火を噴く──。




