第21話 裏路地の顔(The Man with No Side)
都市部の一角、機密性を保つため地下に構えられた《サングレフ》の拠点に、足音が響いた。
ブーツの踵がコンクリートを打つ、軽快で無遠慮な音。その主は、入り口のロックを解除し、勝手知ったる様子でドアを開けた。
「よぉ、坊やたち。生きてるか?」
現れたのは、黒の細身スーツに赤いシャツ、洒落たサングラスをかけた中年男。頬には無精ひげ、口元には常に人を食ったような笑みを浮かべている。
ジュード・マクレガー。《サングレフ》に任務を運ぶこともある、裏社会の熟練ブローカーだ。
ノア・リンはキーボードから手を離さず、目だけを上げて言った。
「また詐欺まがいの依頼か?」
「冗談きついぜ。今日はマジで“特級品”なんだって」
男はポケットから分厚い封筒を取り出すと、金属製のテーブルの上に無造作に放った。中には、政府発行の身元確認書、暗殺未遂報告、そして高額の報酬明細が収められている。
「ターゲットの名前は──ラシード・タウファ。現職の国会議員にして、元スラム街出身のたたき上げ」
封筒の書類を見ていたオーウェンが顔を上げる。
「こいつ、あの“再開発反対演説”の……」
「そ。演説のたびに敵を増やすクチだ。だけどな……本当にいい奴なんだよ、これが」
ジュードの声色に、珍しく感情が滲んだ。リタはその変化を察し、視線を向ける。
「個人的な付き合いでも?」
「まぁな。昔、仕事で救った命ってやつだよ。そいつが政治に入って、真面目に人助けを始めちまった」
ラシードの記録映像がモニターに映し出される。子どもに目線を合わせて話す姿。スラムの少年に肩を抱かれ笑う姿。権力者にはない、柔らかな眼差しがあった。
「──で、そんな善人が、複数の暗殺未遂に遭ってる」
ノアが表情を変えずに補足する。
「すでに爆発物、ドローンによる毒物散布、遠隔狙撃……全て未遂だが、技術は明らかにプロ」
「だから、お前たちに声がかかった」
ジュードは指を鳴らした。いつもの軽薄さが戻ったかに見えたが、その奥にある切迫感は消えていなかった。
「奴のスピーチが来週、公開会場で行われる。狙われるのは確実だ。暗殺チームの正体も、まだ掴めてない」
「依頼主は誰だ?」
リタが問いかけると、ジュードは肩をすくめた。
「ラシードの個人依頼。国家じゃない。あいつは“政府なんか信用してない”ってさ。まぁ、正解だな」
オーウェンが腕を組んで頷いた。
「護衛対象が“善人”だなんて、珍しい話だ」
「だから守りたくなる。正直、俺はビジネスで人間性なんて気にしちゃいない。けどな、アイツだけは──」
言いかけて、ジュードは言葉を止めた。
「……まぁ、こういう奴を死なせたら、世の中、ほんの少しだけ損するって話さ」
リタはジュードの言葉に応じるように、立ち上がって頷いた。
「わかった。受ける」
ノアが即座にシステムを立ち上げ、イーライはスナイパー用の装備に目を通し始める。
ジュードは笑いながら拠点の出口へと歩いていく。
「いい返事だ。──さて、俺も俺で、“裏の掃除”に行くとするか」
「任務の“本命”は?」
ノアが背を向けたまま問うと、ジュードは一拍置いて口元を緩めた。
「そいつは、お前らの獲物じゃないさ。──俺の仕事だ」
その背は闇に紛れ、路地裏の奥へと消えていった。
そして、《サングレフ》の次なる任務が、静かに幕を開けた。




