第2話 制圧(Sweep)
最初の銃声は、雷鳴のように響いた。
廃工場の北壁に仕掛けられた爆薬が一斉に起動し、鉄骨が吹き飛ぶ。
重厚な煙と火花の中、ひときわ大きな影が現れる。
「《ブルワーク》、突入。正面から行かせてもらうぜ」
オーウェン・ケインは、重量級の防弾アーマーに身を包み、分厚いシールドを前に突き出す。
背中のLMG(軽機関銃)が唸りを上げ、火線をばら撒く。
敵兵たちは混乱した。
その巨体が真正面から突破してくるとは、誰も想定していなかった。
「こいつは正面突破ってレベルじゃねえ……!」
そう叫んだ敵の声が、次の瞬間、炎と銃声に掻き消される。
オーウェンは構わず前進する。遮蔽物を盾ごと押し倒し、次々と敵陣を突き破っていく。
仲間のために道を開く。それが彼の役目だ。
* * *
その頭上、高所に身を潜める一人の男がいた。
「《ロングサイト》、制圧援護に入る。外周、9時方向に移動目標あり」
イーライ・ストラウスは、構えたボルトアクション式狙撃銃のスコープ越しに、一瞬だけ息を止めた。
──パン。
銃声は乾いていた。
標的の頭部が弾けると同時に、次の敵が動く。だが、そのわずかな肩の動きすら、彼の射線からは逃れられない。
パン、パン。
冷徹なリズムで、三人目、四人目が沈む。
「ターゲット排除完了。正面突破ルート、安全確保」
イーライの声は静かだった。
その目にあるのは、戦意でも怒りでもない。ただ、任務の成否だけだ。
* * *
一方その頃、建物の南側。コンクリートの陰から、別の影が疾走していた。
「《フェンサー》、敵陣側面に到達。10名以上の反応を確認」
リタ・サヴェッジは身を低くし、素早く移動する。
重火器はない。装備はハンドガン《ユリシーズ》と、ナイフ《レメゲトン》のみ。
だが、それで十分だった。
最初の一人に銃口を向けられた瞬間、リタの身体はすでに跳んでいた。
壁を蹴り、スライドしながら近づく。弾が飛ぶより早く、彼女のナイフが敵の首元を切り裂いた。
間髪入れず、反転、二人目に《ユリシーズ》を放つ。沈黙。
三人目は、恐怖で後ずさる。それすら、彼女には隙だった。
リタは肩を沈め、地面すれすれに滑り込むように間合いを詰め、ナイフを突き立てた。
「制圧完了、残り小部屋に三名。──《オーバーワッチ》、動かせる?」
《フェンサー》の問いに、無線越しの男が応じる。
「セキュリティ解除した。そこの電子ロック、今開く」
カチリ。
タイミングを計ったように、目の前のドアが開いた。
驚いた敵兵が中から顔を出すが、それは射線に晒される合図だった。
パン。──イーライの狙撃が、ビルの上からその敵を抜く。
* * *
混戦の中、ノア・リンは後方の支援車両でモニターを睨んでいた。
「敵の増援が西から向かってきてる。ETA五分。こっちで迎撃準備に入る」
彼は両手を忙しく動かし、ドローンを起動する。
戦場に立たない者。けれど、戦況を掌握する者。
「《オーバーワッチ》より各員へ。次の段階に入る。制圧完了、ターゲット建屋内へ移行せよ」
その声に、リタ、オーウェン、イーライが無言でうなずいた。
準備は整った。
目指すは内部──人質と兵器がある中心部。
《サングレフ》、前進。




