第18話 照準の先、視えないもの(Through the Scope)
乾いた銃声が、雪解けを待つ山々の静寂を破った。
イーライ・ストラウスは、訓練場のスコープ越しに標的を見つめていた。
命中。寸分の狂いもない。
だが、彼の瞳は僅かに曇っていた。
「撃ててしまうんだよな。……いつだって」
その呟きは、誰にも聞かれないように風に消えた。
雪山の研究施設──
眠る子どもたちを前に、彼はただ“何もできなかった”。
確実な射撃ならできるのに。
命を救う手立ては、彼のスコープには映らなかった。
「お前、ほんとに撃ててたのか?」
自分の中の声が問う。
標的が“罪のない子ども”だったら、あの引き金は引けたのか。
背後から足音。振り返ると、若い訓練兵が控えめに立っていた。
「……教えてください。撃つとき、迷わない方法ってあるんですか?」
イーライは応えず、スコープからゆっくりと顔を上げた。
「迷わないのが“正しい”とは限らない」
「でも……任務中に躊躇したら、誰かが──」
「俺も、かつて一人、子どもを撃った」
訓練兵の目が見開かれる。
「非武装に見えた。けど爆薬を仕込まれていた。判断は正しかった。
それでも、引き金を引いた俺の手は、一生その感触を忘れない」
沈黙が落ちる。
イーライは続ける。
「あの研究施設の子どもたち。俺は“狙えなかった”。救う手段も、撃つ手段もなかった。
それがどれだけ無力かわかるか?」
訓練兵は何も言えない。ただ立ち尽くしていた。
「……いいか。人を撃つ時に、自分の心まで見失うな。
迷うのは、生きてる証だ」
静かに銃を置き、イーライは遠くの標的を見やった。
風が吹く。誰もいないスコープの向こうに、まだ名前のない罪が霞んでいた。




