第16話 静けさの中で(Stillness)
都市の片隅にある静かな公園。ビル風の音がときおり木々を揺らすだけで、人の気配はほとんどない。
リタ・サヴェッジは、ベンチの端に腰掛け、革のノートを開いたまま、しばらく動かなかった。
そのページには何も書かれていない。ただの白紙。だが、彼女の視線はその空白に、何かを見ていた。
子どもたちの顔だった。
あの雪山の研究施設で、冷たいチューブに繋がれ、眠らされていた小さな命たち。
誰も目を覚ますことはなかった。
いや、覚まさせることができなかった。
ノートのページが、風にぱらりとめくれる。リタはそれをそっと押さえながら、ゆっくりと目を閉じた。
数歩先、ランドセルを背負った小学生たちが数人、横切っていく。笑い声が、現実に引き戻した。
「……」
何も言わず、何も書かず、リタはノートを閉じた。
胸の内はざらついたままだ。
正しかったのか? 違うのか? それすら判断する言葉が見つからない。
──誰も救えなかった。
その事実だけが、刀のように冷たく重く、心に突き刺さっていた。
「静かすぎるな」
聞き慣れた声に、リタは顔を上げた。
ノア・リンが、ラフなパーカー姿でベンチの背に腕をかけて立っている。
あいかわらず、表情は読みにくい。だが、その目は彼女を見ていた。
「依頼、いくつか来てるけど、今は全部棚上げ中。どうする? 選ぶか?」
リタは首を横に振る。
「今は……まだいい」
「了解。そう伝えとく。ま、サングレフは休業中ってことで」
ノアは軽く肩をすくめて、ポケットに手を突っ込んだまま、ベンチから離れる。
歩き去るその背に、リタは一言だけ声をかけた。
「ノア」
「ん?」
「来たら、教えて」
それだけ言って、再びノートを開く。
今度は、ページに何かを書くために。




