第15話 雪火(Ash in Snow)
雪は止んでいた。
山の頂に広がる夜空は、雲が吹き飛ばされたかのように澄み渡っていた。
空気は冷たく、静かだった。
──まるで、すべてが終わったことを告げているように。
ヘリのプロペラ音が遠ざかる。
《サングレフ》の4人は、山頂から少し離れた待機地点に降ろされていた。
任務は完了。
研究施設は跡形もなく崩壊し、雪と火とに包まれて消えた。
* * *
誰も、言葉を発しなかった。
リタ・サヴェッジ《フェンサー》は雪に覆われた岩に腰を下ろし、黙って夜空を見上げていた。
白い息が、ゆっくりと空へ昇っていく。
手袋越しに握った手は、まだどこか冷たいままだった。
オーウェン・ケイン《ブルワーク》は、ヘリの後方に座り込んでいた。
背中にはまだ、あの研究室の残像が貼りついている。
イーライ・ストラウス《ロングサイト》は、スコープ越しに崩れた山を見ていた。
何も言わず、ただ目に焼き付けていた。
ノア・リン《オーバーワッチ》だけが、端末を操作していたが、それももう終わった。
彼は無言でディスプレイを閉じ、口元を小さくゆがめた。
* * *
「……報告書、どうする?」
最初に口を開いたのはノアだった。
「事実を記す。研究内容、実験記録、人体の使用目的……すべて」
「子どもたちは?」
イーライが小さく問い返す。
「記す。存在していた事実も、消滅した結末も」
「任務に不備はなかった。だが……それでいいのか?」
オーウェンの声は、低く重かった。
ノアはしばらく黙っていたが、やがて静かに言った。
「俺たちは情報を届ける。それをどう感じるかは、読む側の問題だ。……俺たちが抱えるべきじゃない」
* * *
風が吹き抜ける。
雪が、火の名残を覆うように降り始めた。
リタはその音を聞きながら、目を閉じていた。
瞼の裏に、あの研究室の光景が浮かぶ。
眠る子どもたち。
助けられなかった命。
「……それでも」
彼女はぽつりと呟いた。
「私は、忘れない。忘れたくない」
誰かに向けた言葉ではなかった。
ただ、自分に言い聞かせるように。
* * *
ヘリが戻ってきた。
風とともに、迎えの機体が着地する。
「次の任務は?」
イーライがノアに問う。
「48時間後。中東。武器商人の護送。……普通の仕事だ」
オーウェンが鼻で笑った。
「それでいいさ。普通が一番ありがたい」
4人は順に乗り込む。
リタが最後に振り返る。
雪に覆われた山。
白に沈んだ大地。
そこにもう、火の色はなかった。
だが彼女の中には、消えない火が一つだけ、まだ灯っていた。
* * *
《サングレフ》は去る。
任務は終わった。報酬も得た。
だが、誰一人として「勝者」ではなかった。
──そして夜が明ける。
冷たく静かな雪の下、確かに残る「熱」は、誰のものだったのだろうか。




